マガジンのカバー画像

ないことないこと日記

60
日常は面白い(はずがない)。 ※この日記はだいたいフィクションです。
運営しているクリエイター

記事一覧

3/22(火)

カンナちゃん近所の縁側で、三毛猫が爪を研いでいた。
そのまま、時々爪をぺろりと舐めていた。
そしてまた爪を研ぐ。

よく目を凝らすと、爪を研いでいるのは柱ではなく、鰹節だった。
そりゃ美味しいわな、と『私』は感心した。
障子の奥からおばあさんの声がした。
「そろそろ削れたかい?」
みゃお、と三毛猫は応えた。

しかし、『私』の目に映っているのは、爪で削ったそばから鰹節をつまみ食いしている三毛猫の姿

もっとみる

3/21(月)

蕎麦屋の怪『私』は蕎麦がとても食べたかった。

午後二時半、遅めの昼食に蕎麦屋に入った。
ランチもひと段落した落ち着いた店内で、しめしめ、と思った。
呑気なワイドショーが笑っていた。
メニューを開くと、天ぷら蕎麦が目に入った。
『私』はそれを頼んだ。

ほどなくして丼が来た。
一口啜る。
うまい!
鰹の出汁とサクサクの天ぷら、麺の喉越し。
どれも最高だった。

麺がうどんであったこと以外は。
まあ

もっとみる

3/20(日)

そぼ濡れしけた雨が降っていた。
しかし傘がないので、そぼ濡れて街を歩いていた。
誰かの街に行くのではない。
ただの帰り道だから、濡れても平気だった。

長雨でがらくたが錆び付いてゆく。
時計台の軋む音がかすかに聴こえる。
外れかかった幌のはためく下で、空き瓶たちががらがらと擦れ合う。

しとどに濡れた外套の下で生い茂る苔の蕾に、飛び乗った蜘蛛。
午後の通りは仄明るい。
その先の虹を待たずに家路を歩

もっとみる

3/19(土)

犬のお巡りさん『私』が家を出たあたりで、警察犬が辺りを嗅ぎ回っていた。
後ろではお巡りさんが子猫を抱えていた。

お巡りさんは警察犬が臭いを追う後ろで、不安そうな子猫をあやしていた。
しばらく進むと、一軒の家の前で警察犬が吠えた。
お巡りさんはその家を訪ねると、中から若い女性が出てきて、子猫を抱き抱えるとわんわん泣いていた。

無事に迷子が家に戻れて、無関係な『私』もホッとした。
そして、プロの警

もっとみる

3/18(金)

地団駄団

朝早くの公園に老若男女の集団がいた。
『私』はそれを遠巻きに眺めていた。

「みなさん! 右足からいきましょう」
先頭の男が声をかけると、集団は一斉に、だん、だん、と右足を地面に叩きつけた。

「いい地団駄です!」
数分続いた地団駄を止めて、先頭の男が言った。
「この調子で地団駄団を盛り上げていきましょう!」
集団から鬨の声と、地割れのような地団駄が響いた。
怪しい反面、楽しそうで羨ま

もっとみる

3/17(木)

海水ぐらいで『私』は真っ暗な部屋にいた。
最初は何も見えなかったが、次第に目が慣れてくると、おぼろげに見えてきた。

『私』は目の前にあるボウルの中身をつぶさに見ていた。
中には小さな楕円が並んでいる。
楕円がたまに震えて、小さな泡が浮き上がってくる。
楕円はたまに開いて、かたり、と音がする。

心が落ち着いてきた頃、『私』は手探りで部屋を出て、鍋にお湯を沸かし始めた。
そしてまた部屋に戻り、明か

もっとみる

3/16(水)

ノーモア『私』が路地裏をくねくねと通っていると、逃げていた映画泥棒とぶつかった。
その勢いで映画泥棒は勝手に倒れて、動かなくなった。
残念なことにパトライトを回した警察官は、上手くまかれたのか全く来る気配がなかった。

『私』はそっと映画泥棒の頭のビデオカメラを触ってみた。
ほんの出来心だった。
再生ボタンを押してみると、週末に見ようと思っていた新作映画が始まった。
無性に腹が立った『私』は、カメ

もっとみる

3/15(火)

くさめ『私』は朝からくしゃみばかりしていた。
とうとう花粉症になってしまったかと思うと、なんだか悲しくなった。

ところが今日は、久しぶりに会う人や連絡をくれる人が多かった。
再会は嬉しいものだが、こうもひっきりなしに続くと、さすがに訝しむ。
今日会ったうち、十三人目の友人に思い切って訊いてみた。
「ひょっとして噂してた?」
十三人目の友人はこう答えた。
「なんでわかった? みんなでどうしてるか噂

もっとみる

3/14(月)

スカスカの伊予柑『私』は伊予柑がまあまあ好きだ。
とはいえ、伊予柑の瑞々しいところは苦手だ。
その理由は簡単で、酸っぱいからだ。
しかし、水分の抜けたスカスカなところが甘くて好きなのだ。

子供の頃はあのスカスカが贅沢だと思っていた。
房の端っこにちょっとだけしかないあれは、伊予柑の希少部位だと思っていたのだ。
マグロのトロや牛肉のサシみたいに。
家を出ればそんな人間こそが希少だったのだが。

もっとみる

3/13(日)

坂道で智慧の実『私』が急な坂道を上っていると、頂点が見えたあたりで。上の方に紙袋いっぱいの林檎を抱えている女の人がいた。
気づいた刹那、紙袋の底が抜け、林檎が一斉に坂を下り始めた。

『私』の元に来た数個は難なくキャッチしたが、十個以上は坂を駆け下りていく。
女の人も必死に追いかけるが、靴が動きづらそうだったので、スニーカーを履いた『私』の方がが早かった。

『私』は坂を下りきって、全ての林檎をか

もっとみる

3/12(土)

大きな青虫『私』は花壇で眠っていた。
もちろん、花と花の間に。
カーキ色のつなぎを着ていたので、大きな青虫のようだっただろう。
その通りだ。
よじよじと
そうしていると、横の青虫と目が合った。
お互い大変だよな、と言われた気がした。

目が覚めると、おおむね日が暮れていた。
どこまでが夢かわからないが、そんな一日だった。

3/11(金)

忍びない前を歩いていた黒服の男が撒き菱を落としたので、『私』はそれを拾って渡してあげた。

「これはご親切に。忍びないですが、ありがとうございます」
朗らかに礼を言う彼に、『私』は問うた。
「ひょっとして、忍者ですか?」
男は狼狽した。
「せ、拙者、忍者なんかじゃ、ない、……で、ござるよ。それより、何か礼をさせていただきたい」
堂々と忍者だった。
「そんなのこちらこそ忍びないので……」
と『私』は

もっとみる

3/10(木)

帰ってきたネズミ捕り『私』がまた近所の道を歩いていると、先日、ネズミ捕りをしていた道路に、今日も覆面パトカーが停まっていた。
お巡りさんも大変だなぁ、と呑気に眺めていた。

その時、小さな生き物が猛スピードで走っていた。
後姿からは、どうやら猪のようだった。
覆面パトカーは慌てて猪を追ったが、なかなか追いつけないらしく、また猪も止まらないようで、サイレンの音はどんどん遠くなっていった。

後から聞

もっとみる

3/9(水)

赤い月泣き止まない目のような、真っ赤な月が出ていた。
地平線のそばにただ浮かんでいた。

それはじきに白くなるだろう。
頭上で小さくなるだろう。
夜が明けたら消えるだろう。

だから『私』は見ていた。
今しかないそれを、じっと。