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◆『新しい詩~絶望が心地良くて』S氏に泣いて尋ねた日のこと

ある映画のワンシーンで歌われる
『新しい詩』
という楽曲がある

映画館のスクリーンで
その楽曲を聴きつつ
ねえ 絶望が心地良くてさ
という歌詞を耳にした時

どうしようもなく
湧き上がった記憶と感情がある

父の晩年
過酷な闘病の頃のこと

母は夭折し
ひとり息子の僕だけが
仕事以外の時間を使って
病院の父のベッドに
毎日付きっ切りで寄り添っていた

予後は良くないと医師から告げられるも

何度も何度も
死に陥りつつ復活する父

何度も何度も
復活しつつ死に陥る父

その度に揺さぶられ
その度に自分を鼓舞する僕

…その辛さから
次々と息を引き取りゆく
周りの患者の姿を見て

死はとてもあっけなく安らかに思えた


「このまま見送ればいいじゃないか」

「どうして死なせちゃならないのか」

「死んだ方が父は幸福かも知れない」

絶望に身をまかせることの
なんと心地良いことか

諦めてすべてを手ばなすことの
なんと心地良いことか

しかし

「ダメだダメだそんな事を思っちゃ」

「僕も頑張るから父も頑張って」

「…でも、もう…」

来る日も来る日も葛藤しながら
僕はだんだんと
自分の心のベクトルすら分からなくなっていた

そこへある日

数十年来の友人S氏が
自分の経営会社も大変な中を見舞いに来てくれた

「どうしたの!」

S氏が僕を見たとたんに小さく叫んだ

普段は淡々としている僕の異変を
S氏はすぐに感じ取ったようだった

そうだった
彼はいつも人の変化に気づく
温かで心やさしい人だ

その瞬間
僕は初めてS氏の前で泣いた

「…頑張ることで改善するなら僕は何でもする」

「でも命の行方は誰にもわからない」

泣きながらこれまでの葛藤を伝える僕を
S氏は微塵も動じずに見つめていた

そこでようやく僕は

ねえ、教えて

身勝手とも思える疑問を
S氏に尋ねることが出来た

…どうして諦めちゃいけないの

すると彼は微笑んだ
微笑みながら
「いいんだよ」と言った

いいんだよ、君は充分頑張ってるからいいんだよ。楽な気持ちで、その気持ちでそばに居ればいいんだよ。お父さんにはお父さんの人生と命の力があるからね。生きるかどうかも、逝く時もね、お父さんに任せていればいいんだよ

S氏はそう言って
僕を包むように抱きしめてくれた

S氏の言葉と
経験したことのない温かなハグに

僕の心はもうすべてが解きほどけ

解放感と共に
大空を飛翔しているような気持ちにすらなれた

そして安堵の中で改めて知った

人生が時に苦しいのは
生き切ろう、拓きゆこうと
諦めていない証なのだと


──そんな事を思い出しながら
僕は映画のスクリーンを観ていたのだった

「ねえ 絶望が心地良くてさ」

『新しい詩』
歌い手はとびきり明るく
笑顔を絶やさぬ香取慎吾氏

「ねぇ闇がとても楽しくてさ」
「光がただ苦しくてさ」

その彼が

僕も藻掻きつつ浸りこんだ
絶望に身を任せることの心地良さを

知っている
知ってしまったのかと

また泣いたことも憶えている

今では僕も
いろいろな感情を昇華できるようになり

香取氏も希望に向かう手ごたえや
ゆるく生きることのチカラを
体現しているように見える

人生は本当に妙ちきりんである

そして出逢う人すべてに

S氏に

感謝感謝、感謝の日々である

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最後まで読んで戴きまして感謝申し上げます。心の中のひとつひとつの宝箱、その詰め合わせのようなページにしたいと思っておりますです。