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三都メリー物語

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神戸、大阪、京都を背景に男女の人間模様を描いてみました。
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三都メリー物語①

三都メリー物語①

 女子大学の校門を出ると、どんよりした空の下、川田レイは駅の方へ向かった。
冷たい風が吹き、楓の葉がカラカラと音をたてながら道の端に舞っている。ほんの少し傾斜の下り坂を歩いていると、
少し道がカーブしたとことに壁一面にライブの予定やグループ名とチケット代が書かれて貼られている。ロッジ風の建物のライブハウスの横をレイは通る。     気にはなっているが、店には入ったことがない。小心もののレイが一人で

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三都メリー物語②

 結局二人は本を買わず、店を出た。
「先生、早いお帰りなんですね」
「そうなんだよ、今日はテストだったろ、僕の受持ちは、今日は早く終わったんだ」
「先生、何番乗り場へ?」
「僕は4番乗り場だよ」
「川田さんも、もう帰るの?」
「はい、帰ってテスト勉強しないと」
「私も先生と一緒の4番乗り場です」
藤岡准教授が、エスカレーターで上がって行くとレイはその後ろにたった。

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三都メリー物語③

 車が行き交う道路を挟んで商店街が並んでいる。電車に乗る前はどんよりしていたのに、ここに着くと晴れ間が広がっていた。平日だというのに人通りが多い。
 やはり京都ということもあってこの時期紅葉を楽しむ観光客で賑わっている。人を避けながら商店街に沿うように歩いた。時々藤岡准教授は、レイを気にかけるように後ろを振り返る。
 レイは人にぶつかりそうになるたびに藤岡准教授の腕をつかんだ。風があるが、歩いてい

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三都メリー物語④

蕎麦屋を出ると、冷たい風にレイは肩をすくめた。相変わらず多くの観光客が歩いている。
藤岡准教授とレイは、八坂神社に向かった。

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『三都メリー物語』⑤

日が暮れてしまうと11月でもやけに冷える。電車の中にいても扉からの隙間風で、そう感じる。座席に座っていると足下だけがやけに暖かくて電車の小さな揺れが眠気を誘う。
藤岡准教授は、東向日という駅で降りた。四条河原町の駅のホームで藤岡准教授は、なぜ私を抱きしめたのだろうか?
奥さんに離婚しましょうと言われて寂しかったのだろうか?  抱きしめたかったのは誰でも良かったのだろうか?
それとも、私だから

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『三都メリー物語』⑥

大学の図書館の窓から見える空は、12月とあってどんよりしている。川田レイは、3時限めが終わってから大学が明日から冬休みに入るので学生は少ない図書館でレポートを提出するためにまとめていた。
暖房の効いた天井の空調機から暖かい空気が、レイに眠気を誘う。レイの手からボールぺンが離れて机に転がって椅子から何処かへと落ちていった。
レイの斜め後ろの席の学生の足下にあることに、その学生が気付いて、ボールペン

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『三都メリー物語 』⑦

1月に入っても気温が15℃という暖冬だ。2時限で終わったので川田レイは、異人館に行ったことがないという佐野美緒と一緒に行ってみることにした。美緒は、四国からこちらの学生寮に住んでいる。

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『三都メリー物語』⑧

 大阪城の桜も綺麗だが、大阪城公園の駅から一駅か二駅の所に造幣局があり、そこには134種もの桜が338本、道をはさんで両サイドに植えられている。
成長した桜は、道の両方から伸びてお互いの枝が届くところまで来ている。それは、まるで桜のトンネルのようだ。これが『造幣局の通り抜け』。
レイと藤岡准教授は、手を繋いで、いく重にもなる八重桜の花に、レイはうっとりしている。  

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『三都メリー物語』⑨

立春後の寒気で、寒があけてもまだ残る寒さのことを余寒(よかん)というらしい。
レイは、氷点下で白く凍った道路を仕事に向かう駅へと歩いていると、そのうち東の空から眩しい太陽の日が差し掛かってきた。レイは、自分の吐く息が一段と白くなるのがわかった。
入社してレイは、3年目からもうすぐ4年目に入る。そんなある日の午後の3時の休憩後に、レイのいる部所に上司の島田さんと共にフロアに入って来る女性がいた。

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『三都メリー物語』⑩

西の空に夕日が沈みかけている。辺り一面が
藍色に染まるそんな光景をブルーモーメントというらしい。天気がよく雲のほとんどない、空気の澄んだ日にだけ現れると言われている。
レイは仕事を終えて駅まで歩いていると、その光景を目にした。電車に乗り、帰宅ラッシュの人並みに押され車内の奥へと進む。
昨日は、何のメールもなかった。そんなものよ。名前も書かずにいたのだから。レイはそう思う。
電車は進み出すと、

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『三都メリー物語』⑪

しゃ光カーテンの隙間から微かに太陽の光りが差し込んでいるのに目が覚めた。起き上がると少し肌寒い。慌ててレイはエアコンの暖房をいれた。
同じベッドで寝息を立てている夫の藤岡准教授を起こさず、静かに部屋を出た。
洗濯機に汚れた洗濯物を入れ、洗剤も入れてスイッチを押す。
温かいコーヒーを入れて飲んだ。
そういえば、レイの上司である34歳の男性の島田さんと、この会社を知り尽くしているようなレイの

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『三都メリー物語』⑫

 その夜、商店街のくじ引きで当たった花火セットを持ってレイと藤岡准教授は、自宅マンションの近くにある川沿いを歩いた。
夏の夜は、日昼と違って太陽のギラギラした刺激がなく、ぬるくて気だるいとレイは思う。

 街灯やマンションの家々の明かりから遠ざかったところで花火に藤岡准教授は、火をつけた。
しゃー、という音と共に火花を落としながら、一気に明るくなる。
二人は、童心に返ったように次の花火に火を

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『三都メリー物語』⑬

朝からどんよりとした厚い雲に空は覆われている。昼間は15℃を越えているのに、朝は2℃といった日中の寒暖差が何日か続いた。
そんな2月が終わる頃、いつものように通勤電車は、満員で終点駅の大阪で吐き出すように人が降りて行く。
社内のデスクに着くとレイは、既に出勤していた稲垣とお互い目を合わした。社内では、そんなに話すこともない。メールだけでやり取りしているだけだ。
そんなとき、レイの上司の島田が、

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『三都メリー物語』⑭

日曜日の朝、レイが目を覚ますと、既に藤岡准教授は起きていた。朝食を作っているのだろう、食器の合わさる音やフライパンで何かを炒めている音がする。
窓からレースのカーテンに明るい日差しがあたっている。
しかし、ロッカーに稲垣さんが迷惑しているといった手紙を置いたのは、いったい誰なんだろう。その日は何もなかったようにレイは振る舞った。けれど手紙を置いた人が実際いるのだ。仕事をしていても誰かと話をして

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