もし感覚の種類とその大きさを抽出することができれば、体感をそっくりそのまま他人と共有することができる。そうすれば、今まで言葉を尽くしてもなお伝わったかどうかわからなかった感覚を共有できることになる。本当の意味で分かり合えることになるのだ。そんな構想を練りながらゆっくり目を閉じた。
いつも不思議に思ってきたが、客観的世界というものはあるのだろうか。表現がおかしいかもしれないが、僕たちは、自分の主観から逃れることはできない。他人の主観は想像することは多少可能かもしれないが、互いに確かめ合うことは決してできない。こんなにも、互いの世界の辻褄が合うのはなぜだろう。
結局のところ、真の満足感というのは記憶を想起することでは味わえないようにできているのかもしれない。もし味わえるのなら、一度体験すれば肉体は不要で精神だけあれば良い、ということにもなりそうだ。だが創造主は、そうは創らなかった。記憶ではなく、存在が現実にあるということの意義が大きい。
味だけのことを考えれば体感を伴って思い出せる方が雲丹は減らなくて済むかもしれない。だが栄養の問題とかもあるのだろうか。実際に食べなければ得られないものがあるのかもしれない。ちなみに雲丹を代表例に話をしているだけで、他の食用の何かにもあてはまる話だ。単に僕は雲丹が好きということだ。
はぁ、一体、僕は何を考えているんだ。こんなこと考えても、答えなんてわかりようもないのに。いつもこうやって考えるだけ考えて、結局、答えが出ない。僕がもし、小説の主人公だったら、作者に文句を言うだろう。小説だったら、解ける謎を考えさせろ、と。人の心を弄んで、楽しいのか、と。僕は誰だ。
それでも、例えば、あの日あの時あの場所で、僕は何をしていたっけ、と思うとする。これは、ふと、思ったことになるのか、それとも、意図的に、その日その時その場所で何をしていたのか思い出そうとしていることになるのか。その答えは、疑問がいつの時点で生じたということにするのか、によると思う。
もしくは、脳の想起を抑制する作用が働いているのかもしれない。思い出した時に実感を伴っては、脳にとって、ひいては僕にとってダメージになるようなことは、思い出せても実感が伴わないということなのか。でも逆に、とても思い出したい感覚、例えば好きな食べ物の味なども、実感は伴わない。なぜだ。
頭につけている装置のおかげで、記憶を取り戻しているが、そうでなければ、37歳になる誕生日の前夜から一気に67歳まで歳をとってしまったことになる。30年、失ったのと同じだ。そんなので、未来に期待できるわけがない。記憶こそあれ、実感が伴わない。本当に記憶の数々はあった事なのだろうか。
記憶とは不思議なもので、生きていく上で必要不可欠なものごとは基本覚えているが、忘れてしまうこともあるわけで、逆に、忘れても何ら差し支えなかったり、むしろ忘れてしまいたいと思ったりするものごとを覚えていたりする。生存とは関係ない基準で記憶というメカニズムは働くのだ。どういうわけか。
実際、危篤状態に陥っていた時の記憶はない。この装置によっても思い出せない、つまり、その間の記憶は元々ないということを意味する。生と死の狭間にいたわけだが、どちらかというと、死寄りだったのかもしれない。生よりの危篤もあるのかという話だが、もしあるとすれば何か見られるのかもしれない。
はじめての言葉は普通、親から学ぶことが多いだろう。成長するにつれて、他者との会話や読書や音楽など知らない言葉に遭遇するたびに、新しい言葉を知ることになる。とは言え、知らないままにすることもあるので、語彙力が必ず上がるとは限らないが。先祖を辿っていくと言葉の創造主がいるのだろうか。
世界で初めて生まれた言葉は何なのだろう。何かを指差して「これ」とか言っていたのだろうか。もちろん、国や地域によって言葉は違うが。人間は、通常、生まれた時に産声をあげるが、これは、最初の人間も同じだったんだろうか。声を言葉にしていくプロセスというものは、想像するだけで気が遠くなる。
でも、時間という概念がなくなり、記憶までなくなったとしたら、もはや、自分にとって自分の過去は無いに等しい。別に時間という概念があったとしても、記憶がなくなれば自分にとっての自分の過去は結局、無いに等しいのかもしれないが。過去がどうというよりも、今がどうなのかが肝心なのだと思った。
主体の数だけ世界があるのか、それとも、世界という一つの枠組みの中に部分としての主体があるのか。他者の認識を直接知ることはできず、言葉を介してしか想像することはできない。もちろん自分が未知の事柄については想像すらできない。僕は、僕以外の人がどんな感覚で生きているのかとても気になる。
だが、さらによく考えてみると、疑問というものは、抱こうと思えばいくらでも抱ける。なぜ、とか、とは、とか、何にでもいいから頭やお尻にくっつければ疑問になる。どうやら、意図的な疑問というものもありそうだ。ふと疑問に思うことももちろんある。そもそも、二者択一として考えていたのが問題だ。
なんだその発想は、と思われるかもしれないが、もし、体感も一緒に思い出せる装置にできていたら、雲丹を一度食べさえすれば、僕のために犠牲になる雲丹は一匹で済んだ。食用の生物に対して、犠牲という言葉はふさわしくないような気もするが、食べられる方からすれば実際そうとも言えるから仕方ない。
確かに、この頭につけている装置は自分が作ったものだと認識し、記憶している。しかし、仮に、装置が故障していたり、設計上の誤解などがあって、正しく記憶が想起されないとしたらどうだろう。僕が思い出していることは、全部、思い込みということにならないか。記憶に実感が伴わないのは、それでか。
時間が収束したかのような感覚にはなったが、時間は相変わらず進んでいたらしい。気がつくと看護師が食事を運びに部屋に来て、大人しく僕はそれを口にした。外からの施錠はしばらく解かれなかったが、何日か経つと、僕は通常の個室に移された。だいぶ落ち着いたと診断されたのだ。退院の目処も立った。
基本的には何でも思い出せる装置にしたつもりだったが、根本的な欠陥があったようだ。そこまで言わなくても良いのかもしれないが、本当に何でも思い出せる装置にするのなら、体感を伴った実感さえも思い出せるようにすべきだった。良い意味でも悪い意味でも。何度でも、雲丹が食べられたかもしれない。
試しに両親に聞いてみた。僕は、どのくらい危篤状態だったのかと。そうすると、意外にも、3日間とのことだった。目覚めた時は37歳の誕生日前夜の記憶しかなく、頭につけている装置によって、67年間分の記憶を何でも思い出せるようになったわけだが、危篤状態に陥った際のことは思い出せないのだ。
良かったことだけ思い出して、やけに年老いた気持ちになる。どこかで聴いたことのある歌のフレーズだが、まさにその通りだと思う。あの頃は良かったなぁ、なんて振り返るのはどことなく未来に期待していないような感覚とも捉えられる。今の僕なんかまさにこの状態だ。懐かしんでばかりで先が見えない。
かと言って、当時の自分が何を書いたのか、今、読み返す気力はなかった。読めば、自分のことがわかるかもしれない。でも、頭の装置があるから、小説の内容は思い出せなくとも、自分の過去の思い出は、だいたい思い出せる。全部思い出すには時間がかかるがそんなことをする必要はない。都合の良い奴だ。
新たな発明欲もあるが、それよりも今すべきは、親をはじめとする今までお世話になった人、迷惑をかけた人に、お礼や謝罪をすることだと思った。お礼や謝罪などは、ある種の自己満足で、された側からしてみれば、どうということはない、と思ってきた。しかし今しかできない。たとえ自己満足だとしても。
その原稿用紙の文章は、140字単位で小節となっており、小節ごとに第何話とタイトルがつけられていた。小説をこんな細かく刻んで書いていたのは、当時流行していたSNSの仕様に影響を受けたからだ。その小説は、ちょうど第百話まで書かれていた。不思議なことに小説の内容までは思い出せなかった。
タイトル未定の文字を見て、頭につけている装置の効果もあって、その原稿用紙がなんなのか、すぐに思い出した。僕が書いた小説だ。いや、正確には小説と呼べるような代物ではなく文章の羅列のようなものだが確かに自分の書いたものだ。過去に小説家か作家になりたいと思い、日々書き綴っていたものだ。
意識を取り戻してからどれくらいの時間が経っただろうか。危篤状態に陥っていた割にはいろいろ頭の中を考えが巡っていた気がする。考えがまとまらないのは仕方ない。看病してくれていた妹が、僕がだいぶ落ち着いたのを見て、束になった原稿用紙を渡してきた。1枚目には、タイトル未定と書いてあった。
イヌの定義があらかじめ決まっていて、それに照らし合わせて現実に存在する生物についてイヌかどうか判断することはできるかもしれない。だが、定義を生み出すというのは、全く別次元の話である。一体、定義とは、どのような過程を経てなされるのであろうか。イヌをイヌと決めた人に直接聞いてみたい。
そして、47歳の誕生日に実際にこの装置を発明できた。もちろん、僕ひとりではなく、AIや医学の専門家などいろんな人の協力を得ての成功だった。この装置を発明しておいたおかげで67歳になった今、過去を全て思い出せているのである。ただ、思い出したくない過去もあるが、副作用のようなものだ。
言葉にするのと、思うのでは、思う方が先だ。だから、言葉にならなかったり、しなかったり、できなかったりする思いというものもあり、まだ誕生していない言葉もあることだろう。例えばイヌを見て、初めにそれをイヌと呼ぶことにしたのは不思議だ。個体差があるので、共通してイヌと呼べたのはなぜか。
声と対象を紐づけるだけなら、百歩譲って、まだ、できるかもしれない。名詞に限ってのことだが。だが、そもそも、その名詞なら名詞で、その対象を、なぜそのような発音で呼ぶことにしたのかは、まったくもって謎である。昔からナントカと呼ばれている、とは言っても、ナントカに決めたのはどこの誰だ。
互いの世界の辻褄が合うのは、言語の役割によるところが大きいと思ってきた。そもそも言語というものも歴史が古すぎて、よくよく考えてみると、よく初めての言葉は通じたものだ、と思う。神様がいたずらをすれば、僕たちは、一瞬にして、言語によるコミュニケーションをとることができなくなるだろう。
肉体などの物体は、精神の「外」にあって、認識されているように思われる。しかし、目に映るもの、耳で聴こえる音など、さまざまな感覚は精神の作用によるところのものであり、夢で見る光景のように、目の前に物体があるわけでなくとも、見える、ということがある。音も同じだ。世界は各々にあるのか。
自分自身を演じるしかない、というのは、僕たちには与えられた運命がある、と言っていることに等しいのかもしれない。自分の意思でやっていると思っていることも、すべてあらかじめ決められたシナリオどおりに動いているだけだと考えれば、自由などない。そもそも意識がこの世になかったら、どうなる。
寝ている時、夢を見ていなければ意識はない。死んだら、この状態が続くのと同じ感じなんだろうか。それとも死後の世界があるとしたら、夢を見ているような状態がずっと続くみたいなことなんだろうか。僕の場合、夢を見ている時、視界だけが広がっていて、肉体はあまり意識しないが普通どうなんだろう。
死後の世界がないとしたら、死んだら本当に全てが終わりだ。それまで、どんな人生を送ってこようが、死んだ瞬間、全てが終わりになる。それは、虚しいことなのだろうか。それとも、それまで生きてきた人生があるから、それはそれで良しなのだろうか。いつか必ず死ぬ。もう少しこの事実と向き合いたい。
個性か。今思えば、逆にあんなに興奮して支離滅裂なことを言っていたら、病気と診断されるのが普通な気がする。でも、医者が振り返って、個性だったということは、言動は支離滅裂に思えても、その裏側には正しい確信と筋があったということなのだろう。僕は、強制入院させられたことを恨んだりしない。
でも、答えを死ぬ間際に知ったとして、もし死後の世界がないのだとしたら、よく考えれば、一瞬答えがわかっただけで、答えを知っている自分という存在はないことになる。果たしてそれで満足いくのだろうか。仮定の話なのでどこまでいっても仮定なのかもしれないが、実際にそうなるとしたら、なんかな。
かといって、答えが知りたくて今すぐ死んでしまいたいと思うほど、死を望んではいない。いずれその時が必ず来る。そう言われている。確かなのは、それだけで、死ぬまで実際に自分が死ぬのかどうかはわからない。死後の世界がもし存在しないとしたら、どうしようか。走馬灯よりも、答えの方を知りたい。
そんなことを思っていても、わからないものはわからない。このまま本当に死んでしまうかもしれない。僕は、心のどこかで死後の世界の存在を信じていて、死んでみてはじめてわかることがあると思っている。むしろ、死ぬまでは答えはお預けにされているんじゃないかと思う。生きているうちはわからない。