見出し画像

【小説】『規格外カルテット』9/10の中のb

 答え合わせ回:咲谷編。

(10回中9回目の中のb:約1600文字)


 自分一人しか乗っていないエレベーターの、ドアが閉まるともうその時から、気が抜けてどこかに行っちゃって、ボタンを押すのも忘れちゃうから思ってもみない階に運ばれたことに、ドアが開いてから気付いたりする。
 乗って来る人たちを、困らせちゃうのもなんだから、とりあえずニコニコしながら、この階に用があるんですぅ、みたいな気分でエレベーターを降りて、階段に向かう。こんな感じで帰ろうとしてから、日によっては20分近くかかっちゃっていたりもする。
 天井から床までのガラス張りで、中が見えていた教室の、生徒さんたちの前で多分ヨガの実演に入っている、インストラクターがいた。
 暗い赤に染めたまっすぐな髪を、頭のてっぺんで一つに結び上げて、トレーニングウェアは着ているんだけどカラダにピッタリ張り付いているから、ムネとかおしりとか太ももとか、もうハダカに見えちゃっても仕方ないんじゃないの? って感じのふくらみ具合で、釘付けになっちゃいそうだけどここで足なんか止めていたら、向こうからも気付かれるから、階段に入り込むまではガマンしてやっと大きなため息をついた。
 前々から思っていることなんだけど……、言ったとたんに後ろ頭思いっきり叩かれそうだから、口になんか絶対に出して来なかったけど……。
 ヨガとかエアロビクス系って絶対、男子禁制にするべきだよね! スポーツなんだから健康のためだって分かってるから、いやらしい目でなんか見ないよ大丈夫、なわけないよね! 
 バリッバリにエロい目でしか見ていないし見れないよね男は絶対にね!
 マズイマズイマズイ。どうにかあの人に声かけて、こっぴどくフラれなきゃ。あきらめが付かなくてヤバめの犯罪やらかしかねない自覚がある。
 と、いうわけで声をかけてみました。
「ご主人さまから追い出されちゃったんですぅ。キレイなお姉さんねぇ拾ってくれなぁい?」
 そしたら何だか立ち止まってもらえた。
「ご主人さまって、どんな人」
「やさしいけど怖ぁいおじさん」
「ああ。なんか分かるわ。それで何。金は持ってんのね。良い毛皮着せられてんじゃない」
 真っ白の毛皮さわりにくる手の動きからもう、うっとりしそうな香りが届いてくる。
「あんたが破産、させたんじゃないの? 私金かかる奴の面倒見るの、イヤなんだけど」
「大丈夫そこはもう、すっごく痛い目にあってこりたからぁ」
 ホントお金出してくれる人たちって、元が取れなきゃどんな扱いしたって当然みたいに、思いっ切り手のひら返して叩き落としてくれちゃうんだぁ。
「夕飯、食べに行くとこなんだけど。話くらいなら聞いてあげようか?」
 そしたら、その、思っていたよりずうっと上手いこと、いっちゃいました。
 いや。まさか、こんなにキレイでプロポーションもカンペキで、いやらしいジョークなんかもけっこう言ってきたルミちゃんが、男の人とやったこと無いなんて思わなかったよね(多少の誤解あり)。
 こっちだって実を言うとほとんど無かったんだけど、よっぽどおじさんたち手玉に取ってあそび尽くしてきた奴みたいに、思い込んでからかってくるもんだから、まぁどうせ犬なんだしそうだったって話にしといちゃえって、ふざけ合いながらじゃれ付いてたらあらあらあらって、そういう流れに。
 で、とんでもなく美味しかったです。ごちそうさまでした。
「また、会いたいね」
「うん」
 ルミちゃん正面から抱き付いてこっちの背中にしがみ付いたまんまで、顔見せてくれない。
「ガラスケースの中に入ってるのアレ、合カギ、だよね」
 顔見たくてローボードに腕のばして指とか差してみせてるのに、ちっともはがれない。
「持ってっちゃってもいい?」
「良いよ……」
「本当? うれしい。また、すぐに来るから、ね」
 はがれてくれないおでこの辺りにキスしたら、「ううぅ……」ってもしかしたら泣き出すみたいな声を上げた。

前ページ | 次ページ |  中 
        9 10


何かしら心に残りましたらお願いします。頂いたサポートは切実に、私と配偶者の生活費の足しになります!