262.【SS】この一粒がその証
過去に開催されていた、森永製菓「日常を彩る一粒のキャラメルストーリー」コンテストに応募していたショートショート(SS)。
同じく応募していた作品を、先日のショートショートとしてアップしました。
ここでは「ショートショート書いてみた」の共同運営マガジン用に投稿する、ほんの短い物語。
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キャラメル味。
キャンディ、ポップコーン、駄菓子、アイス、ドリンク……。
世界にはキャラメル味が溢れている。俺は物心ついた頃から、それら全部が大の好みだった。
「糖分摂取すると頭の回転が速くなるんだよ」
高校三年生になった俺は、どれだけキャラメル好きなんだよ、と言ってくる友人達を撃退する効果的な言い訳をとうとう手にしたのだった。
「いよいよだね」
「ああ、いよいよだな」
受験勉強のために糖分摂取を怠りませんと言い続け、早一年。
本当に三年間も高校生活を過ごしたのだろうか。
受験会場に着いた俺は場違いな思いを抱く。
高校生活を終わらせようとする場でこんなことを思うのは、仕方のないことなのだろうか。不可抗力なのだろうか。どうなんだろうな、みのり。
「もうすぐ大学生、って感じしないね」
「昔は高校生ですらすげぇ大人だと思ってたよな」
「まあ無事大学生になれるかはまだわからないけどね」
「お前なぁ、この場所でそんなこと言うなよ……」
みのりは俺がキャラメル味を好きになる前からの、最も旧知の仲だった。
高校は別だけど、同じ大学を受けることが発覚して、こうして一緒に受験会場に来た次第だ。
ここまで来る道中、みのりは何か怪しい宗教に引っかかったみたいにぶつぶつと勉強したところを繰り返し呟いていた。
たまにメッセージでも聞いていたが、第一志望ながら少し自信がないらしい。
「余裕そうだね」
「そう見えるか?」
「子どもの頃から秀一の方が頭良かったから」
「今もみのりより良いとは限らないだろ」
「実際のところは?」
「まあ、自信はある」
「嫌いになっていい?」
「なんで?」
俺はほとほと呆れて、カバンの中からキャラメルを取り出す。
試験が始まるまで、あと二つは食べられる。
事前に組んでいた作戦通り、自分なりの方法で脳を活性化させるのだ。
気付くとみのりは手に持ったノートに目を落として、穴を空けるような勢いで睨んでいる。
俺はその力の入った肩をとんとん、と叩いた。
「糖分を摂取すると、頭の回転が速くなるんだ」
「そろそろ冗談やめて集中しようよ」
「冗談じゃないって」
俺は再びカバンに手を突っ込み、四角い黄色の箱を取り出した。
「これ、やるよ」
「キャラメル? まだ好きだったんだ」
「一途なんだよ。いいからほら、食えって」
「こんな時に喉通らないよ」
「受け取ってくれよ」
みのりは俺をじっと見つめた。
ノートに向けるそれとは違う、眼差し。
嫌に長く、止まったようなその瞬間は続く。こいつの瞳、少し色が薄かったんだな……。
ふと、みのりの肩の力が少し抜けたように見えた。
すると俺の手からキャラメルの箱を取って、流れるような手つきで一つ取り出し口に放り込んだ。
大好きなキャラメル味。俺の好きを全て凝縮したような、小さな立方体。
「ありがとう」
大丈夫だ、と思った。
甘さに溶けるような、それを強引に止めているような顔をして言うみのりを見て、大丈夫だ、と思った。
さあ、やるぞ、みのり。
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