花束を飾れない女

一日一鼓【11-1】
『花束を飾れない女』

「寿美なんてめでたい名前をつけられたけど
寿美を「すみ」とすぐに読める人はそう多くはなかったし、私の幸薄さを先に読み取る人は嫌みたらしく「いい名前ですね」なんて言ってくる(私の思い込みだって両親は言うけど)。何よりも、私の人生めでたいことなんて一度もなかった」


「寿美さん、今日まで本当にありがとうございました!」
そう言って満面の笑み(本当に影のない善良な眼差し)を浮かべる後輩に花束を渡される。
どんな気持ちで花束の色味を考え、どんな気持ちで今これを渡してくれているのか
それを考えたら嬉しかった。
学生アルバイトや同僚からこんなにも感謝してもらえる人材になり得たのかはわからない。
それでも今この瞬間、おそらくここにいる全員が私の栄転を祝福してくれている。
今度は本社で彼女たちを支える立場につくのか…と明日からの私の道を改めて見つめる。
現場で彼らが頑張る姿を想像すれば本社でうまく働くことも私の生きがいの一つになり得るかもしれない。
生きがい…私はそれを見つめなければいけない。

私は生きなければいけないから。彼の分も。
生きなければ…そんな使命感が苦しくて堪らない。でも私は、生きなければいけない。

使命感に襲われる人生の中で「花束」は重くて堪らない。
花屋で働いているのに「花束が重い」だなんてとても言えないし
花束が持つ恐怖を分かってもらえるとも思っていない。
でも私はずっといろんなものに襲われてきたし
その恐怖をできる限り回避したいとすら思ってる。
だから私は「回避するために」この花束を葬りたいと考えてしまう。

寿美なんてめでたい名前をつけられたけど
寿美を「すみ」とすぐに読める人はそう多くはなかったし、私の幸薄さを先に読み取る人は嫌みたらしく「いい名前ですね」なんて言ってくる(私の思い込みだって両親は言うけど)。
何よりも、私の人生めでたいことなんて一度もなかった。
…いや。ない訳ではない。でも、めでたいことの直後には決まってそれを上回る悲しみに襲われた。そういう出来事がいつも起きた。
それが私の人生なんだと諦めたのは、ちょうど今から10年前のことだった。

10年前、17歳の夏。
長らくお世話になった病室とお別れし、久々に家の玄関に靴を並べた日。
彼もまた、私の退院を祝してテーブルを囲んだ。
高校にも通えていない私にとって2歳年上の彼は家庭教師(…病室教師と言うのだろうか)だった。
青春も何もない私に、青春が詰まった彼はいろんな話をしてくれた。
病室から見える花壇が彼から聞く青春話に色を添えた。
もしかしたら(確信を含んだ“もしかしたら”だが)彼は私を好きだったかもしれない。
少なくとも、私は確実に好きだった。

退院してようやく彼と青春を謳歌するんだと思っていた。
勝手に。
なのに。

なのに
勝手に彼は消えていった。
私よりも先に、私を置いて。

彼の優しさが彼を殺した。
事故だったけど、彼の優しさがなければ彼は死ななかったはずだ。
ベビーカーを押す女性の代わりに、ベビーカーの中にいる子供の代わりに
彼女たちを守って…。

大勢の犠牲者を生んだ大きな交差点には
色とりどりな花束がこれでもかと言うほど並んでいた。
彼から聞く青春話に色を添えた花が大好きだったのに
あの交差点で日毎に枯れていく花を見ていると苦しくなった。

花壇に咲いているうちは綺麗に色を見せるのに切り離された瞬間、衰退の一途を辿る。

花にとっての花壇は
私にとっての彼で
父にとっての母で
母にとっての私で
祖父にとっての競馬で
祖母にとっての畑で
(もしかしたら彼にとっての私?)
つまり、彼のいない私の人生は花壇から切り離された花と同じだった。

それを示されているようで
花束を見て枯れていく様子を目の当たりにするのはあまりにも酷だった。

それでもやはり、あの頃病院での日々を彩っていたのは花だったし
彼も両親も友人も、もしかしたら花壇に咲いていた花すらも
誰もが願いを込めて私に花を贈ってくれた。

だから
「花」を嫌いになることはなかった。

だから
私はきっとこの大手フラワーショップに入社したし
明日からは本社で働くんだと思う。

「でもやっぱり、この花束を持ち帰って衰退する様子を眺めることはできない」

バスを降りてそんなことを考えていたら
ある青年と出会った。

青年は、なんだか彼に似ていて
優しい眼差しで
ワンコがお尻から落とし物する様子を眺めていた。

「何歳?」

気づいたら声をかけていて自分でも驚いてしまう。

「3歳です」

ちゃんとワンコの年齢が帰ってきて少し嬉しかった。
3歳のワンコを連れた青年と次のバスが来るまでの15分間、時間を共有した。

「花束の行き場が見つかった」
そんな気がした出会いだった。
彼との話は、また明日お話ししようと思う。

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