257.【SS】変わらないモノ
過去に開催されていた、森永製菓「日常を彩る一粒のキャラメルストーリー」コンテストに応募していたショートショート(SS)。
誰もが見たことのある懐かしのキャラメルを登場させた、原稿用紙二枚分のとても短い物語の公募に、当時送りつけた作品です。
ここでは「ショートショート書いてみた」の共同運営マガジン用に投稿する、ほんの短い物語。
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十年ぶりに帰ってきた町は、すっかり様変わりしていた。
田んぼや畑が減って新しい道ができ、なかったところに信号機が設置されている。公園はボール遊びが禁止になっていて、通学路に面する家の犬小屋には、登下校の際に撫でていた犬の姿はもうなかった。
「この辺りもずいぶん変わりましたね」
「そういえば葉山先生はうちの小学校の卒業生なんでしたね」
私はまだここに来て一年なので全然わからないです、と教員として一年先輩の幸田先生は、僕の隣で呟いた。
帰り道が途中まで一緒の僕たちは、しんと静まった夕暮れの通学路を並んで歩いている。
こんなにも静謐な空気は、都会には見つからない久しぶりの世界だった。
生まれてから小学校を卒業するまでこの地で育った僕は、中学生になるとすぐ引っ越し、大学を出て小学校の教諭になると、偶然にも再びこの地に戻ってくることとなった。
あの頃と違うのは、景色や学校の設備、一人暮らしになったことなど、挙げれば枚挙に暇がない。
「いい場所ですよね、ここ」
まだ一年ですけど気に入ってます、と誇らしく言う幸田先生を見て、僕も少しだけ誇らしくなる。
「昔からずっといいんですよ、この町は」
新しい信号機の前で、僕らは同時に立ち止まる。車通りは少なく、何も通らないうちに信号は青に変わった。
「あー、幸田先生だ!」
「男と帰ってる!」
「いや、あの人新しい先生だよ。えーっと……」
懐かしの駄菓子屋の前を通ったところで、男子数人が飛び出すように店から出てきた。この店、まだあったんだ。
「こら、あなたたちもう暗いでしょ! 危ないから早く帰りなさい!」
幸田先生のいまいち迫力に欠ける叱咤に、わーっと散るように駆け出す子どもたち。幸田先生はため息と共に言葉を吐き出す。
「男の子って本当元気ですよね」
「昔の僕を見ているようです」
「葉山先生の子どもの頃か……なんだかやんちゃそうですね」
そこで突然、そうだ、と駄菓子屋に入る幸田先生。あなたも大概お転婆だったでしょうね、と思っていると、彼女は何やら黄色の箱を手にして戻ってきた。
「私これ昔から好きなんですよ」
手を、と言われるがままに僕は大人しく差し出す。転がってきたのは、僕も昔よく食べていたキャラメルだった。
「新任祝いです」
「……ありがとうございます」
包み紙を剥がすと微かな甘い香りが鼻腔をつき、不意にふっといつかの情景が脳裏にちらついた。これは……。
「いただきます」
小さな立方体を口に運ぶと、その瞬間、僕は脳内で時空を遡った。
これは、記憶――思い出だ。
道も信号機も少なかった。公園ではキャッチボールやサッカーをして、誰かの親が迎えにくるまで遊んでいた。
通い慣れた道。
食べた駄菓子の味。
見慣れた景色に、感じた想い。
いろんなものが変わってしまったけど、あの日の記憶は変わらない。
僕という人間はこの十年で変わったかもしれないけれど、キャラメルの味や、夕焼けの色、僕の大切な思い出たちは変わらない。
「これからよろしくお願いしますね、葉山先生」
変わりゆくものと、変わらないモノ。
僕はこれから、この町にいる子どもたちや、一緒に働く先生たちと共に、変わらないモノをたくさん作り上げていくのだろう。
それこそが、きっと、人生の彩りになるのだと思う。
キャラメルは溶けてなくなったけれど、口の中にはまだ、甘すぎるぐらいの味がじわりと広がり続けていた。
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