北風 遥@noteに短編小説

ちょっぴりブラックな短編小説をnoteに書いています📚/テーマは現代社会。家族、母と娘…

北風 遥@noteに短編小説

ちょっぴりブラックな短編小説をnoteに書いています📚/テーマは現代社会。家族、母と娘、格差、地方と都市🗼など

記事一覧

固定された記事

【短編小説】レンタル・スーツケース

「これはね、ニュージーランドのテカポ湖。それはもう、美しい星空でね。二人で息を呑んだわ」  うす紫色の星空に、乳白色の星が無数に輝いていた。今にも手のひらに落ち…

【短編小説】犬の学校

 この子が犬で良かった。  昨日の雨で落ちた桜の花びらが、地面にじゅうたんのように張り付き、甘酸っぱい匂いを放っている。水を含んだ地面はぐねぐねと柔らかく、走り…

【ショート小説】フラッシュ

「モテるって表現、まずくないですか」 「え?」  思いがけない方向からボールが飛んできて、篠崎は驚く。 「何がまずい」  発言した、若手女性社員の方に目をやる…

【ショート小説】今夜、何食べたい?

「今夜、何食べたい?」 母親に、そう訊かれるのが嫌いだった。 「肉じゃが」 と答えれば、 「この前、食べたばかりじゃない」 と言われ、 「じゃあ、ハンバーグ」 と言…

【短編小説】荒地のチガヤ

泣いたあとの、乾いた目元が風にひりひり痛む。 目の前には、息をきらして自転車を漕ぐ母親の、汗で湿った背中。安っぽいTシャツが、母親の丸い背中に汗でへばりついて…

【ショート小説】チルい僕らのシーシャな毎日

_ 仕事はネトフリやアマプラの月額払うために仕方なくやってるけど それ以上でもそれ以下でもない。 やりがいとかまじ意味不明。 うざいハラスメントがあったらすぐ辞め…

【ショート小説】女の家

* 20代の頃は違った。 「今日からうちで働いてもらう、派遣の女性です」 そう紹介されるたびに、男性陣が色めき立ち、その目は輝いた。 そのうちの数人は、実際につき…

【ショート小説】僕がAIになりたい

笑い者にするつもりだった。 相手がAIだとも気づかずに、恋愛をしている彼女。 最後に「相手はAIでした」と種明かしして、笑ってやるつもりだった。 * ターゲットの女…

【短編小説】マスクド・ラブ

問題は鼻だ。 メイクが終わり、テーブルの上に置いた鏡を見て、美柑(みかん)はため息をつく。気合を入れてメイクをしたのに、そこにあるのはやたら鼻の立派な、どこかち…

【ショート小説】毒親と呼ばれて

友達みたいになりたかった。 なんでも話せて、なんでも聞いてもらえる、そんな親子になりたかった。 私はそうじゃなかったから。 私が子供の頃、日本はまだ貧しかった。 …

【ショート小説】ため息ハラスメント

「それ、わざとやってる?」 最初に指摘されたのは、三人目の子供が生まれた直後だった。 コロナで里帰りができず、産後すぐ上の子供達の幼稚園の送迎までしていた妻。 ス…

【短編小説】ダストボックス・ガール

男の人ってこんなにしゃべらないんだ。 月音(つきね)が仁(ひとし)と交際を始めて最も驚いたことは、デート中、仁がほとんど会話らしき会話をしないことだった。 買い物…

【短編小説】ノーシード

「いませんね、1匹も」 医師の言葉に、拓哉の息が止まる。 まるい円の中は、雪原のように真っ白だった。 これまでの40年間の人生、自分の存在そのもの、全てが否定さ…

【短編小説】迷信女と風男

「目が潰れますよ」 女は言った。 洋介(ようすけ)は驚いて、アクリル板の向こうの女の顔を見た。ほとんど口も利いたこともない、一年先輩社員である笹野千鶴(ささのちづる…

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【短編小説】レンタル・スーツケース

「これはね、ニュージーランドのテカポ湖。それはもう、美しい星空でね。二人で息を呑んだわ」  うす紫色の星空に、乳白色の星が無数に輝いていた。今にも手のひらに落ちてきそうな星々に、言葉を失った。その光景を、昨日のことのように思い出す。  省吾と二人、白い息を吐き、手を握りあい、一言も喋らないで何時間もその星空を見上げていた感動を、うまく言葉にできないことが悔しい。 「これはね、ミルフォードサウンド。省吾さんと一緒にカヤックに乗ったの。カヤックはもちろん省吾さんが漕いでくれて

【短編小説】犬の学校

 この子が犬で良かった。  昨日の雨で落ちた桜の花びらが、地面にじゅうたんのように張り付き、甘酸っぱい匂いを放っている。水を含んだ地面はぐねぐねと柔らかく、走り回る犬たちの足を泥だらけにしている。  犬用の長靴を履いているティーカッププードルがいて、感心する。背後に立っている飼い主に、「どこで買ったんですか?」と訊いてみたいけれど、奈緒(なお)にそんな勇気はない。  ドッグランの駐車場に降り立った時、「チョコの足も汚れちゃうな」と心配していたが、杞憂に終わった。1時間も

【ショート小説】フラッシュ

「モテるって表現、まずくないですか」 「え?」  思いがけない方向からボールが飛んできて、篠崎は驚く。 「何がまずい」  発言した、若手女性社員の方に目をやる。 「うーん、なんていうか、女性をモノ扱いしている気がしますね」  入社五年目の女性社員、丸谷はそう言うと、考え込むように首を捻った。  女性を、モノ扱い?  全く、想定もしていなかった発想に、篠崎は会議室の椅子からずっこけそうになる。  うららかな午後の日差しがブラインドの隙間から差し込む、とある出

【ショート小説】今夜、何食べたい?

「今夜、何食べたい?」 母親に、そう訊かれるのが嫌いだった。 「肉じゃが」 と答えれば、 「この前、食べたばかりじゃない」 と言われ、 「じゃあ、ハンバーグ」 と言っても、 「今、家にひき肉がない」 と断じられ、 「じゃあ、スパゲッティ」 とでも言おうものなら、 「夕食にスパゲッティ食べる家なんかないでしょう」 と、なぜか叱られる始末。 前をずんずん歩く父や兄には、母はなぜかその質問をしない。 娘である、私にだけ訊くのだ。 信号が赤になる。 父も兄も足を止めたので、思

【短編小説】荒地のチガヤ

泣いたあとの、乾いた目元が風にひりひり痛む。 目の前には、息をきらして自転車を漕ぐ母親の、汗で湿った背中。安っぽいTシャツが、母親の丸い背中に汗でへばりついている。さっきからずっと繰り返している言い訳を、母親はまだ口にする。 「お姉ちゃんは体が弱かったの。生まれて次の日には、風邪引いてた。だから、あなたには強くなって欲しかったのよ」 そうじゃない。母はわかっていたのだ。生まれたばかりの私を助産師から手渡された瞬間から。いや、もっと早く。エコー写真を見た瞬間から。妊娠

【ショート小説】チルい僕らのシーシャな毎日

_ 仕事はネトフリやアマプラの月額払うために仕方なくやってるけど それ以上でもそれ以下でもない。 やりがいとかまじ意味不明。 うざいハラスメントがあったらすぐ辞める。 最近では、リモートでできるのに出社しろという「出社ハラ」があったので辞めてやった。 あの人たちのしてきた仕事なんか、家でネトフリ見ながら片手でできるレベル。 そんな低レベルな仕事を、残業して10時間かけてやったとか自慢してるけど、能力低いですって白状してるようなもの。 あの人たちは会社にしか居場所がな

【ショート小説】女の家

* 20代の頃は違った。 「今日からうちで働いてもらう、派遣の女性です」 そう紹介されるたびに、男性陣が色めき立ち、その目は輝いた。 そのうちの数人は、実際につきあったりもした。 結婚したかった。結婚して、私をこんな立場から救い出してくれと、心底願った。 * だけどその願いは叶わないまま、気づいたら35歳になっていた。 33歳を超えたあたりだろうか。こんなにもわかりやすく変わるのかというくらい、男性たちからの視線の、色が、温度が変わった。 「なんだよ、あの新し

【ショート小説】僕がAIになりたい

笑い者にするつもりだった。 相手がAIだとも気づかずに、恋愛をしている彼女。 最後に「相手はAIでした」と種明かしして、笑ってやるつもりだった。 * ターゲットの女性は出会い系アプリで探した。 自分の顔写真は、ほどよくリアルなイケメンをこれまたAIで合成した。 メッセージの作成は、すべてChatGPTを利用した。 彼女から来た仕事の愚痴に対して、 「優しく、傷つけず、励まし、元気づけ、好かれる返信」等の条件をつけて命じれば、ChatGPTはいかにもそれらしき文を作

【短編小説】マスクド・ラブ

問題は鼻だ。 メイクが終わり、テーブルの上に置いた鏡を見て、美柑(みかん)はため息をつく。気合を入れてメイクをしたのに、そこにあるのはやたら鼻の立派な、どこかちぐはぐな顔だった。 目はそれほど悪くない、と思う。重たい奥二重だが、メイクの甲斐あって多少は大きく見せられている。唇はちょっと分厚いが、キュッと引き結んで笑えば可愛い方だと思う。 問題は鼻だ。西洋人のように高いが、先がカーブしていわゆる鷲鼻(わしばな)になっている。 高校生の頃、同じクラスの男子に「ひろゆきに似

【ショート小説】毒親と呼ばれて

友達みたいになりたかった。 なんでも話せて、なんでも聞いてもらえる、そんな親子になりたかった。 私はそうじゃなかったから。 私が子供の頃、日本はまだ貧しかった。 母親はいつも私に背を向けて、畑に向かい、針を動かし、おむつを洗い、一日中あくせく働き続けていた。 学校でのできごと。 友達とけんかしたこと。勉強で褒められたこと。 生理になってしまって、とても怖かった。 一生懸命話しかけたのに、母親は振り返ってもくれなかった。 * そうやって育った私が母親になった頃、日

【ショート小説】ため息ハラスメント

「それ、わざとやってる?」 最初に指摘されたのは、三人目の子供が生まれた直後だった。 コロナで里帰りができず、産後すぐ上の子供達の幼稚園の送迎までしていた妻。 ストレスで気が変になったのかと思った。 「なんのこと」 「ため息。わざと、聞こえるようにやってるでしょう」 「ごめん。無意識だった」 「嘘ばっか。何アピール? ほんとやめて」 冷たい言葉に、悔しくて唇を噛む。ずり落ちてくるワイシャツをめくりながら、洗い物を再開する。 僕だって一生懸命やってるのに。 少しでも

【短編小説】ダストボックス・ガール

男の人ってこんなにしゃべらないんだ。 月音(つきね)が仁(ひとし)と交際を始めて最も驚いたことは、デート中、仁がほとんど会話らしき会話をしないことだった。 買い物に行っても、食事に行っても、ドライブに行っても、仁はほとんど言葉を発しなかった。最初の頃は、機嫌が悪いのかと思った。何か気に入らないことがあって、黙っているのではないか。街が混んでいるとか、レストランの食事が美味しくないとか、関越自動車道が混んでいるとか、何か気にさわることがあって、それを無言という態度で月音

【短編小説】ノーシード

「いませんね、1匹も」 医師の言葉に、拓哉の息が止まる。 まるい円の中は、雪原のように真っ白だった。 これまでの40年間の人生、自分の存在そのもの、全てが否定された気がした。 そこにいるはずの、踊るように海を泳ぐ数え切れないほどの生命体が1匹もいないなんて、想像さえしなかった。 * ブライダルチェックを受けよう、と言い出したのは、5歳年下の彼女だった。 5歳年下、と言っても、彼女は35歳、拓哉は今年40歳になる。 彼女に出会うまで結婚になど一切興味がなかった拓哉

【短編小説】迷信女と風男

「目が潰れますよ」 女は言った。 洋介(ようすけ)は驚いて、アクリル板の向こうの女の顔を見た。ほとんど口も利いたこともない、一年先輩社員である笹野千鶴(ささのちづる)の目線は、数秒前に洋介が落とした米粒の塊に注がれていた。 「え」 言いかけた洋介を笹野千鶴は無視して、俯いて手作りらしき弁当を黙々と食べた。隣のテーブルの同僚たちが、くすくす笑うのが聞こえる。 「あいつ、迷信女だから」 食堂を出た廊下にある自販機の前で、同僚の男たちは肩をすくめて笑った。 「どういうこ