晴れの日の雨…目にするまでは分からなかった。 雨が続く日々の、雨の休息日のようなある日。 青々とした葉の隙間から差すのは 緑を帯びた幾筋もの儚い光。 美しいそれを見せてくれたのは 透明で美しい彼だった。 以来、 「晴れ間に見える雨の色は__緑色」 それが合言葉になった。
_晴れ間に見える雨の色は? 渓谷に流れる時間が歪む合図はいつもその言葉だった。 歪む、でも悪い事じゃない。 私にとっての世界は歪。 でもそれは世界の正常で。 世界の時間が歪む時 私にとっては正常な時間の始まりだった。 そんな時間を彼はまた始めようとした。 またこの場所で。
雨が降り続けるある日のこと。 学校から帰るバスの中で押しつぶされるのが馬鹿馬鹿しくて 傘が雨音を奏でるのを聞きながら歩いていた。 そんな帰路だった。 _この辺りには神様の木があるんです そう話す彼の その声も顔も名前も知っていたはずなのに なんだか初めて会った気分になった。
当たり前が奪われるのは映画の中の話だと信じて疑わなかった。 でもそれは突然音もなくやってきて 奪っていった。 いつも通り教室に行き、いつも通り会話を交わすことのない透明で美しい彼を探した。 でも、その日から彼が学校に来ることはなかった。 もちろん、青々とした竹の渓谷にも。
私たちは晴れ間の雨の色を問いかけ続けるのだろう。昨日も今日もそうだったように明日も明後日もきっと。 そう思っていた。 教室では交わされることのない清らかな会話を神様の木の麓で交わすのだろう。 そう思っていた。 当たり前なんてない …なんてことないんだと そう思っていた。
雨、続くね そうですね 雨、好き? はい 私も _他愛もない話だった。 梅雨が終わったらちょっと寂しいです 確かに、寂しい でも知ってます? ここでは晴れていても雨が見えるんですよ 晴れの日に? 葉っぱの間から差す光と、葉が揺れる音…あれは晴れ間の雨ですね
久しぶりの再会だった。 あの頃から少し背が伸びて あの頃と変わらない髪型で あの頃よりも大人びた青年。 あの頃…。 同じ教室にいるのに別の空気を吸っているかのようで、濁った心を持ち合わせていないような……そう、彼は透明で美しかった。 顔も名前も知っていたはずの「彼」。
「この辺りには神様の木があるんです。 何か碑があるわけじゃない。 ただ静かにずっしりとこの地に根を張っています。 そうやって長い間この地を見つめる神様にはきっと 僕たちの今までもこれからもお見通しなんでしょうね」 と、彼は私の横で言った。 なんだか初めて会った気分になった。
講義のサボり方を知った21歳の夏、 衰退の「た」の字まで見えている街を目指して電車に揺られた。 人よりも植物の方が生き生きとした街の竹に囲まれた渓谷を歩いていた。 あの頃のように。 すると… 「晴れ間に見える雨の色は?」 背中に向けられたその声に思わず答える。 緑色、と。
教室の喧騒にも 羅列する英語にも数字にも漢字にも その全てにアレルギーが無さそうで でもその全てに興味も無さそう。 しっかりと開かれたその瞳が捉えるのは確かに私たちの存在する世界で でも私には見えない世界のよう。 そんな世界を生きる彼が教えてくれた。 晴れ間に見える雨の色を。
「魔法が解けたら」 それが合言葉となった。 同じ曜日、同じ場所。 12時の公園で私はいつも肉まんを頬張った。 彼は暑いからといつも肉まんを食べなかった。 私たちは心のどこかで 12時を過ぎたシンデレラの姿を見たかったのかもしれない。 シンデレラストーリーの、その先の光景を。
その夜、このレストランには お祝いされる人が6人もいた。 彼女は4人目だった。 全て失敗だ…と頭が真っ白になった時 彼女は言った。 「同じ誕生日の人がこんなに集まるなんてすごい! 幸せ共有できちゃう。豪くん、ありがとう!」と。 その言葉に、彼女の考え方に もっと惹かれた。
誕生日を祝いたい その一心で練った特別な日の予定。 でも 予定は予定でしかなかった。 大きな窓のあるレストランで 華やかな音楽がなった時、緊張が最高潮に達していた。 ハッピバースデートゥーユー と歌声が響き、目が輝く彼女。 やっと!と、構えていたらプレートは別の人の元へ…