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New Luce村のピートランドを歩く 【Walking into nature #01 】


自然に浸るサイクル

日本からスコットランドに来た当初(2008年)、スコットランド人の知人が、こんなことを言っていたのを覚えています。「ちゃんと定期的に自然の中へ出かけていく時間を作らないと、なんか調子がくるうんだよね。」
その時は「そういうものなのかー」程度に思っていたけれど、スコットランドで生活しながら、いつの間にか私もそれを実感するようになりました。

スコットランドでは、エジンバラやグラスゴーなどの都市に住んでいてもバスや車で数十分行けば、喧騒からのがれ、山歩きやカヌーなどを楽しみながら自然の中に身を置くことができます。
たとえばグラスゴーからはLoch Lomond&The Trossachs National Park, エジンバラならPentlandite Hills Regional Park。それから火山活動と氷河の侵食から形成された丘、Arthur’s Seat はエジンバラの旧市街のホリルード宮殿のすぐ近くにあり、街の中心から徒歩で行くことができ、眼下に美しい街を見下ろせる場所です。

晴れた日にはたくさんの人がArthur’s Seatの頂上を目指します。

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自然が街の生活から遠くない、あるいは町と融合しているという恵まれた環境によって、スコットランドでは都市で暮らしながらも思い立ったらすぐにでも自然の中で過ごす時間を持つことが可能なのです。

目まぐるしく変わる一日の天気、ゴツゴツした岩、あちこちに生息する地衣類、海岸に響く叫び声のような海鳥の声。
ツイードの色はスコットランドの自然の色なんだとしみじみ思う、あの派手さのない自然のトーン。苔とエリカにおおわれた、ウォーキングブーツがズブズブとはまる湿地。
新鮮な空気を吸って、生き物の気配に囲まれて、時に雨風に打たれて心身ともに浄化され、日常のルーティンに戻っていく。この日常のルーティンと自然に浸るサイクルを繰り返すことによって自分の中のバランスが保たれているように思います。

私が今、仕事の関係で住んでいるスコットランド南西部は、放牧場と湿地が広がり、うちの大家さんはNo man’s landと例えます。人はもちろん住んでいるのですが、村は点々と位置しており、私は村と村の間にある乗馬場の敷地内に住んでいて、ご近所さんは三世帯のみ。海との距離が近く風通しのいい環境です。

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スコットランドの秋晴れはとっても美しい、でもあっという間に冬になってしまう。半島の冬は強風が吹き荒れる日が多くけっこうタフなのです。長い冬が来る前に、秋晴れの日は太陽をたくさん浴びに歩きにいきます。


ピートランドってどんなところ?

見事に晴れ渡った週末の日に訪れたのは、New Luceとうい小さな村。
2019年にスコットランドのBest Wee (スコットランド方言: 小さい) Villageに選ばれたようです。

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目的はその村から歩いて、Kilhernと呼ばれるピートランドを歩くことです。

ピートは泥炭のことで、枯れた植物などの植物遺骸が、水に浸った酸素濃度の低い環境で微生物の分解活動が不活発なため、分解しきらずに体積してできたものです。
ピートは樹木が多くないスコットランドでは、古くから燃料として使われてきました。
そう、あのスコッチウイスキーの風味を言い表す時に使う用語「ピーティ」。
モルトウイスキー製造の最初の工程の、大麦から麦芽をつくる過程では、原料の大麦に水を浸して発芽を促進させてから、良い頃合いで麦芽を窯で乾燥させてその進行を止めます。スコッチモルトウイスキーの製造ではその窯の燃料にピートを使ってきました。「ピーティ」はピートっぽいというニュアンスで使われますが、この乾燥、焙煎の際にピートの香りが麦芽に移ることによって生まれるスコッチウイスキー特有のスモーキーなフレイバーを表す言葉です。

ピートランドとはピートが堆積した地、泥炭地のことで、北極圏から熱帯まで世界各地に広がっています。ピートランドは50cmから3mほどのピートの厚い層から成りますが、8mに及ぶものも珍しくはありません。熱帯では10mを超える堆積層もあるそうです。ピートの生成速度は1年で1ミリ程度と推定されているので、何千年もの歳月をかけて少しずつ堆積してできあがったものなのです。
日本では泥炭地は北海道に広く分布していて、サロベツ湿原や釧路湿原などが有名です。
インドネシアやマレーシアに多くみられる熱帯泥炭湿地林は高温多雨の地下水位の高い湿地に広がるジャングルで、トラやオランウータンを含め、希少な動植物たちの貴重な生息地になっています。
イギリスにあるのは主に「ブランケットボグ」というタイプで、寒冷で降水量の多い北部と西部の比較的なだらかな地にひろがる、木がほとんど生えていない湿原です。スコットランドの地表の23%はこのブランケットボグに覆われています。ブランケットボグは水分の供給は降雨によるのみなので、極めて栄養分が低くなおかつ酸性濃度の高い、植物にとっては非常に厳しい環境です。

ブランケットボグの植物

そんなブランケットボグには独特で多様な植物コミュニティが形成されています。主要な構成植物はミズゴケ(Sphagnum Moss)です。

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赤いミズゴケもあります。

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ヘザー(Calluna vulgaris)、エリカ(Erica sp.)、セイヨウヤチヤナギ(Myrica gale)が群生しています。
セイヨウヤチヤナギは、中世ヨーロッパでハーブから作られたグルートビールの主要ハーブとして、香り付けと殺菌のために使われていた植物です。葉を潰してみるととても爽やかな香りがします。

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足もとには湿地。

目の前にはこんな景色が広がります。

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木はほとんど生えません。どこまでも広い湿原と空が見えます。

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人っ子一人いないピートランドを歩いていると随分と遠くに来た気分、 本当にNo man’s land にいるような気分になってきます。

ブランケットボグやツンドラ、火山など植物の極限地のような場所になぜかとても惹かれます。
ツンドラの風景はまだ見たことがないけれど、こういった場所はあの世とこの世(娑婆)の中間にある場所のような気さえします。そんな場所から日常に戻って来て感じる、ほっとする気持ちとリセットされたような感覚がとても心地よいものです。

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ところで、このピートランドですが、私たちの生活の基盤に関わるいくつもの重要な機能を持っています。

ピートランドと私たちの暮らし

ピートランドは沢山の水を貯えることができるので、生活用水や工業用水の供給源としてとても重要な機能を果たしています。その高い貯水性から洪水のリスクを軽減する大事な働きもしています。
ピートランドは地球の地表面積の3%ほどしか占めていませんが、大量の炭素が貯えられており、その量は世界中の全ての森林のバイオマスの炭素の2倍近い量と推計されています。ピートランドは何千にもわたって炭素を蓄えながら地球の気候の安定させてきました。
しかしピートランドの水が抜かれてしまうと堆積した植物遺骸の分解が進み、あるいは乾燥したピートが燃料化して起こる泥炭火災により、大量の温室効果ガスが大気中に放出されることになります。
気候変動の緩和のため、また生態系を維持するためピーランドを保護、再生することはとても重要で急務を要することなのです。

特に、近年のインドネシアでの泥炭地の森林火災は深刻な問題となっています。これは、日本にも輸入されているパルプ生産用樹木の植林や、パーム油用のアブラヤシのプランテーション開発のための野焼きなどが要因で起こっている森林火災です。
遠くのことだけれど、私たちの生活に実は密接に関わっている問題。日々の生活の中で、小さくてもできることって何だろうと、このウォーキングの後で考えてみました。

たとえば、WWFなど環境保全に関わる団体や機関はSCやRSOといった国際的な認証マークの導入を推進しており、私たち消費者がものを選ぶときに、環境と社会に配慮して作られた製品を識別できるような仕組みづくりに貢献しています。これを指針に環境への負荷を少ないものを選ぶということは、私たちが今すぐ始められるポジティブなことのひとつです。

自然からの恩恵をこんなにも受けて日々暮らしているのだから、より注意深く、慎重にものを選ぼうと改めて思うきっかけになったピートランドウォークでした。





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