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なぜ私たちは茂木健一郎さんと京都の街を走ったか?!

どうして私たちは茂木さんと走っているのか?

「ついてきてる?大丈夫〜?」

茂木さんの呼びかけもむなしく、どんどん距離が離れていく。

それにしても、茂木さんの走るフォームが想像より美しい気がする。何かに似て····あ、まるでウサギのような躍動感か!

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「たいへんだぞ〜!急がないと遅れちゃう!」

『不思議の国のアリス』に登場する白ウサギは、いつも急いでいたけれど。そもそもアリスを不思議の国へ連れていったのは白ウサギだから、茂木さんって白ウサギみたいなもの?!

芋づる式に出てくる、支離滅裂な雑念とともに、
私たちは京都の街を、走っていた。

それで、なぜ茂木健一郎さんと走ることになったのか。

【第1章】10年前のメールが届いた日

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10年ほど前。私は大阪でフリーライターをしていて、30歳までに東京で仕事したいなぁとぼんやり思っていた。それで東京へ行って、雑誌の編集者として潜り込んだはいいけれど、毎日、終電か、終電を逃してタクシーで帰る日々だった。

朝は満員電車に押し込まれ、どこへ行っても人の渦。階段、ビル、壁、電車、ありとあらゆるところに広告が溢れ、誰かの思惑がビュンビュン飛び交っていた。

情報の渦の中で息苦しくなるたびに、「早く帰って茂木さんのブログを読まなければ」と思っていた。星や月や自然そのものを眺めて、遠くの時間を想像する。そんな感覚にも似たものが、その文章には詰まっていたからだと思う。

そして30歳、人生の節目の中でよくあるように、これからの生き方を悩んでいた。

東京でこのまま生きていくのか。それとも自分の無力を認めて大阪に戻るのか?悩みすぎたあげく、これはもう茂木さんしかいないと、長文の決意表明のメッセージを送ったのだった。

このメールに、3分だけお時間ください。

確かそういう書き出しで、いま考えてみれば赤面してしまう内容だったと思う。でも、読まれなくてもいい、返事がなくてもいい、この決意を届ける相手が欲しかった。

こんなメール、スルーされておしまいか。そんなことを考えながら送信ボタンを押したような気がする。

「いつか、一緒にお仕事できるといいですね」

予期せず、それからすぐ返信があって、ちょっと泣いた。反応が返ってきたことそれだけでもう十分だった。迷走しやすい自分の日々に、うっすらと軸ができたような気がした。

それから10年後の2020年1月、茂木さんと会うことになった。まさか、こんな日がくるとは思っていなかった。

【第2章】「果てのメディア」をつくる

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私は、いま、滋賀県でローカルメディアの編集長をしていて、その魅力をいろんな人に届けようとfacebookやInstagramを使って情報発信している。結婚して滋賀に移住し、夫婦ではじめた小さなメディアだったけど、いまでは数万のフォロワーさんにも見てもらえるようになってローカルでのつながりもどんどん増えた。

でも、気づけばFacebookのタイムラインには、地元の情報が溢れるようになって、すぐ隣の、知り合いの、目の前の····。気を抜くと、身近な情報が次から次へと目に飛び込んできて息苦しくなることも増えていった。

そんな時に助けてくれたのは、視線の先に広がる琵琶湖や山の稜線、風に揺れる緑の稲穂。滋賀の豊かな風景だった。

めまぐるしい日常に身を置きながらも、同じ場所にはスケールの大きな自然があった。

そうだ、思い出した。10年前、東京にいた私は「早く帰って茂木さんのブログを読まなければ」と思っていたんだ。星や月や自然そのものを眺めて、遠くの時間を想像するために。

いまの自分なら、同じように息苦しさを感じている人の肩を、ぽんぽんと叩いてあげられるのかもしれない。そんなメディアがつくれるのかもしれない。根拠のない使命感を胸に『果てのメディア』を立ち上げようと決めた。

最初にインタビューする人は、茂木さんだ。

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「ぼんやりしていてすみません!
その日、12時に、イノダコーヒー本店の
庭の方の席の一番奥のところで待ち合わせとかどうでしょう?」

取材当日の4日前。ふんわりとしたメッセージで、待ち合わせ場所の連絡が。ついに「インタビューできる!」と喜んだものの、ものすごく緊張していた。茂木さんといえば「クオリア(感覚の質感)」をキーワードに意識を探究していて、かたや私は滋賀の琵琶湖に癒されてるローカルメディアの編集者。

あぁ、こんな私で大丈夫なのかと考えていた目の前に、大人たちに混ざって働く学生インターン生の眩しい姿があった。

「若い=吸収力=未来」という単純な連想を念仏のように唱えながら「茂木さんのインタビューに行くんやけど、一緒にいく〜?」と、ちょっとイキッた顔で3人の学生を誘っていたのだった。

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学生インターン3名と私、そしてカメラマンのみっちゃん。総勢5名でぞろぞろと待ち合わせ場所へ向かっていた。取材時間よりすこし早く着いて、気持ちを落ち着けようと気づけばみんな小走りで、やっと待ち合わせ場所に「着いたー!」と思ったら

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····えーー!!改修工事中やーん! 

どうやら昨日まで通常営業だったものの、本日から工事が始まったと貼り紙が。こうなったらどこでもいい。すぐ近くの店で、なるべく目立たない場所がないか?

「脳科学者の茂木健一郎さんにインタビューする場所を探してまして〜」と、お店の人にたずねると「あの茂木健一郎さんが?!」とみんな驚いた顔をする。その度に、ちょっと良い気分になってしまう私がいたことを、お伝えしておきます。

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お昼12時の京都は、どこも人でいっぱい。でも、なんとか空いてる席を見つけることができました。

【第3章】無色の茂木さん

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そんなドタバタをすぎて、無事に合流!赤い服がわたし、亀口。ほか3名が学生のみなさん。インタビューというより、みんなで茂木さんを囲む会という雰囲気になっていますが····。こんな感じで始まりました。

(それにしても、茂木さんと会えて緊張するかと思ったら、あまりに自然体すぎて、前から知り合いだったっけ?と錯覚するぐらい無色のオーラで逆にすごさを感じつつ)

亀口:今回は、お時間をいただきましてありがとうございます。

茂木:いえいえ。みんな今日は滋賀からなんだ。

亀口:そうですそうです。茂木さんは、滋賀にはよく来られますか?

茂木:行くことありますよ。われわれの、クラシック好きの中で有名なのは、滋賀といえば、やっぱり『びわ湖ホール』かな。

亀口:琵琶湖が目の前の!良いとこですよね、びわ湖ホール。

茂木:あそこは素晴らしいとまわりの皆さん、おっしゃいますよ。

亀口:建物の周りには何もないんですけどね。

茂木:うん。それがまたいいよ。よくあそこの周り、走ってますよ。仕事で来たとき。

亀口:ランニングで?

茂木:ああ、この体型で一応、走るんです。

亀口:ずっとランニングされてるんですか。

茂木:そうです。走れる奇跡のでぶと言われてます。

亀口:奇跡のでっ····(笑)。

茂木:今日もだから京都駅から歩いてきたんですよ。

亀口:そうなんですか!

茂木:ごくごく普通です。

亀口:ここまでけっこう距離ありますよね?

茂木:Google先生によると40分だったけど、まあ30分ちょっとで。ちょうど待ち合わせ場所に着いたんだけど。

亀口:今日から改修工事という(笑)。

茂木:でも外が寒かったから。おそらく庭の席だったら、みんな「ううう、このバカが、なんでこんな寒いときに!」ってなってたんじゃないですか。うん。それで、今日はなんのお話でしたっけ?

(おお····のっけから)

亀口:っあ、えーとですね、あの、私が10年前に決意表明のメールを茂木さんに送って、返信をいただいて。それがささえにもなってまして····

茂木:あーー!これって琵琶湖なんだー!

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▲「ちがいます、ちがいます、それ琵琶湖じゃなくて、水田の水鏡ですよ!」という言葉もむなしく、インタビュー前の雑談でプレゼントした滋賀のカレンダーを持って、カメラ目線の茂木さん。

亀口:(10年前の話はもう関係ないよね。スルーされたって大丈夫。そういま、いまが大事ですよね!)あっ、えーと、もうちょっとだけ、はなし聞いてもらっても····良いですかね?

茂木:あ、聞くよ聞くよ!ハイ、すいません (笑)。

亀口:いま滋賀で暮らすようになって、とても風景がきれいで、遠くを見つめることが増えたんですが····

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茂木:うんうん
(▲うなずきながらもカメラ目線で、滋賀の名物看板「飛び出し坊や」のイラストが描かれたノートを宣伝してくれる茂木さん)

亀口:ちょっ、もうちょっとで話が終わるので····あと少し、じっと待ってもらっていいですか?(笑)。

茂木:あ!ごめんごめん。はい、続けてください。

亀口:それで····滋賀はとても風景がきれいで、遠くを見つめることが増えたんですが、SNSでは日常の情報、距離が近い情報がつねにタイムラインに流れてきますよね?

茂木:はい。

亀口:気を抜いていると、いつでも情報が入ってくる。だからこそ「遠くを見つめる視点」は、これからもっと大切になってくるんじゃないかと。

茂木:あ!!遠くをみつめる視点なんだ!メールもらってたこと忘れてた!ごめんごめん。

(うっかり忘れすぎてるけど、大丈夫。いまが大事、そう、いまが大事ですよね)

亀口:そうなんです「遠くをみつめる視点」についての質問で。自然をみているときと、SNSの近い情報をみているときとで、脳のなかでどうなってるんだろうかと。

【第4章】「果てを見る」のは本能

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茂木:あの、人類は移住しつづけて、南アメリカの先端までたどり着いたわけで。人間の本能として、遠くに行くってことがあって。いまイーロン・マスクが火星に行こうとしてるじゃないですか。彼がTEDでしゃべっていたのを聞いてたら、そういうことを考えないと、日常が耐えられないと言うんだな。

亀口:はい。

茂木:火星に行くってことを考えなきゃ。でも、そういう人がいるから、人類は発展してきたから。アフリカからわざわざ移動していったり、火星に行こうとする。だから、「果てをみつめる」って人間の本能じゃないのかな。

亀口:本能ですか!

茂木:そこが、普通の動物と違って、ちょっと脳のタガがはずれちゃってる気がするんですけど。

亀口:脳のタガがはずれる?

茂木:そうだなー。たとえば、僕、地方に良く行くんです。まあ、滋賀もそうですけど。滋賀は地方って言っていいのかな(笑)ま、地方に行くと「こっから出たい!」て人が意外と多いんだよね。若い学生としゃべっていると。

カメラマン(みっちゃん):私もまさにそうでした!

茂木:どこ?

カメラマン(みっちゃん):滋賀県甲賀出身で。

茂木:出たかったの?

カメラマン(みっちゃん):もう出たくて。それで、東京の大学に行って。親が体が悪くなったので滋賀に帰ってきたんです。

茂木:あら、お帰りなさい。

カメラマン(みっちゃん):ただいまです(笑)。

茂木:えーと、なんだっけ。要するに、前頭葉の想像する回路のことで。「こんなことがあったらいいな」とか「こうなったらいいな」とか、想像することで新しい展開を····(ここで、注文していたランチが運ばれてくる)

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▲「わー!カレーの上にかかってるのがスパーイシーカカオ?おいしそ〜」ときゃっきゃっしながらスマホで撮る茂木さん。

茂木:えーなんだっけ····

亀口:前頭葉のお話でした。

茂木:前頭葉の、未来を予測する回路が、結局いまと違う未来というのを予想するんですよ。

亀口:いまと違う未来を?

茂木:例えば“The End of History Illusion.”てのがあって。『歴史の終わり幻想』というんだけど。世界が終わるという意味じゃなくて。自分のこれからの人生は、あまり変わらないと感じることを『歴史の終わり幻想』っていうんですよ。

亀口:人生は変わらないと感じる····はい。

茂木:実際には、変わるわけ。例えば子どもの頃から考えると、学生の今の自分はすごく変わったと思うでしょ?でも、学生から後はある程度できあがってるから、その自分が社会に出て、働くと思うかもしれない。でも、実際にはできあがっていないし、すごく変わる。

亀口:学生の頃には、ある程度できあがった自分だと思ってました。

茂木:人間は変わらないと思ってても、じつはよく考えると変わってて。その変わるのびしろが「どれぐらい遠くをみているか」なんです。

亀口:変わるのびしろが、遠くをみること。

茂木:でも、それは人によって、違うんですけどね。

亀口:人によって?

茂木:やっぱり「変われる」と思ってる人のほうが、のびしろが大きいし、すこやかに、幸せに生きられる。人間は、変わらないと幸せになれないというのも誤解で。「幸せ」はゴールじゃないんです。それ以上努力しなくても良いというわけでもない。じつは「幸せ」は、子どもにとって「変わる」ための条件なんです。

亀口:「幸せ」は、変わるための条件?

茂木:そう。「幸せ」はつまり「安全基地」に居るということ。親が見守ってくれている「安全基地という幸せ」を感じて、チャレンジができる。子どもは「チャレンジ」してないと幸せじゃない。大人もじつは同じなんでんすよ。

亀口:幸せだからチャレンジもできるし変わっていける!ポジティブなスパイラルですね。

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茂木:だから、ちょっといま日本が心配なのは····(学生を見ながら)きみは大丈夫?若者の保守化と言われてることがあって。ゲームのルールがきまってて、それにあわせなくちゃいけないと思ってる人が多いんですね。

中国とかシンガポールの学生たちとしゃべってると「どんどん変わっていくんですよ〜、ハハ!」みたいな雰囲気だけど、大丈夫きみたちは?

亀口:どうなんだろう?のりちゃんは、何か思うところある?

【第5章】悩むことで若くなる?!

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大学生(のりちゃん):うーん。私はその時に感じたことを言語化するのが苦手で。感想を聞かれてもすぐ答えられなくて。後になってから「あの時はこういう感情で、こういう学びがあったんだな」って。

茂木:それは脳の中では、速さと深さは反比例するから。深いところで感じたものを掘り起こそうとしてるんじゃない?逆に、例えばテレビのバラエティー番組で、あんまり見てないんだけど、回すのうまい芸人っているでしょ?

亀口:番組の進行がうまい芸人さんいますね。

茂木:テレビ界の人は、そういう芸人さんに「助かります!腕があるから」と言うんだけど、ちょっと炎上してもいいよね?この記事。

亀口:どうぞ続けてください(笑)。

茂木:あの人たちは浅いところで回してるからすぐしゃべれるんですよ。テレビって、その場ですぐ何か言えなくちゃいけないから。

亀口:スピード感がすごいんでしょうね。

茂木:俺の友人で、白洲信哉ってのがいて。一緒にフジテレビのバラエティーに出たことがあって、俺が「白洲さん、いかがでしょう」って話をふったら、普通はなんか答えるじゃん。白洲信哉はカメラが回ってる間、ずっとこうやってて(笑)。

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亀口:「うぅ〜ん」ってポーズでずっと考え中(笑)。

茂木:そうそう。何も答えない。結局、それからテレビには呼ばれなくなったんだよね。だから、あんまり気にする必要ないよ。ただ、時間がかかっても、最後には言語化ができるのは、すごいなと思いますけど、覚えてんだよね、その感覚をね。

大学生(のりちゃん):感覚は、はい。

茂木:それ、僕の研究テーマであるクオリアと関係してて。クオリアは覚えてるんだけど、言葉にはできないものだから。うん、いいと思いますよ。

大学生(のりちゃん):このままでも良いって聞いてなんか安心しました。ありがとうございます!

茂木:いやいや〜。え?!こんな感じでみんな順番に行く?

亀口:今日は3人も連れてきちゃいましたからね。もう、学生のお悩み相談会でいきましょ!

茂木:うん。もう、どんどん、どうぞ(笑)。

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大学生(なっちゃん):私は、悩みというか····なんか、いつも自分に自信がなくて。みんなはどうやって日々を選択して行動しているのかな?って。

茂木:日々の選択?例えば今日のご飯は何食べるとか、そういうこと?

大学生(なっちゃん):就職とか進路とか。例えば人との関係性とか、コミュニケーションの取り方を一つを取っても自信がないというか。もう自分がブレブレで····。

茂木:まあ、でも脳の研究の中では『デフォルト・モード・ネットワーク』というのがあって。脳が特に何もしてないとき、アイドリングしてるときに、さまよい歩く回路があるんだけど。これは若いときには活動するけど、年取るとだんだん活動しなくなってくる。

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茂木:あれ、なんでそんなにうなずいてんの?!

亀口:もうね、私ぐらいになると子育てやなんやで、自分のことなんて考える時間もなくて悲しいですよ(笑)。

茂木:それでうなずいてたの?!まあ、学生時代に思い迷うっていう、要は白昼夢みたいな状態は、青春の証だな!逆に言うと、年を取ってもそういう時間帯が持てる人は、脳が若いから。これは覚えといたほうがいいよ。

亀口:良い年をして、なに悩んでるんだろう····って、思わなくてもいいんですね!思い悩むのは脳が若い証拠と聞くと、なんか元気でる(笑)。

大学生(なっちゃん):私はもう悩みすぎて、自分がこれからの人生、どこに行くのか····。

茂木:あのね、オスカー・ワイルドっていうアイルランドの作家がいるんだけど。彼は銀行員は銀行員になって幸せだし、法律家は法律家になって幸せだし、何かなりたいものや、職業がある人はそれで幸せなんだけど、”自分自身になりたい"人は、どこに行ったらいいか分からないから困るんだ。そんなことを言ってて。

大学生(なっちゃん):自分自身になりたい人····?

茂木:うん。例えば「私は医者になりたいです」とか職業が付く人はわかりやすくていいじゃん。でも、自己実現というか「自分になる」ことは、すごい難しいってことを、オスカー・ワイルドが言ってるんです。そこに真実があるんじゃないかな。

大学生(なっちゃん):自分になる····もう余計にわからなくなりますよね(笑)。

茂木:立派なことだけどね、何したらいいか分からないから困るんだよね。だから、なんか、働いたらいいんじゃない?

大学生(なっちゃん):バイトですか?

茂木:うん。どうやってお金を稼ぐか。僕、ずっと学生時代から意外とバイトはしてて、高校から家庭教師やらされたからね。予備校の模試の採点のバイトもしてましたよ。

亀口:まずは、地に足をつけることですね。

茂木:そうそう、やっぱり「遠くを見つめる」と言っても、地に足がついてないと。どこからお金がきて、何が必要で、どうやって仕事が回っているか。現場感覚を身につけることが大事なんじゃないかな。

亀口:現場感覚、なるほど。

茂木:ハフィントン・ポストが、あれだけ急激に伸びたのは、やり方があったんだろうし、例えばNetflixだって。あれはレコメン機能が鍵で。男女のジェンダーとか年齢を一切考慮しない統計解析だから。日本だと、女性のこの年代はこのドラマが好きで、みたいな解析だけど。それが実は意味がないことを発見したのがNetflixだから。なんか、現場のそういう話が面白いよね。

亀口:現場というか、プロの仕事というか。

茂木:そう。その現場感覚が素人とプロの違いになっていく。例えば、素人としゃべってると「なんで茂木さんの本って脳っていうタイトルが多いんですか」って。「いや、あのね、タイトルは自分で付けないんだよ」って。編集者や営業が付けるから。それを知らないのと知ってるので、世の中の見方が変わってくるじゃない、そういうことかな。

亀口:なるほど。ありがとうとうございます。(学生をみて)ショーくんはどう?

【第6章】人生は、演じない

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学生(ショーくん):いま思うのは、一生懸命になるのってすごく難しいなぁと。

茂木:そうなの?

学生(ショーくん):ちょっと引いた視線で見てしまうというか····。

茂木:子どもの頃は熱中してた?それとも、ずっとそういう人だったの?

学生(ショーくん):いや、熱中してたと思います。ひたすらずっと公園で野球してるような子だったので。いまも熱中してるつもりなんですけど、熱中してないっていうか。

茂木:人の目、気にしたりする?

学生(ショーくん):します、めっちゃしますね。

茂木:そこらへんじゃないかな。でも、役者にとっては大事なんだけどね、いつも客観視できるのは。それをメタ認知っていうけど。

学生(ショーくん):はい。

茂木:でも、人生は、人生って、別に演劇じゃないから。例えば、すごく素敵な役を演じる役者さんがいるじゃん。

学生(ショーくん):はい。

茂木:俺がしらけるのは、その人の"フリ"をしてるだけの役者の人。

学生(ショーくん):役よりも、その人の個性が出てるみたいな?

茂木:ちがうちがう。例えば、ちょっと前に『グランメゾン』っていうドラマが話題になったでしょ?岸田周三さんという日本のフレンチを引率する人が監修してたんだけど。『カンテサンス』って名店の三つ星シェフで。

亀口:あ!知ってます。8年ぐらい連続で三ツ星をキープしてるすごい方ですよね

茂木:だから、本当にそういう人がいるなら、その人の生き方を演じるよりも、本当のほうがよくない?

学生(ショーくん):演じるよりも····はい、そうですね。

茂木:演じるよりも、君がそういう人になればいいじゃん。だから、他人の目を気にしないこと。だいたい熱中してる人ってみっともないからね。

学生(ショーくん):ああ、そうかもしれないですね。

茂木:いろんな人が熱中に勝てるものはないって言ってるよ。アスリートからビジネスパーソンから。でも、熱中したいんでしょ。そういう問いをしてるってことは、熱中したい自分がいるんだよ。

学生(ショーくん):そう、熱中したいんです。

茂木:なに?メモ書いてるの?なんかホント読めないな〜。まあいいや、ごめん。俺が読めなくても、君が読めればいいんだ。

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▲たたみかけるように勢いよく話したところで、ふとショーくんのメモを覗き込む茂木さん。菩薩の微笑みなのか?!と二度見したくなる表情です。

茂木:自分のやってることが、ほんとに意味がある、価値があると思ったら自然に熱中できると思うんだよ。

学生(ショーくん):仕事は、すごい楽しいとは思ってて。     

茂木:どんな仕事なの?

学生(ショーくん):人材とか採用系の支援とか、合同説明会を開いたりするのがメインの事業なんですけど。

茂木:例えば人を採るって、ほんとはその人の個性をどうつかむかというすごい難しい問題で。それをハーバードの入試担当は徹底的にやってるから、ハーバードの採用基準、合否基準は全く誰も分かんない。アメリカ人でも。

学生(ショーくん):そうなんですか。

茂木:日本は偏差値の高さを自慢してるやつがいるけど、偏差値は関係ないよ。

学生(ショーくん):偏差値じゃない?!

茂木:ハーバードはSランク大学で、ペーパーテストの点数が低い人でも入れる。それはAOの、アドミッションズ・オフィスの人がほんとに必死になって、その人の個性を見極めようとしてるからで。

亀口:演じていない、その人の「本当」のところを見るんですね。

茂木:その結果が、1年間2,000人の合格者になるわけだけど、みんな点数がばらばらだから。満点でも全然入れない。でも、Sランクでも入れるわけ。

学生(ショーくん):なるほど。

茂木:でも、人事採用ってほんとはそういうことだよね。企業の側と学生の側でマッチング取るって、ものすごく難しいことじゃない?そんなふうに突き詰めていくと楽しいんじゃないかな。雰囲気やノリでやるんじゃなくてね。

【第7章】YouTube的なもの

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亀口:茂木さんの学生の頃はどんな風だったんですか?

茂木:めっちゃ悩んでましたよ。だって箱庭療法という河合隼雄さんのやってた学生相談所に行って、下山先生、いま東大の教授になってるけど、その人のデータになってたもん。

亀口:データになってた?

茂木:毎回、箱庭つくってた。あるときは、俺が山ん中にいて、猿で、村人が祭りで遊んでて。「これはどういう気持ちなんですか」と。「いや、俺は祭りを見てるんだけど、祭りの輪には入れなくて。でも、無関係に山ん中でひとりで暮らすよりは、やっぱりあそこに入りたいと思ってるのが僕です」みたいなことを言ってたよ。

亀口:大学時代も、ちょっと輪に入れずにいたような感じだったんですか。

茂木:いや、今でもだから似たとこあんじゃない。基本的になんか、その、社会の真ん中とは違うとこにいるって感じ。

亀口:真ん中ではないですね、はい、分かります。

茂木:バラエティーが好きという人って、ほんとに好きで見てるらしいんだけど、俺、地上波テレビのバラエティーって1秒も耐えらなくて、意味が分かんなくて。「面白いっすよね」って言われても····

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茂木:あ、君ももしそっちのほうだったらごめんね。

大学生(ショーくん):地上波テレビのバラエティー、見てますね(笑)。

茂木:ごめんごめん(笑)でもね〜、俺、全然面白くなくて。それはもう思春期から変わってないというか。自分の好きなものは、映画でもメジャーな映画ではなくて。で、そういうのが好きな細々とした仲間がいて、ちょっと肩寄せ合いながらいるみたいな感じだから、それが猿と村人に表れてるのかもしれない。

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茂木:生きるの大変だったね、あの頃。今もそんなに楽じゃないかもしれないけど。

亀口:祭りの輪の中にいて、みんなと一緒に踊っていれば、大変ではなかったかもしれない····。

茂木:うん。でも、みんなと一緒じゃなくても別にいいじゃん。俺がもし君たちの年代だったら、エントリーシートとかその時点で、もう拒否感が強過ぎて何もできないと思う。ビデオで自己アピールって気持ち悪くて。リクルートスーツとか絶対無理だし。

亀口:さっきの箱庭のお話では「山の中でひとり暮らすより、祭りの輪に入りたいと思っている」と。祭りの輪が世の中?

茂木:そうですね。その世の中との唯一のつながりとして、僕、朝起きたらブログ書いてツイートしてっていうのが習慣なんですよ。

亀口:YouTubeもされてますもんね。

茂木:はい、はい。底辺YouTuberね。

亀口:底辺って····(笑)あれは全部ご自身で撮ってるんですか?

茂木:もちろん、全部自分でやるよ。もともとYouTubeの創業者が、創業して1年目ぐらいに日本に来てて、鈴木良雄さんという方の紹介で新宿で会ったんですよ。ちょうどGoogleが2,000億でYouTubeを買い取ったころかな?その頃のYouTubeはまだ大きくなくて「Googleの中で肩身が狭いんですよ〜」とか言ってて。そう!それでYouTubeのスローガンって知ってる?

亀口:えーと、なんでしたっけ····?

茂木: え、知らない?Broadcast Yourself。「自分自身をブロードキャストしよう」。その精神にすごく感激して。俺、かなり初期にYouTubeは登録してるはずなんだよね、クリエーターとして。

亀口:そうでした!「あなた自身を発信しよう」ですか。

茂木:そうそう。当時はまだあまり浸透してなくて、著作権のぱくりの動画も多かったわけじゃないですか。でも最近は、Broadcast Yourselfの動画が増えてきてて。

亀口:芸人さんや芸能界からもユーチューバーになる人が増えてきました。

茂木:この前、堀江と(編集部注:堀江貴文さん)NewsPicksの『HORIE ONE』という番組やってて、堀江がYouTubeの自分の配信ページを俺に見せて「いや、今、俺の配信、大体1再生0.8円ぐらいっすね」とか言いながら。その月の上がりが1,200万とか言ってて。

亀口:時事ネタを堀江さんの視点で解説してるんですよね。

茂木:堀江のあの手抜き動画····て言ったら、すげえ怒ってて「手抜きやないっすよ!」って。大体YouTubeで、いろいろ編集してるやつは、話す内容がないからごまかしてるだけだって、堀江が。

亀口:たしかに動画は3分ぐらいなんですけど、すごい情報量ですもんね。画像17

茂木:堀江のね?

亀口:はい、堀江さんの····。あ、いや、茂木さんの動画も、もちろんなんですが(なんかおかしなこと言ったかな今····)

茂木:だからBroadcast Yourselfという、当時YouTubeが創業したときの精神がいま花開いて、堀江みたいな感じになってて。おそらく去年あたりが分かれ目だった気がします。地上波テレビのトラディショナルなメディアと、YouTube的なものと。

亀口:分かれ目が、はい。

茂木:世界一のYouTubeの収入の人って、年間26億円なんだよね。

亀口:年商が26億円ですか!

茂木:プロダクションカンパニーがあって、20人以上、社員雇ってるという。YouTubeのほうが地上波テレビよりも、経済的にもいい時代になってきてて。僕も、テレビの仕事はいまもやってるけど、やっぱりYouTubeのほうが自分で編集できるし、自分の好きなことをしゃべれるから楽しいよね。

亀口:本当の自分自身を発信できるってことですね。

茂木:うん。それで今日、新幹線に乗ってるときにYouTubeに動画をあげたんだけど。キュービズムって知ってる?

亀口:たしか、幾何学模様で描いたピカソの絵画が····

茂木:そう、キュービズムという絵画の運動。そこから派生して、量子力学というものを、ベイズ統計で展開するQBismっていうやり方があるんだけど、量子力学っていう····量子力学はご存じですか?

亀口:粒子の世界のこと?ぐらいしか知りませんね(きっぱり)。

茂木:まぁ、QBismは英語のウィキペディアはあるけど、日本語のウィキペディアはないからね。それについて、新幹線に乗るときに3分ぐらいしゃべって、ぱっと上げて、すごく気持ちいい。これ、絶対地上波テレビでは無理っていうか、NHKだと、茂木さん、キュービズムって分かんないすよね、量子力学って、そもそも視聴者は分かんないからって。

亀口:なるほど、視聴者に分かるように、分かりやすく。

茂木:っていうふうになっちゃうから、テレビだと。どんどん薄味になっちゃうんだけど、YouTubeは自分の好きなことをしゃべれるから、素晴らしいなと思って。

亀口:まさにBroadcast Yourselfなんですね。自分自身を発信できる。

【第8章】いまこそ「本当」を

茂木:だから時代はそういう方向に行ってる。だから、いまは楽しい時代になりましたよね。

亀口:あの私は"自慢したくなる滋賀”をコンセプトに「しがトコ」というメディアをやって、もう8年目なんですが。当初は、地元の人こそ「滋賀なんて何にもないから」みたいな反応だったんです。でも今は、このメディアを通じて、滋賀の魅力に気づいたという声が増えて、浸透してきた感じはあります。

茂木:うん、ハフィントン・ポストはWebメディアが商売になることを実証したじゃない。ニューヨーク・タイムズやフィナンシャル・タイムズも、紙のメディアより購読者のほうが増えてるし。NewsPicksのようなメディアも、おそらく若者の間では、地上波テレビより影響力があると思うんだけど。

亀口:それで、次の展開として、このインタビューの最初の話にも出た「遠くを見つめる視点」をテーマに『果てのメディア』という新しいメディアを運営していこうと考えていて。

茂木:新しい展開、いいじゃないですか。

亀口:何も演じない、本当の自分自身のままで、本当に届けたいことを発信するメディアというか。

茂木:うん、いいじゃない。ただ、読み手の意識が変わるのってだいたい1~2年のタイムラグがあるんだよ。あんまり都会か地方かってことも関係ないしね。

亀口:都会か地方、そうですよね。

茂木:うん、あんまりっていうか、全く関係ないでしょ。

亀口:SNSのタイムラインには距離の近い情報が多いんですが、その中で果てをみつめる視点の情報を紛れ込ませて、ハッと顔を上げて遠くを見つめる····みたいな。

茂木:うん、がんばって!

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亀口:もうちょっと一言、応援的なコメントをいただけたらな〜って、いま思っているんですが(笑)。

茂木:「果てのメディアこそがいまの日本を元気にするのではないでしょうか」。

亀口:なんか、いま、棒読みでしたよね?!

茂木:そんなことないよ。「ぼくも期待しています」。

亀口:あー、絶対いま、棒読みでしたよ!

茂木:
まあ、でも本当に「遠くを見つめる視点」というのは、脳にとって、現代人にとっては一番必要ですよ。脳はオープンエンドで、終わりがないから。

亀口:
脳はオープンエンドで終わりがないからこそ"遠くをみつめる視点"が大切ですね。私たちも『果てのメディア』をがんばって育てていきたいと思います。今日は1時間にわたりお時間をいただきありがとうございました!


2010年8月23日、茂木さんはこんなツイートをしていた。考えてみれば、ちょうど私が10年ぐらい前に、決意表明のメールを送ったときだったんだ。脳はオープンエンドで終わりがない。その可能性を変わらずに発信し続けている茂木さんだった。そして『果てのメディア』を立ち上げるきっかけは、この10年前にあったのかと、いまさらになって気づいている。2020年1月15日、このインタビューから『果てのメディア』が始まります。

【第9章】「果てのメディア」の旅へ

と、言いながらも、まだ終わりじゃないんです。終わりにするつもりできれいにまとめようと思ったんですが····もうちょっとだけ続きます。

茂木:あ!写真はもう撮らなくて大丈夫?

亀口:まだ時間いいんですか?このあと京都新聞の文化ホールで講演されますよね?ここから15分ぐらいですよね。

茂木:じゃあ、会場に向かいながら。

亀口:場所わかります?

茂木:大丈夫、Google先生に案内してもらうから。

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茂木:滋賀は中心っていうのはどこなの?大津なの?意外と中心がわかりにくいよね。ばーっと広がってるかんじはあるよね。

亀口:やっぱり琵琶湖が真ん中にあるので。ぐるーっとまわっていかないとダメなので、なかなか不便なところはありますねえ。

茂木:琵琶湖が泣くぜ「えーじゃまなんだ〜」って(笑)。

亀口:琵琶湖、泣きますかね。

茂木:(街の看板をみながら)ああ!探偵さんドットコムだって!

亀口:どこどこ、え?ちっちゃい看板なのによく気がつきますね····。茂木さんいま13時12分ですよ。

茂木:あ、12分。だいじょうぶだいじょうぶ。

亀口:30分から講演が始まりますけど、本当に大丈夫ですか?!(間に合うのか、もう気が気じゃない)

茂木:だいじょうぶだよ。

(あと15分後には講演会なのに?!ちょっと走ったほうがいいんじゃ····)

茂木:そこに「犬の糞尿禁止」ってかいてるけど、犬読めないよね。

亀口:ええ、犬はね。あ、あそこで信号、わたらないといけないですよね。

茂木:うん、さっき、おれが道を失敗しちゃったから。信号わたるのワンステップ多くなっちゃった。あ、青だ!走るよー!

亀口:やっぱり急いでるんじゃないですかぁあー!

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走れ、走れ!「大変だ、遅刻する〜!」そう言っていつも急いでたのは『不思議の国のアリス』に出てくる白ウサギだったっけ。

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なんだ、あの軽々としたフォームは。そういえばずっと走り続けてきたって、言ってたな。急げ、急げ!アリスは白ウサギを追いかけて、不思議の国へたどり着いたのだ。

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もうすぐ、信号をわたりきって、その先には講演会場がまっている。大人になってから、みんなで街中を全力疾走するなんて、これ、どういうシチュエーションなんだろう。白ウサギの茂木さんにとっては、いつものことだろうけれど。あ、白ウサギじゃなかったか。

茂木:だいじょうぶですかー?みなさん!

亀口:もうね、息がね。

茂木:普段あんまり運動してないの?!

亀口:そうなですよ。滋賀県民は車ばっかりで。大阪に住んでるときは、歩くのが早すぎて前の人のかかとを、よく踏んでましたが。

茂木:ついでに、蹴り入れたりして?(笑)。

亀口:はっ····ははは。

茂木:わー、あれ京都新聞だ。おれはじめてなんだー。

亀口:きっと、担当者の方は心配して待ってますよ。

茂木:あ、あそこにいるのがそうじゃない。絶対そうだよ。タクシーでくることを想定してるからね。あそこで待ってるんだよ。

(茂木さんを待ち構えて、大きく手をふる担当者さん)

茂木:おーい、取材だったんだよ。大丈夫だって。30分からでしょ??

亀口:すいません〜。ぎりぎりで。はじめまして、滋賀県でローカルメディアをやっておりまして。

茂木:このひと、佐賀県の人だから。

担当者さん:はい、佐賀の。

茂木:もう時間がないし、一緒に控え室に。

亀口:私たちも?!講演直前にすみません!

(エレベーターに乗り込みながら)

茂木:はし、ごめんね。

担当者さん:大丈夫ですよ。

茂木:不安だった??

担当者さん:まったく不安じゃなかったです(きっぱり)。

茂木:待ち合わせの喫茶店が、改修してて入れなくてさあ。

担当者さん:へー。

茂木:だから、その近くのショコラ屋さんで。

担当者さん:お茶してたんですか?

亀口:いやいや!取材ですから!

(控え室のテーブルに並ぶお菓子をみて)

茂木:あ、このチョコじゃないの??

亀口:ベルアメール····あ!そうですそうです!

茂木:ここにいたんですよ。さっきまで!

カメラマン(みっちゃん):時間もないんで、写真いちまい撮ったら帰りますんで。

茂木:はい。

亀口:じゃあ、学生も一緒にいいですか?

茂木:「がんばれよ」ってかんじでね。

亀口:あ!せっかくなんで、私も、じゃあ一緒に!

茂木:学生さんですか? 

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「茂木さん!もう講演会の時間です。そろそろ!」

会場の担当者さんが慌てて呼びにきて、私たちも最後の挨拶もそぞろに、バタバタと控え室を後にした。

それから電車に乗って、自分たちの暮らす滋賀へと帰った。地元の駅に着いて、ああ、日常に戻ってきたんだと噛み締めながら、改札を抜け、見慣れた風景の中を、地に足をつけて歩いていく。

視線の先には家族と暮らす家がある。10年かけて会えたことも、待ち合わせ場所が工事中だったことも、京都の街を走ったこともぜんぶ。地上から5cmぐらい浮いた場所で起こった出来事で、その不思議の国への案内人が茂木さんの姿をした白ウサギだったのか。

走れ走れ、急がないと遅れてしまう。この日常を走りながら、地上の裏側に足音を響かせていけ。

遠くを見つめる視点を持って、つぎはどんな人に出会えるだろうか。「果てのメディア」の旅は、やっとスタート地点に立ったばかり。

写真:若林美智子 文:亀口美穂 アイキャッチデザイン:小林昌子

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