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【物語】一年で最も大きな切り替えの日。

晴れの日の雨…目にするまでは分からなかった。 雨が続く日々の、雨の休息日のようなある日。 青々とした葉の隙間から差すのは 緑を帯びた幾筋もの儚い光。 美しいそれを見せてくれたのは 透明で美しい彼だった。 以来、 「晴れ間に見える雨の色は__緑色」 それが合言葉になった。

一日一鼓【0619~0622】

_晴れ間に見える雨の色は? 渓谷に流れる時間が歪む合図はいつもその言葉だった。 歪む、でも悪い事じゃない。 私にとっての世界は歪。 でもそれは世界の正常で。 世界の時間が歪む時 私にとっては正常な時間の始まりだった。 そんな時間を彼はまた始めようとした。 またこの場所で。

雨が降り続けるある日のこと。 学校から帰るバスの中で押しつぶされるのが馬鹿馬鹿しくて 傘が雨音を奏でるのを聞きながら歩いていた。 そんな帰路だった。 _この辺りには神様の木があるんです そう話す彼の その声も顔も名前も知っていたはずなのに なんだか初めて会った気分になった。

雨、続くね そうですね 雨、好き? はい 私も _他愛もない話だった。 梅雨が終わったらちょっと寂しいです 確かに、寂しい でも知ってます? ここでは晴れていても雨が見えるんですよ 晴れの日に? 葉っぱの間から差す光と、葉が揺れる音…あれは晴れ間の雨ですね

当たり前が奪われるのは映画の中の話だと信じて疑わなかった。 でもそれは突然音もなくやってきて 奪っていった。 いつも通り教室に行き、いつも通り会話を交わすことのない透明で美しい彼を探した。 でも、その日から彼が学校に来ることはなかった。 もちろん、青々とした竹の渓谷にも。

私たちは晴れ間の雨の色を問いかけ続けるのだろう。昨日も今日もそうだったように明日も明後日もきっと。 そう思っていた。 教室では交わされることのない清らかな会話を神様の木の麓で交わすのだろう。 そう思っていた。 当たり前なんてない …なんてことないんだと そう思っていた。

久しぶりの再会だった。 あの頃から少し背が伸びて あの頃と変わらない髪型で あの頃よりも大人びた青年。 あの頃…。 同じ教室にいるのに別の空気を吸っているかのようで、濁った心を持ち合わせていないような……そう、彼は透明で美しかった。 顔も名前も知っていたはずの「彼」。

「この辺りには神様の木があるんです。 何か碑があるわけじゃない。 ただ静かにずっしりとこの地に根を張っています。 そうやって長い間この地を見つめる神様にはきっと 僕たちの今までもこれからもお見通しなんでしょうね」 と、彼は私の横で言った。 なんだか初めて会った気分になった。

講義のサボり方を知った21歳の夏、 衰退の「た」の字まで見えている街を目指して電車に揺られた。 人よりも植物の方が生き生きとした街の竹に囲まれた渓谷を歩いていた。 あの頃のように。 すると… 「晴れ間に見える雨の色は?」 背中に向けられたその声に思わず答える。 緑色、と。

教室の喧騒にも 羅列する英語にも数字にも漢字にも その全てにアレルギーが無さそうで でもその全てに興味も無さそう。 しっかりと開かれたその瞳が捉えるのは確かに私たちの存在する世界で でも私には見えない世界のよう。 そんな世界を生きる彼が教えてくれた。 晴れ間に見える雨の色を。

「魔法が解けたら」 それが合言葉となった。 同じ曜日、同じ場所。 12時の公園で私はいつも肉まんを頬張った。 彼は暑いからといつも肉まんを食べなかった。 私たちは心のどこかで 12時を過ぎたシンデレラの姿を見たかったのかもしれない。 シンデレラストーリーの、その先の光景を。

“ただの”17歳の誕生日

その夜、このレストランには お祝いされる人が6人もいた。 彼女は4人目だった。 全て失敗だ…と頭が真っ白になった時 彼女は言った。 「同じ誕生日の人がこんなに集まるなんてすごい! 幸せ共有できちゃう。豪くん、ありがとう!」と。 その言葉に、彼女の考え方に もっと惹かれた。

誕生日を祝いたい その一心で練った特別な日の予定。 でも 予定は予定でしかなかった。 大きな窓のあるレストランで 華やかな音楽がなった時、緊張が最高潮に達していた。 ハッピバースデートゥーユー と歌声が響き、目が輝く彼女。 やっと!と、構えていたらプレートは別の人の元へ…

慣れないDVD探しも 奮発したお高いレストランの予約も 全て今日という日のためにあった。 恋人の誕生日のお祝いは前日に済ませ、当日は「ご家族と過ごしなよ」なんて紳士ぶる。それが今までの俺だった。 でもその言葉がどれだけ彼女たちを傷つけていたか…今になってやっと分かった。

「自由に生きられて羨ましい」 きっとそんなに甘くないのだろうけど 私はそう思ってしまう。 彼に感じる羨ましさには 微かに、でも確かに妬みも含まれている。 私は彼の踊りに惹かれるけど その才能が眩しすぎて直視できない。 なのに彼は私に言った。 あなたのように生きてみたい、と。

思わず漏れた言葉に驚いたのは彼女も同じだったようだ。  どう思う? なんて、ハテナが浮かぶ沈黙に耐えられず自ら追い打ちをかける。  織姫と彦星。年1しか会えなくて、幸せなのかな? 小さいころから感じていた微かな疑問。 別に彼女にぶつけなくたって良かったのに、と後悔していた。

夏。 気が付いたら街には笹の葉が並んでいた。 五色の短冊にはさまざまな願い事。 もう夏が来たのかと 燻るこの気持ちにも照りつけるこの日差しにもうんざりしていた。 そんな暑さにやられて漏れた言葉。  織姫と彦星ってさ、幸せだと思う? どう考えても俺らしくなくて可笑しかった。

追えない夢を持つ人も 追わない道を選べない人もきっとこの世界にはいる。 完全に僕は後者だった。 幸いにも僕は 世界の扉を開くような 一人で踊るこの時間が好きだった。 でもなぜだろう。涙が溢れて止まらない。 今日も彼女は肉まんを持って僕を眺めている。 涙、見られちゃったかな。

_分からないんだ そう呟いた彼の表情には確かに感情が宿っていたのに あの時彼自身が感じていた痛みも その痛みに締め付けられた私の心も 最初の夜、ワインを挟んで感じた人生の糸が絡まる感覚も その全てをたった5文字に詰め込んで去っていた。 そんな過去なんて、言うつもりなかった。

イイところに就職して 30を前にイイポジションを獲得した女、成功者。 それが私だった。 表向きの、成功者。 夢の見方を忘れていようが知ったことではない。 隣の芝は常に青いのだ。 でも彼の羨望の眼差しには その瞳に映る隣の芝には 色がないことは明白なはずだった。 それなのに…

花束を飾れない女

彼に(おそらく出会って初めて)貰った機会。 彼女と話せる、この機会。 もう次はないかもしれない そう思った。 そう思うような表情で向けられるその眼差しを受け止め、感じた。 胸の奥がざわつくのを。 これが いや、これも感情なのですか? ならばとてもうるさいですね

私がまだ女の子だった頃…自分がカワズだと知った頃に 大海を自由に泳ぐ彼に会っていたら 私は追いかけることで違う今にたどり着いていたかもしれない。 夢を諦めた誰かが肉まんを片手に“私たち”の踊りを眺めていたかもしれない。 そんな未来を作り出せなかった私の弱さを彼に見せつけられた。

私には飛び抜けた才能もなければ、誰かを夢中にさせる術もない。 持っているのは上手に生きる術だけ。 だからもどかしくて腹が立った。 人を夢中にさせることができるのに どこまでも生きるのが下手な彼に 心底腹が立った。 これは 私が出会った彼と、彼を介して出会い直した私の物語。

渋谷 スクランブル交差点 「a happy new year!!!」 その声も彼らが振り乱す髪も全てがスローだった。 こんな深夜に、こんな場所で。 なぜそんなにはしゃぐのか 何が「おめでとう」なのか 何が「よろしく」なのか。 分からなかった。 僕には、分からない。

「子供がいて、夫がいなくて、仕事がある」 愛してしまったその女性と、かけがえのない彼女の宝 二つの命を預かるという覚悟と重み その責任を果たせるかは分からない 「でも、俺めちゃくちゃ楽しみなんだよね」 そう語る彼を、僕は初対面の女性と共に眺めていた。 …変な時間だった。

聞けば、どうやら悩みの種は共に卓を囲むこの女性ではないらしい。 今日は “一度も相談された覚えのない”彼の恋人との 結婚というハードルについての相談だった。 で、この女性は “恋人の子供が通う保育園の先生且つ恋人の友人”だそうだ。 中華屋の卓を埋める小皿並みの情報量。

花にとっての花壇は。

目の前でスポットを浴び もっとずっと高いところで舞う彼らの背中を追っている。 いつも、いつも。 好きだ、踊ることは。 でも僕はまだ命を燃やせていない。 魅せようと踠くけれど 高すぎる壁が目の前に立ちはだかって通してくれない。 壁の壊し方を、僕は知らない。 だから、苦しい。

泣きながら舞う彼の姿は 苦しくて切なくて、でも…美しかった。 彼の中にある、彼が見ている舞いは 私が魅せられたモノのもっと上にあった。 羨む私の姿も、朽ちた誰かも 見ていなかった。 見ていたのはずっと先でスポットを浴びる未来の自分。 強さの所以は未来が見えていることだった。

安全地帯の中枢と化しているビル。 最上階からの景色に息を呑む。 安全を謳う塀で作られたこの都は なんだか生臭い生活臭が漂っている気がしてしまう。 蘇った者たちで溢れてる外の方が澄み切った空気が流れているようにすら思える。 希望も、絶望も、期待も、裏切りもない、澄んだ空気が。

寒くないの? _いや、あっついです 最初に交わした言葉。 もっと他に言うことあっただろと心の中でツッコミを入れるが 彼の満面の笑みでどうでも良くなってしまう。 私見たことありますよ。あなたの踊り。素敵ですよね、好きです。 陳腐な言葉しか出ないのが悔しい、初めてそう思った。

あなたはすごいと育てられ あなたならできると期待を向けられ あなたのためにと家族のスポットを浴びた子供時代が私にあった。 できると信じて疑わなかった時代が。世界が広がるまで続く黄金期。 そして広がった時、正体を知った。 私はカワズだった。大海で輝く術を知らない、カワズだった。

私がまだ“女の子”だった頃 もちろん私の夢は「ボスのフン」なんかではなかったし 街灯を浴びて輝く青年を肉まん片手に眺めることでもなかった。 誰かを注目する人じゃなくて 誰かに注目される人になりたかった。 なれる、と思っていた。 私の夢は いま彼が歩む道そのものだった。

湯気の出る肉まんを両手で抱えて歩くある冷えた夜。 再び彼に出会った。劇場ではなく、公園で。 なんだかまだ帰りたくなくてコンビニ帰りに寄った公園に彼はいた。 強い光量もなければ煌びやかな衣装も着ていない。 でも、彼の踊りから見える「生」のオーラは人を魅せるためにあるのだと思う。

舞台の上に向けられた照明よりも眩しく輝く彼ら…いや、彼。 大御所俳優の背後で踊る彼に目を奪われた。 主役でないことは一目瞭然なのだけれど 長いものに巻かれてこちら側に座る私と、舞台上で“生きる”彼とでは 文字通り雲泥の差があった。 間違いなく私はあの瞬間、彼に魅せられた。

その日私は劇場にいた。 3年先までチケットが取れないという大きな舞台も ボスの一声ですぐに席の準備ができてしまう。 なんて馬鹿馬鹿しい世界なんだ… でも。 ボスのフンである私も 彼らにとっては馬鹿馬鹿しい世界の構図の一部なのかもしれない。 舞台の上で輝く彼らにとっては。

踊れば誰にも負けない輝きを放ち 踊らぬ時は少し変わった男の子 …そう、“男の子” 私が“女の子”であった時代に会っていたら もう少し未来は違ったのだろうか。 なんて、今更言ったってもう遅い。 でも そう思ってしまうくらいには 彼から放たれるオーラに惹かれ続ける自分がいた。

苦笑いってどうやって浮かべるんだっけ。 人への媚び方を忘れてしまった。 これが、旅の終焉を告げる変化だとしたら随分生きづらい道に進んでしまったな。 あぁまた俯瞰してる。 この悍ましい情景を前に。 そこにいるのが母さんだったらな…勿論違うって分かってるけど。 でもやっぱり…

ボソッと漏れてしまった「好き」という言葉に彼が顔を赤くする。 _あ、好きってあれですよ。踊りが好きだな〜ってこと _クレオパトラからの愛の告白より、その言葉が嬉しいです クレオパトラからの告白が彼にとってどれほどのものか私にはわからないけど どうやら喜んでくれたみたいだ。

ありがとう、紫苑。でもね、やっぱりこんな私を見せられない。 すっかり遠くにきてしまった。 あの場所で、瑞穂はまだ泣いていたんだ。 葵ちゃん。何を持っていこうか。 タオル、かな。だってね宙くん。 瑞穂、きっと、ずっと泣いてるから。 「みんな、どこかで必ず涙を流しているから」

父を追う母を、気が付けばワタシが追っていたのかもしれない。 ワタシは、有念の末に堕ちていたかもしれない。 でも、彼が引き留めた。 彼にできるなら、ワタシにも。 朽ちかけの橋を渡る相棒へ …いかないで 母には届かなかった思いが震える。 欠席を告げるハガキが瞳の中で揺れる。

真っ暗な部屋に揺れる儚い光。 蝋燭の先で小さく震える炎が照らすのは、虚な目をした男女。 人の言葉を忘れたように唸り、空中にいる何かに噛みついている男。 女の口からは微かに呼吸の音が漏れ聞こえる。呼吸は少しずつ、大きく深くなっていく。 まるで 内に宿る何かと闘っているかのよう。

硝子一枚を挟んだ先で人肉を貪る者たち。 彼らを見て一目散に逃げ出すこの人たちの行動は想定内。 想定外なのは 私の手に真っ白な錠剤がまだ握られていること。 そして、逃げているこの状況。 あれ? こんな状況になってもまだ逃げなきゃいけない理由って、何だっけ? 「もう、いっか」

ドラム式洗濯機の回転が母の記憶と喪失感を濡らしていく。 ワタシの前に記憶の迷路があらわれる。 引き止めるように差出されたのは、 リングケースほどの膨らみを帯びた紙袋と一輪の花。 見上げた先に、凛とした表情。 「今日こそ、だと思って」 彼は喪失感を枯らす術を、知っていた。

平和とは、安全とは、静穏とは、何でしょうか。 それらが壊れる瞬間、ヒトは何を守るのでしょうか。 問題です。 守るものを奪われてしまったら、どうすべきでしょう? 答えは、身をもって探してください。 そして、模範解答を教えてください。 制限時間はその息が止まるまで…。 さぁ…

目の前に立ち上げられた4台のパソコン。 画面にはゲートと横に立つ兵士の姿。 机の上、そっと手を伸ばした先には「みらひコーポレーション」と書かれた名刺が一枚。 「専務…」 その地位をよく分からないふりをした。 心の中で溢れた笑みの味を今も覚えている。 私にとっての、密の味。