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【小説】『規格外カルテット』9/10の中のa

 答え合わせ回:蜂須賀編。

(10回中9回目の中のa:約2400文字)


 冬は好きだ。
 だって、見ているだけで笑えてきちゃう、バカバカしい真っ白な毛皮、はおるって言うか頭からかぶり込んで、外に出られる。
 何にも気にならないって、思い込んでいられる。ごめんなさぁい。アタシ、犬なんですぅ。イヤだ。人間さまのおコトバなんか、アタマわるくって分かんないのぉ。こんなのはイヤだ。何を笑われてんのかどうして怒られちゃってんのか、もうさっぱりぃ。動きたい。こんなんじゃないこんなんじゃなくってもっと、前みたいに、
 って何言ってんのムリに決まってんじゃない。
 バラバラの、カケラみたいだけどここには、自分だっているはずなんだけど、いつも表でさわがしい方が、間近に詰めよって来る感じがする。
 前みたいに、動けたって誰かアタシのこと見てくれんの? わぁよく出来ましたぁ良い子ねぇ、ってどなたさまか、頭ナデナデして下さるとでも思ってるわけ? やだぁもう、ねぇあきらめちゃいましょぉうっとうしい。分かってんでしょぉアタシなんか、犬になっちゃった♪ ワンッ、とでも思ってなきゃ、生きていられないじゃない。
 そんな感じで周りに人の目が、たくさんある間は、頭の中がとにかくものすっごくさわがしいから、まるでワープしたみたいな気分で、目的地に着いている。
 ちょっとベンリだな、って気になったりもする。
「蜂須賀です」
 また担当の人変わっちゃった。
 またイチから同じ話の、くり返しだよ。もうここに来るのやめちゃおっかな。名前呼ばないで、って言ってるのにやっぱり守ってもらえないし、名前呼ばれただけでカラダから、力が抜けちゃうんだって、自分でもそりゃバカバカしいって思うし、とか考えてる間にもう、フツウの会話のフツウのやり取りじゃないんだろ。フツウじゃないおかしな間とか空いちゃってんだろ。もうどうだっていいようっとうしい。どうせこの人も、今までの他の人たちと変わらない。
「カッコいいぃ。やぁだぁ。イケメンいるんなら初めっから出しといてぇ」
「ありがとうございます」
 思いがけない言い方を聞いたもんだからつい、
「冗談だよ」
 思いがけない所に落ちていた、自分のカケラが飛び出してきた。
「冗談でも、誉め言葉を選んで口にしてもらえた事に、お礼は言います」
「いや。冗談、ってわけでもその、本当に、カッコいいなとは思ったんだけど……、さっきみたいな言い方、したかったわけじゃなくて……」
 イヤだイヤだイヤだ。出たくない外に出したくない。外の何もかも聞きたくないから見たくないから。
「すみません」
 思いがけない言い方でまた、引っ込んでくれた。
「僕には今のように、話の流れを止めてしまったり場の空気を壊してしまったりする、クセがあります。それで人を怒らせたり呆れさせたりする事もありますが、性分ですので、そう簡単に変えられるものとは思いません」
 真っ黒な髪に目の色で、くっきりした一重の目に背筋もまっすぐで、生まれながらのフランス人だったら「オゥ、サムラーイ」とか思ってる。話し方はカッチリしてて、むずかしく感じてよく分かんなくなってくる、気もするけど、
「その分、貴方のクセも気にしません」
 つまりどんなことを言いたい人かってことは、何かすごく分かる。
「今後の指導に支障を及ぼすとも考えられません。貴方が話しやすく考えやすいしゃべり方でしたら、どうぞそのままで」
 そう、言われてもこっちはそうカンタンに、信用とか、出来なくなっちゃってて、
「えーとぉ……、そ、し、た、らぁ」
 ついこんな言い方を口にしてしまう。
「今夜はハッチィをオカズにしちゃってもいいのかなぁ?」
「嫌です」
「えええぇ何ぃ? 気にしないって、そのままでって言ったじゃなぁい」
「クセは気にしませんが内容は気にします。あと当施設に通っている、目的を教えて頂けますか」
 コレだよ。
 その辺はもう前の人と話しといてくれないかな。何べん聞かれてもどんだけ話しても、ちっともかみ合わないんだってかみ合ってくれないんだって。
「目的、とか別に、いらなくなぁい? アタシは、ただ自分の好きなように、っていうかアタマで思ってるみたいにカラダ動かしていけたら、それで良いっていうか」
「分かりました」
 そう言ってハチスカさんは、入り口の辺りだけ点けていた明かりを、部屋の全体に広げてくれた。
「ではまず端から順に機械を、使ってみましょう」
 今までまずは目的を決めようって、決めるべきだって目的に合わせたマシンを使っていかなきゃイミが無いって話ばっかりになって、ほとんど使わせてもらえなかったのに。
「個人指導を希望している分貴方は、平均よりも高い利用料を月々、支払っています。にもかかわらずこれまでの指導は全て30分以内、最も短い日は5分に留まっている。キャンセルが続いて長く来なかった期間も」
 ああはいはい。すみませんねフマジメで。コンジョウ、とかちっとも足りてなくて。
「これでは到底自分達が、金額に見合ったサービスを提供出来ているとは言えません」
 叱られる、と思い込みながら聞いていたのに、ちがった。
「我が社全体に、他のインストラクターがどう考えるかはそれぞれに任せますが、僕には恥です」
 何だかすごく、よく分かるようなこの人の考え方がよく分からないような。
「お金、はいいのよどうだって、気にしなくてもそのぉ、パパに出してもらえるからぁ」
「誰が支払おうとお金はお金です」
 はっきりと、話を細かく切り分けてもらえて分かりやすいような。
「お金を受け取っている以上、貴方は私にとっての『利用者さん』になります。必要以上に敬う気はありませんが、見下すつもりもありません」
 利用者さん、って言い方が、けっこうおなかの中でスッキリした。犬、よりは少しマシになった気がするけどだからって、今すぐ人間にならなくてもいいんだ。

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