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【短編小説】マスクド・ラブ

※ この物語には映画「花束みたいな恋をした」、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」、「ドライブ・マイ・カー」のネタバレが含まれていますのでご注意ください。

問題は鼻だ。

メイクが終わり、テーブルの上に置いた鏡を見て、美柑(みかん)はため息をつく。気合を入れてメイクをしたのに、そこにあるのはやたら鼻の立派な、どこかちぐはぐな顔だった。

目はそれほど悪くない、と思う。重たい奥二重だが、メイクの甲斐あって多少は大きく見せられている。唇はちょっと分厚いが、キュッと引き結んで笑えば可愛い方だと思う。

問題は鼻だ。西洋人のように高いが、先がカーブしていわゆる鷲鼻(わしばな)になっている。

高校生の頃、同じクラスの男子に「ひろゆきに似てる」と言われて、泣いたことを思い出す。女友達は「ひろゆきって誰?」と言いながら慰めてくれたが、サブカルに詳しい父親の影響を受けて育った美柑は、ひろゆきが誰なのか、どんな外見をしているかも知っていた。

帰宅してその話をすると、父親は「ひろゆきよりもカイジに似てる」とちっとも慰めにならない鼻の尖った漫画のキャラクターを引き合いに出し、さらに美柑を泣かせた。

目に手をかければかけるほど、かえって鼻が強調されてしまうのは何故だろう。

サークルのリモート会合の時間が迫っていた。美柑は右手でノートパソコンを開き、起動しながらも、鏡に映った醜い鼻が我慢ならず、左手ではシェーディングブラシにブラウンの粉を大量に取り、尖った鼻先にやみくもに叩きつける。

鼻なんかなくなってしまえ。そう念じながらブラシを押し付ける。茶色に染まった鼻は、まるでススだらけの煙突に顔を突っ込んだ「あわてんぼうのサンタクロース」の挿絵みたいで、汚いだけだった。美柑は泣きたい気持ちで鼻を擦り、色を落とす。

zoomの画面に、映画サークル「Cuts!」の部長、只倉(ただくら)の顔が映る。美柑は自分のカメラはオフになっていることを確認してから、ずいぶん前から温めっぱなしで焦げ臭い匂いを放っているヘアアイロンで前髪を巻く。今流行りの、少なめ、薄めを意識して、指先ですく。高校に入学した頃は、アイドルみたいな厚めの斜め流しが流行っていたのに、一瞬で流行は変わる。

前髪を整えても、鼻の形は変わらない。「おーい。聞こえますかー」という只倉部長の声を聞きながら、鏡を見る。

イエベ、要するに地黒、の肌を少しでも綺麗に見せてくれる、コーラルカラーの不織布マスクをビニールパックから取り出し、耳にかける。

途端、さっきまで顔の中央で抜群の存在感を放っていた鼻が、一瞬で消えた。

魔法がかかったように、鏡の中には美少女が現れる。大きな目で、長いまつ毛をパチパチと鳴らして、今流行りの薄くすいた前髪をした、美しい少女。

顔の下半分が、こんなにも美醜を決定づけているのかと美柑は愕然とする。

試しにそっと、マスクを外してみる。そこには、今にも話しだしそうなくらいに存在を主張する大きな鼻が現れる。一瞬でさっきほどの美少女は消え、面長で凡庸で浅黒い肌の色をした、やたら鼻の大きい女が現れる。

「はーい。聞こえまーす」

画面からは他の部員たちの声も聞こえ始める。再び魔法をかけるため、美柑はマスクを装着する。鏡の中には鼻も口もない、可愛らしい目だけをもった美少女が現れる。

美柑はマイクをオンにし、サークル仲間たちに向かって「はーい、聞こえてまーす」ととびきり可愛い声を出した。正確には、画面の右下に映る、ただ一人に向かって。

階下からは、両親が見ていると思われるテレビの音が聞こえてくる。夕食の準備をしているのか、トマトソースの匂いが2階の美柑の部屋まで漂う。コロナ騒ぎが起こる前までは、あり得ないことだった。共働きの両親は、夕方6時のニュースなんか見られない遅い時間に帰ってきて惣菜をパックごとテーブルに並べた。

去年の4月、大学の入学式が中止になったのと同じ頃、母親も父親もテレワークだのリモートだのという聞き慣れない言葉を使い始め、交互に家にいるようになった。

初めは「これじゃ仕事にならない」とか「経済が死ぬ」とか言っていたのに、夏頃には2人ともすっかり慣れ、「もう満員電車になんか乗れない」「リモートできないなら転職する」などと言い出した。

日中も、もちろん勤務時間中は一応はパソコンの前には座るものの、気ままにお茶を飲みながらゆったりと仕事をし、父親は昼休みを利用して『タイムボカン』シリーズをサブスプリクションで一気見した。

母親は明るい時間から手の込んだ料理を作るようになった。学童保育に通っていた小学生の頃から、母親は料理が苦手で全くできないのだと美柑は思い込んでいたが、リモートワークになった途端、母親はロールキャベツや煮込みハンバーグ、筑前煮など次々に美味しい食事を作り、果てはパウンドケーキやベーグルまで焼き始めた。母親は料理ができないのではなく、仕事で忙しくて手が回らなかっただけなのだと美柑は19歳にして知った。

テレビのアナウンサーが、2階にいる美柑にも聞き取れる明瞭な声で「政府は緊急事態宣言をさらに延長する方針であることを明らかにしました」と言っている。

緊急事態宣言の延長。それはつまり、国民全員がマスクを当たり前につけて、リモートワークと称して自宅で気ままに仕事できるこの生活が続くことを意味している。

果たしてそれを望んでいる人と望まない人、どっちが多いんだろう。

画面の右上に映った、コーラルカラーのマスクをつけた大きな目の美少女を惚れ惚れとして見つめながら、美柑は考える。

自分なのに、自分じゃないみたい。だけど、マスクが当たり前のこの世界では、こっちの自分が本当の自分だ。醜い鼻が消えて、可愛らしい目だけが残った姿が、この世界では「栄田(さかえだ)美柑」として認識されている。

先月観た映画『私をくいとめて』の能年玲奈が可愛かったと力説する只倉部長の声を耳にしながら、美柑は6分割された画面の右下で、発光するように白く輝く彼、白澤公平(しらさわこうへい)を見つめる。リモート会合のいいところは、画面の誰かをじっと見つめていてもそう気付かれないことだ。

去年の4月、せっかく入学した大学の入学式が中止になり、その翌日には「授業は全てリモートで行います」と大学からメールが届いた。今となっては当たり前のリモート授業も、当時の美柑にとっては全く未知のものだった。買ったばかりのMacでうまく授業動画を再生できず、このままでは「単位」とかいうものを「落として」しまうと、美柑は半泣きになりながらパソコンを抱えて電車に乗り、大学の学生課へ行った。

ほぼ全ての授業がリモートで行われている大学の構内はしんと静まり返り、わずか数ヶ月前、高校3年の夏、オープンキャンパスに来たときに感じた活気は嘘のように消え失せていた。慣れないヒールで廊下を歩く自分の足音だけが、吹き抜けになったロビーから天井まで到達し、大学中に響き渡っている気がした。

「奨学金の相談でよかったかな」

美柑はカウンターで学生課の職員にパソコンの設定をしてもらいながら、横目で声のした方を見た。まるで長いあいだどこか暗い部屋に閉じ込められていたのかと疑うような、病的なまでに色の白い男の子が、隣のカウンターに座っていた。男の子は七分袖のシャツから伸びた棒のように細い腕をこすりながら、うなずいている。

「奨学金には、いくつか種類があって。その説明からしていくね」

そう語る学生課の職員に頭を下げながら、男の子はぺしゃんこに潰れたリュックからペットボトルの水を取り出す。細い指で白い不織布マスクを下げて、ボトルの水を口にした。

マスクの下から現れたその横顔を、美柑は吸い寄せられるように見つめる。鼻というのは、本来こうあるべきとでもいうような、ファイナルファンタジーのキャラクターのような整った形の鼻をしていた。真っ直ぐなだらかな坂を描き、美しい三角形を頂点にもつ。俯いた目は綺麗な二重のラインを持ち、暗い影を落とすほど濃いまつ毛をしていた。

一目惚れだった。美柑はパソコンの設定が終わっても学生課をうろつき、興味もないのに壁に貼られた学生ボランティア募集や献血や未成年の飲酒は禁止ですなどというポスターを眺めていた。

「色々大変かもしれないけど、せっかく大学入ったんだから、楽しんで。サークルとかも、今こんな状況だから、リモートで活動してもらってるんだけど。入った方がいいよ」

学生課の職員が、立ち上がって荷物をまとめ始めた彼に向かって言う。

「何か入りたいサークルとかある?」

彼は俯いて少し考えてから、言った。

「映画が好きなんで。それ系のあれば」

美柑は学生課を出る。廊下を歩きながら、スマートフォンで大学生活支援アプリ「マイ・カレッジ」を開き、すぐさまサークルを検索する。映画関係のサークルは、二つあった。

映画製作サークル「五秒前」と、鑑賞サークル「Cuts!」。

彼がどちらに入るか分からない。美柑はためらうことなく、両方のサークルの入部申請ボタンを押す。彼がいない方など、すぐ辞めればいい。

重たいMacBookAirを脇の下に抱え、人気(ひとけ)のない大学の廊下を歩く。美柑自身は映画にそれほど詳しいわけではなかったが、休日はほとんど家でアニメや映画を見て過ごす父親の影響で、同世代の女の子に比べたら遥かに知識はあるはずだった。

心臓がどきどきする。光を放つような白い肌をして、物憂げに俯いていた男の子の横顔が、目に焼き付いて離れない。

呼吸が苦しくなっていく。マスクに口を塞がれているせいじゃない。

廊下に並ぶ無人の教室は、どのドアも窓も換気のためにか開け放たれている。4月のなま暖かい空気が肌に触れる。濡れた桜のような甘酸っぱい匂いが漂っている。今すぐマスクを外して叫びたいほどの高揚を、美柑は感じていた。大学生活が始まったと、そのとき初めて思った。

その彼、白澤公平が、画面の右下で、只倉部長の語る『この世界の片隅で』のすずさんの魅力について、小さく頷きながら聞いている。

公平も、美柑と同じようにマスクをつけたまま会合に参加していた。マスクをしていても、顔が整っているのは容易に想像がつく。眠たげに細められた、横に平行に長い二重瞼の目、光を放つような白い肌、マスクをしても隠しきれない、漫画のキャラクターみたいな形の良い輪郭。

美柑は画面の隅に映っている自分の顔と、公平の顔を見比べる。悪くない。おかしくない。ちっとも、不釣り合いじゃない。マスクをつけていれば。マスクをつけて、鼻と口が消えて目だけの顔になっていれば、公平と自分はちっとも不釣り合いじゃない、街中によくいる美男美女のカップルになれると、密かに思う。

「あー。ごめんごめん。語っちゃった。じゃあ、今日の課題ね」

只倉部長が言ったので、前髪を直していた手を美柑は止める。

「今日は、先月から公開されてる『花束みたいな恋をした』の感想会だよね。じゃあ、掛川(かけがわ)さんから」
「えー! 私?」

真っ赤な口の中が画面に現れて、美柑は思わず後ろに退く。掛川絵梨奈(えりな)が、形の良い白い歯がずらりと並んだ口を開いて、大袈裟に驚いてみせた。

こうも世の中の大半の人がマスクをつけていると、マスクをつけずに話している人が、まるでパンツを下げたまま話しているように、ひどく場違いな存在に見える。久しぶりに見た誰かの真っ赤な口の中が、とても下品なもののように見えて、美柑は慄いた。

「っていうかあ」

絵梨奈は綺麗に巻いたロングヘアをしきりにその豊満な胸に引き寄せながら、笑う。

「なんでリモートなのにみんなマスクしてるの?」

絵梨奈はそう言って、まるで見せつけるように、マスクを外したその顔で、誇らしげに笑う。メイクを落としても多分大きいままであろうぱっちり二重の目、その存在をまるで感じさせない小ぶりな鼻、上品な薄い唇、ずらっと並んだ人工的なまでに白い歯。

「家の方で問題なければ、外してもらってももちろん構わないよ。うちは親がうるさくて」

只倉部長は眉間に皺を寄せる。皺の動きに連動して、黒縁の眼鏡が上下に動く。

「うちは高齢者がいるから」

ボソリと、小さな声で公平が言った。美柑はその一言を聞き逃さない。素早くペンを取り、密かにつけている公平ノートに書き加える。こんなことをしても誰にも咎められないのが、リモート会合の良いところだ。

「うちもおばあちゃんいるから家でもずっとマスクしてるよ」

 他の部員も同意するが、その声は暗い。まるで身軽な絵梨奈を恨むように。こういうのが、コロナの嫌なところだと美柑はマスクの下で唇を噛む。それぞれの抱えている事情の違いを浮き彫りにし、分断する。

「そっかあ。公平くん、大変だね」

 もう一人、おばあちゃんがいると言った部員のことなど無視して、絵梨奈がねっとりとした声を出した。わざとらしく眉を下げて、祈るように手を組んで画面を見ている。絵梨奈の目に浮かぶ情欲の光を、美柑は見逃さない。あんたに公平くんの何がわかるっていうの。画面の中の絵梨奈を、こっそり睨みつける。

「事情はそれぞれだから。さ、掛川さん、感想お願いします」

部長は空気を変えるためか、明るい声で言った。絵梨奈は「はーい」と軽やかに答え、

「えっとお。なんかオタク? っぽい用語がいっぱい出てきてわけわかんなかったんですけど。菅田将暉はかっこよかった! ちょっと公平くんに似てるかと思いました! 以上でーす」

見事な歯並びを見せびらかすようにして、笑う。絵梨奈の感想が空っぽなことなんか、この1年のサークル会合ですっかりお馴染みだったから、今更驚かない。

真性の映画オタクである部員が失笑した声が微かに聞こえたが、それ以外のメンバーは曖昧な笑みを浮かべて黙っている。もちろん美柑は、『花束みたいな恋をした』に出てきた固有名詞、押井守や今村夏子やほしよりこやゴールデンカムイや宝石の国やSOS東京探検隊を、全て父親の指導のもと履修済みだったので、マスクの下で密かに鼻を鳴らす。

菅田将暉に似ていると言われた公平は、困ったように首を傾げていた。照れているのか、マスクからわずかにのぞく白い顔が薄桃に色づいた気がして、美柑は愛おしさにめまいを感じる。

全然、違う。菅田将暉と公平くんなんて、全然似てない。あんた、イケメンは全部同じに見えるだけでしょう。

イケメンと付き合いたいけど、陽キャイケメンは競争率高いからって、陰キャイケメンの公平くんを狙ってるんでしょう。やめてよ。美柑は心の中で毒づく。絵梨奈を「創部以来の美女」ともてはやしている只倉部長は、眼鏡の下で目尻を垂らす。

「確かにねえ。オタク用語でも、菅田将暉と有村架純が言うから許されるんだよね。押井守とかきのこ帝国とか舞城王太郎とか、ブスとブサイクが言ってたらただのキモい会話だからね」

ブス、の言葉に、美柑の体がすくむ。「ひろゆき」と美柑を呼ぶ男子の声が、頭の中で反響する。美柑は素早く、画面の右上に映る自分の顔に視線を移す。特徴的な鼻はマスクに覆われて消え失せ、可愛い目だけが浮き上がっている。

可愛い。大丈夫。

マスクをしている私はとっても可愛いから、大丈夫。

映画サークル『Cuts!』のメンバーには、マスクの顔しか見せたことがない。つまり、メンバーにとっては、醜い鼻も口もない可愛い目だけが、栄田美柑なのだ。だから、大丈夫。美柑は自分に言い聞かせる。

「次、栄田さん」
「はい」

名前を呼ばれて、あらかじめ用意しておいたノートを横目で確認する。チャンスだった。公平と美柑が、映画『花束みたいな恋をした』の麦と絹のような深いところで結びつきあっている2人であることを、証明するチャンス。

「共通言語って、いいなって思いました」

美柑はマスクの下で、薄い酸素を吸い込みながら、言う。

「押井守も大友克洋も庵野秀明も、知らない人からしたら、誰って感じなんでしょうけど」

「庵野秀明」という言葉に、公平が顔を上げたのが見える。美柑は勢いづいて続ける。

「知ってる人からしたら、3人とも神なんです。麦と絹は、同じ神々を崇拝してる。してた。少なくとも、物語の前半までは。神が同じってことは、つまり、同じ宗教に入っているのと同じなんです。それって、ものすごく、深いところで結びついてるってことなんですよ」

公平と美柑もそうであると、遠回しに伝えたい気持ちを込めて、美柑は力説する。

「結局、就活っていう現実によって2人は離れるんですけど。これから先、麦は他の女の子と付き合ったとして。ビューティフルドリーマーもアキラもエヴァも語れないような女の子と付き合って、人生楽しめるのかなって思います」

あんたのことだよと、美柑は密かに絵梨奈を睨みつける。絵梨奈は美柑が口にした固有名詞など全て知らないとでもいうように、わざとらしく目をぱちぱちさせている。唇は今にも笑い出しそうに歪んでいる。他にも笑い出すメンバーがいないかと期待するように、目を泳がせている。美柑は構わず続ける。

「”さんをつけろよデコ助やろうー!” って言ってもキョトンとしてるような女の子と付き合って、麦はこれから先の人生、人生楽しめるのかなって思いました。アダムスの器もネブカドネザルの鍵も知らない人と一緒にいて、楽しいのかなーって。もはやそれって日本語が通じないくらい不便なんじゃないかって。それくらい、共通言語って大事だと思いました!」

興奮してここまで一気に話し、美柑は息を切らしていた。本当は、公平に伝えたかった。共通言語を持つ人と付き合わないと大変なことになると、公平に伝えたかったはずが、目はいつの間にか絵梨奈を見ている。

今私が言ったこと、何もわからないようなあんたと公平は付き合えないと言うために、絵梨奈を睨みつけている。

絵梨奈の口元から嘲笑は消え、怯えたように結ばれていた。しんと静まり返った会合に、美柑はハッとする。

只倉部長はしきりに眼鏡に指を当てて、どうしたものかと思案している。美柑は画面右下の公平を見る。

公平は、マスクに指を当てて、目を細めている。笑っている。細い肩を震わせて、笑っている。美柑の全身に鳥肌が立つ。たった一人、伝われば良いと思っていた公平に伝わって、喜びに震えあがる。喜びのあまり、勝手に口が開く。

「金田(かねだ)のこと、アキラって思ってるような人と結婚して、幸せになれるわけが」

「あ、わかったわかった。もういいから」

 只倉部長が口を開き、まるで獰猛な獣を押さえつけるように、画面の前で両手を振った。美柑は一人、息を切らす。まだ画面の隅で小鹿のように震えている公平に、密かに満足する。

「次は、なんか一人でウケてるから、公平」
「あ、はい」

公平は目を細めたまま、話し始める。その目には、うっすら涙が浮かんでいる。

「すみません。栄田さんのが面白くて」

公平にそう言われて嬉しい気持ちを、だけどどこまで表現して良いのか分からず、美柑は画面の前で会釈する。

「俺も、アニメとか好きだけど。でも、俺の場合、麦とは逆なんです」

ようやく笑いが収まったのか、公平は咳払いをし、話し始める。

「麦は、仕事っていう現実がしんどくて、本も読めなくなって、映画も見れなくなって、パズドラに行ったんですけど。俺の場合は、最初から現実がしんどくて、逃避する場所が映画だったんです」

逃げたくなるくらいしんどい現実ってなんだろうと、美柑は考える。公平が、学生課のカウンターで奨学金の相談をしていたこと。家に高齢者がいること。色白で、痩せていること。きっとおそらく美柑とは違う世界を、公平は生きている。パソコンの画面越しでは、詳しいことは分からないし、話せない。もどかしさに、美柑の胸が疼く。

「若者とサブカルの関わり方の変化を描いているのが面白かったけど、サブカルって必ずしもその位置にいるわけじゃないってことが言いたかった。俺みたいに、現実がしんどい人を救ってくれる場所でもある。ただ、麦の場合は、その場所に逃げることすら忘れてしまうくらい、現実に侵食されてしまうわけなんだけど」

不意に公平の言葉が途切れる。赤くなった目元で、画面の一点をぼんやり見ている。焦点の合わない目は人形のように美しい。美柑は思わず見惚れてしまうが、すぐに心配になって、食い入るように画面を見つめる。

「すみません。さっきの、栄田さんの「デコ助やろう」に笑っちゃって、なんて言うか忘れました」

「ねえ、そのデコ助野郎ってなんなの」

絵梨奈の言葉に、緊張が切れたように他の部員たちが笑った。公平も再び、目を細めて笑う。美柑も嬉しくなって、一緒になって笑った。

美柑は笑うと、鼻梁が小鼻を持ち上げて、黒々とした鼻の穴がむき出しになる。だから、自分の笑顔なんか大嫌いだった。

でも今は違う。マスクをつけて画面の中で笑う美柑は、鼻の穴など見えず、ただ可愛いらしい目を細めているだけだ。絵梨奈とそう変わりない、若くて可愛い、ただの女の子。

このままでずっといたい。マスクのままで、ずっといたい。だけど、公平のことを、もっと知りたい。公平に会いたい。揺れる思いの中で、美柑は笑い続ける。

「次はエヴァだねー。3月公開って急だな。本当かな。また延期になるんじゃないの」

全員の感想を聞き終わり、只倉部長が片手に持ったスマートフォンの画面を見ながら言う。

「エヴァってアニメでしょ? しかも続編の。私、見たことない」

絵梨奈が口を尖らせる。

「だってうちらが生まれる前のアニメでしょ。どうしてみんな知ってるの」

映画オタクの部員がため息をつくのが聞こえる。部長がやんわりと言う。

「掛川さん、前にシンゴジ面白かったって言ってたじゃない。同じ監督なんだよ。その人が、シンゴジの前に作ってた作品で」

「シンゴジって、シン・ゴジラ? あれは、ただ、ハセヒロがかっこ良かったってだけで。内容は難しくて分からなかった」

まるで「分からない」ことに価値があるとでもいうように、絵梨奈は首を傾げてみせる。他の、その辺にいる男ならそうかもしれない。「分からない、教えて」と言って甘えてくる女の子の方が可愛いとでもいうかもしれない。でも公平くんは違う。きっと。シンゴジも新幹線大爆発も白い巨塔も知らないような女の子じゃ、公平くんとは付き合えない。美柑は確信を持ってそう思う。

「エヴァ知らないで映画語れないでしょう」

誰か部員がボソリと言った言葉に、絵梨奈は大袈裟に反応してみせる。

「ええー? そうなのー? じゃあ、見に行こうかな。誰か、一緒に行ってくれないかな。色々、教えて欲しい」

甘えるように言い、口をとがらせる。その目線は、明らかに画面の右下を見ている。

「じゃあ、みんなで行こうか」

只倉部長が言う。

「3月の感染状況がどうなってるかわからないけど、試験も終わるし、そろそろ集まりたいなって思ってたんだ。もちろん、可能な人だけで」

「やったー! いきたーい!」

絵梨奈のはしゃぐ声がスピーカーを割って響く。会いたい。私だって、公平くんに会いたい。美柑は思う。だけど、もし、映画の後に感想会と称して食事でもすることになったら。

美柑は顔の下半分を守るように包んでくれている不織布の感触を確かめるように、手でつまむ。これを外すことになってしまったら。宙をえぐるように突き出した鼻を見られたら。

もし絵梨奈が隣の席で、2人の鼻を見比べられてしまったら。きっとあまりの痛々しさに、みんなが目をそらすだろう。

美柑は画面の右下を見る。「行こう行こう」とはしゃぐ絵梨奈の声だけが響き、公平は思案するように黙っている。

家に高齢者がいると言っていた。来られないかもしれない。

だけど、公平が以前、『シン・ゴジラ』の感想を目元を紅潮させて語っていたことを思い出す。とりわけ、監督である庵野秀明への共感と、エヴァンゲリオンへの熱い想いを語っていた。そんな公平だから、きっと来るのではないか、とも思う。

公平に会いたい。リモート会合で、散々お互いがオタクであることは分かり合えているはずだった。もし会ったら、公平はどんな態度をするだろう。「公平くーん」と甘える絵梨奈のことなど無視して、真っ先に美柑のもとへ来て、「時はきた。それだけだ!」とでも言ってくれるだろうか。

もし食事に行くことになって、マスクを外しこの鼻を剥き出しにすることになっても、公平は美柑の目だけを見て話し続けてくれるだろうか。「ヴンダー」という発音しにくい船の名前を言うことに夢中で、美柑の鼻のことなんか気がつきもしないだろうか。そうだったら、どんなにいいだろう。

集合日時を決める部長の声を聞きながら、美柑は祈るように画面を見つめ続けた。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版  』は予定通り3月8日に公開されたが、緊急事態宣言が3月21日まで延長されることになり、みんなで観に行く計画は白紙になった。

大学から「サークル活動は厳に慎むこと」との通達があった。美柑は公平に会えないことに落胆しながらも、どこかほっとしていた。マスクの下の顔を見られるかもしれないリスクを回避できたことで、この恋の寿命が伸びたような気がした。

緊急事態宣言のさなかではあったが、万が一、公平から「観た?」と連絡が来て答えられなかったら困ると思い、美柑は一人で新宿の劇場に足を運んだ。

美柑がエヴァンゲリオンを知ったのは5年前、中学2年生の時だった。父親が「俺が大学の時に放送してたアニメなんだ」とリビングでDVDを見ていて、偶然目に入ったワンシーンに釘付けになった。

巨大な人型兵器が街を走るシーンなのだが、リアルな動き、ロボットの足をクローズアップしたアングル、街と兵器のサイズの対比、爆発のアニメーション、とても20年前のアニメとは思えないクオリティに衝撃を受けた。

徹夜でアニメ全弍拾六話を観て、第弍拾四話の渚カヲルに骨抜きにされ、劇場版『Air/まごころをきみに』を観てトラウマになり1週間は食事が喉を通らなかった。

あれから5年後の、今日。

2時間半の怒涛の時間を過ごし、白いスクリーンにくっきりと現れた明朝体の「終劇」の文字を目に焼き付けてから美柑は席を立った。

エンディングに流れた宇多田ヒカルの歌声が、頭の中で延々とリフレインしている。公平に感想を訊かれたらどう答えようかなどと今朝までは考えていたが、いざ映画を観た後は、すっかり公平のことは忘れ、8年越しに回収されたあまりにも膨大な伏線の数々について考えていた。前後不覚のままフラフラと薄暗い映画館のロビーを歩いていた、そのときだった。

「栄田さん」

声をかけられても、初めは気がつかなかった。加持リョウジの息子の名前がなぜリョウジなのか、それにしても内山昂輝の声は最高オブ最高すぎた、っていうかまさかの加持カヲルートかよなどと考えていたから、それが意中の公平の声であることにさえ、気がつかなかった。

「栄田さん」

肩を叩かれてやっと、美柑は足を止めた。横に立つ相手が誰なのかに気がついて、美柑はひゅっと息を吸う。白いマスクをつけて、親しげに目を細めた公平が立っていた。

学生課のカウンターで見かけて以来、会うのは一年振りだった。紙のように白い肌は変わりなかったが、棒のように細かった腕は少し逞しくなったような気がした。

14歳だった作品の主人公、碇シンジが大人になってCV/神木隆之介で衝撃を受けたばかりだったが、それに近いものを公平からも感じた。わずか1年で、ぐっと大人びた気がした。

「すごい偶然だね」

リモート会合の印象よりずっとはきはきと聞き取りやすい声で、公平は言う。美柑はうなずくのに精一杯で言葉が出てこない。胸に抱えたパンフレットの袋を握りしめて、震えを堪える。

「今、観たところ?」

公平に尋ねられて、美柑はまたこくこくとうなずく。まっすぐ美柑を見つめる公平のくっきりとした二重瞼の瞳は、きらきらと輝いていた。

思わず口元に手をやる。マスクを装着していることを確認せずにはいられない。こんなにまばゆい公平と自分が、釣り合うはずがない。少なくとも、鼻が出ていたら。

でも、マスクをしている自分なら、大丈夫。指先に不織布の感触が触れて、ようやく気持ちが落ち着く。

呼吸を整えて、

「公平くんも今、見た? すごかったよね」

と、なんの捻りもない感想を言う。

「すごかった。すごすぎて、何から話していいかわかんない」

興奮した様子で、公平は言う。その目は潤んで、マスクからわずかにのぞく頬は紅潮していた。

「良かったら、ちょっと話さない?」

公平の言葉に、美柑は躊躇うことなく「うん」と答えていた。食事をすることになってしまったら、マスクを外すことになってしまったら、どうしよう。毎日のように公平との交際を夢想しながら恐れていたことを、美柑は簡単に忘れて、答えていた。断るなんて、ありえなかった。映画館を出て新宿の街を歩きながら、公平は言う。

「っていうかまさかのマリエンド」
「だから!」

思わず、オタク友達と語り合う時と同じ口調で美柑は答えてしまう。ラストシーンに衝撃を受けすぎて、相手が片想い中の公平であることも忘れて、美柑は興奮のままに話してしまう。

「っていうか、もう色々ありすぎてどこから整理していいのか。カヲルくん、なんか渚司令とか呼ばれてませんでした? 加持さんに『お預けです』とか言われてるし、もうっ」

美柑は顔を両手で覆う。自分で再現したキャラクターのセリフに自分で萌えてしまい、思わず顔を横に振っている。

「いや待って、あれは結局、カヲルイコール碇指令ってことなんじゃないの」

公平の言葉に、美柑は顔をあげる。

「嘘! 無理! っていうか今回の映画、ゲンドウのために作られたと言っても過言じゃないよね。っていうかゲンドウっていうかほぼ庵野監督だよね」

「そう。最後、シンジがマリに手を引かれてじゃなくて、マリの手を引っ張って故郷の宇部駅を飛び出していく。あれはやっぱり監督が安野モヨコさんと結婚して大きく変わったってことを表してるよね」

言葉は止まらない。公平も美柑も、争うように感想を吐き出していく。

目についたファミリーマートでタピオカミルクティーを購入し、飲みながら新宿の街を歩く。美柑は慎重にマスクを上に持ち上げ、鼻は隠したまま顎からストローを差し込む奇妙な飲み方をした。だけど公平は何も言わなかった。というか、語るのに夢中で美柑の顔なんか見ていない気がした。

公平はマスクを下げ、横顔を晒したままミルクティーを飲んだ。美柑は映画の感想を語りながら、時折その美しい横顔を盗み見た。学生課で見た時の、今にも折れてしまいそうな繊細さは消え、どこか力強さを秘めた美しさに変化している気がした。

この1年半、ほとんど大学に行けずひたすらパソコンで映像授業を見て、課題をこなし、レポートを提出し続ける日々で、どうして公平はこんなふうに変化したのだろうと、美柑はその眩しさに目を細めながら思う。

奨学金の返済のため、アルバイトでもしていたのだろうか。

美柑が胸に抱えているパンフレットを、「いいなあ」とだけ言って、公平は目をそらした。「エヴァのために金貯めて見に来たんだ」とも言っていた。

「考察するにはもう一回来なきゃだよね」そう言った美柑に、「俺は多分一回しか観られないから、目に焼き付けた」とも言っていた。

家にいるであろう高齢者に気を遣いながらアルバイトに明け暮れる公平の日々を、美柑は想像しようとするが、ぼやけて像を結ばない。

共働きの両親の元、大学の学費も、20万円近くしたMacBook Airのお金も全部出してもらい、アルバイトなんかしなくていいと月に2万円の小遣いをもらいその小遣いで今日の映画も見に来た実家暮らしの美柑には到底理解できない、公平の生きる世界。

映画のことは話せても、それ以外のことは怖くて口にできなかった。何か一つでも間違ったことを言ったら、公平を傷つけてしまう気がした。

「色々ありすぎて忘れそうになるけど、第三村のディティールとかもすごいよね」

行く当てもなく新宿の街をひたすら歩きながら、公平が言う。いつの間にかゴールデン街を超え、オフィスビルが立ち並ぶ区画へたどり着いている。マスクの下で息が乱れ始めていたけれど、「どこかカフェにでも入らない?」とは言えなかった。

大好きな映画でも一回しか観られないような公平を思うと、言えるはずもなかった。それに、カフェに入ったらマスクを外してお茶を飲まなければ流石におかしいと思われるかもしれない。だからこのままで良かった。

ただ横に並んで、ひたすら初春の新宿の街を歩き続ける。それだけで、十分幸せだった。

「ああ、あれ。模型でセット作ってたよね」
「そうなの?」

美柑の言葉に、公平が目を丸くする。美柑はその可愛らしい素直な反応に、恥ずかしさで目を逸らしながら言う。

「庵野秀明のプロフェッショナルで出てた」
「あれ、バイトで見れなかったんだよ。どうだった?」

公平は声のトーンを落として訊ねてくる。

「あれは絶対に見た方がいいよ。鶴巻さんの絶望的な顔とか最高だから」
「鶴巻さんも出るの?」

公平が声をうわずらせる。美柑は得意になって言う。

「出る出る。摩砂雪さんも山下いくとさんも出てるよ」

美柑がそこまで言った時だった。

「うわあー!」

突然、公平は叫び、路上にしゃがみ込んだ。美柑は驚いて隣にしゃがみ込む。

「どうしたの? 大丈夫」
「めっ」

公平は頭を抱えて、うめくように言う。

「っちゃ観たかった。うち今、テレビ壊れてて。買い直す金なくて。めちゃくちゃ観たかった」
「再放送、あるよ、きっと」

まさかこんな言葉で公平を慰める日が来るなんて想像もしなかった。公平の白いTシャツを着た背中を撫でていいものか、美柑がおろおろしているうちに、公平はすっと立ち上がってしまう。

そして何も言わずに再び歩き出す。美柑はただ、その後ろをついていくことしかできない。歩きながら、もし美柑の家のテレビが壊れたらどうなるだろうと、考える。父親はきっとテレビなしの生活など半日も持たない。壊れた数時間後には新しいテレビを抱えて帰ってくるだろう。

自分とはまるで別の世界を生きる公平の助けになりたいと思うが、どうしたらいいのかわからない。

「あ。これ、観たいんだよね」

不意に公平が足を止めた。書店のガラス窓に貼られたポスターを見ている。村上春樹の短編小説集『女のいない男たち』のうちの一編、『ドライブ・マイ・カー』が映画化され、夏に公開されることが決まっていた。海辺に停められた赤いサーブに寄りかかって立つ、物憂げな表情の西島秀俊。

「村上春樹、好きなの」
「うん」

美柑の問いかけに、公平は大きくうなずく。その瞳には、エヴァを見終わったばかりの時にあった力が戻っている気がして、美柑はほっとする。「現実が辛いから映画に逃げる」と言っていた公平を思い出す。

こうやって公平は立ち上がっているのだと、美柑は思う。同級生と、明らかな差を見せつけられた時に。何度もこんなことを繰り返して、公平は生き抜いているのだと思う。

不意にガラス窓に自分たちの姿が写っているのに気づいて、美柑は思わず一歩、退いている。ポスターを見て微笑む少年の隣に立つ、ぱっちりと大きな目をした少女。大丈夫だと、美柑は自分に言い聞かせる。マスクが確かに、鼻を隠している。お似合いのカップルにしか見えないと、言い聞かせる。

「村上春樹で、何が好き?」

再び歩き出した公平の背中に、美柑は問いかける。公平は間髪入れずに、

「海辺のカフカ」

と答える。美柑が理由を尋ねる前に、公平はこぼれおちるのを止められないように話す。

「あれってさ、世界で一番タフな15歳になるっていうメッセージが、繰り返し出てくるじゃん。すごい、励まされたんだよね。世界で一番タフな15歳になるためには、どうしたらいいと思う?」

突然、公平に問いかけられて、美柑は口をつぐむ。『海辺のカフカ』は、中学生の頃に美柑も読んでいた。だけど、主人公の少年があまりに精神的に大人すぎて共感できなかった。だから、内容も忘れてしまっている。

「確か、筋トレとかマラソンとかしてたよね」
「まあ、それもあるんだけどさ」

公平が笑ってくれたのでホッとする。

「ほんとうにタフであるっていうのがどういうことか、自分で知らなければならないって言ってたんだ」

公平は、自分に言い聞かせるように続ける。

「目を閉じてはいけない。目を閉じても物事はちっとも良くならない。目を閉じても何かが消えるわけじゃない。どころか、目を開けたときには現実はもっと悪くなっている。だから、しっかりと目を開けるんだ」
「よく、覚えてるね」

そんなことしか言えない自分が情けなかった。公平が、辛くても目を見開いて見つめ続けてきた現実がどんなものなのか、想像さえつかないから、何も言葉が浮かばなかった。

「アホほど読んだからね」

公平は薄く笑う。その笑みに、エヴァを見終わったばかりの時に笑いかけてくれた親しみはなかった。

新宿に林立するビルの隙間にのぞく灰色の雲を見上げて笑う公平は、薄い壁の向こうにいるように遠かった。

だから、言えなかった。次は『ドライブ・マイ・カー』を一緒に観にいこうなんて。

2021年の夏、コロナの感染者数は減るどころか過去最多となり、4回目の緊急事態宣言が出された。大学の試験もリモートになり、ほとんどレポートと変わらない答案を書き、夏休みを迎えた。

夏休みになったところで「巣ごもり」の空気は変わらない。閑散とした海やプールを連日ニュースで映している。とても誰かを誘って映画に行くなんて許されないような世間の風潮に従って、美柑は一人で『ドライブ・マイ・カー』を観に行った。

主人公である家福の妻は女優で美しく、ドライバーである渡利みさきは村上春樹の原作によれば「ぶすい」はずだった。

みさきの美醜は要素の一つであって、物語のメインテーマではない。しかし「ぶすい」と称されたみさきが映画でどう演じられて、どう昇華されるのか美柑は興味があった。

確かに、みさきを演じた三浦透子は「完璧」に「綺麗」と称されるような女優ではなかったが、どこか惹きつけられる外見をしていた。

美柑と同じように鼻が大きいのに、なぜかそれが醜さには直結しない。三浦が画面に現れると、じっと見つめずにはいられない。

美柑は初め、それはなぜなのだろうと三浦の顔ばかり見ていたが、次第に、映画そのものに引き込まれていった。

繰り返されるチェーホフの『ワーニャ伯父さん』のフレーズが、美柑の胸を打つ。

ラストに近いシーンで演じられる韓国手話でのソーニャのセリフに、美柑は涙ぐんだ。

『仕方ないわ。生きていかなくちゃ…。長い長い昼と夜をどこまでも生きていきましょう。そしていつかその時が来たら、おとなしく死んでいきましょう。あちらの世界に行ったら、苦しかったこと、泣いたこと、つらかったことを神様に申し上げましょう。そうしたら神様はわたしたちを憐れんで下さって、その時こそ明るく、美しい暮らしができるんだわ。そしてわたしたち、ほっと一息つけるのよ。わたし、信じてるの。おじさん、泣いてるのね。でももう少しよ。わたしたち一息つけるんだわ…』。

私も、もう少しなんだろうか。長い長い昼と夜をどこまでも生きて行って、大人しく死んだら、神様に憐んでもらえて、明るく美しい暮らしができて、ホッと息をつけるんだろうか。公平も、そうなんだろうか。

美柑は感動に痛む胸を抑えて劇場を出る。エヴァンゲリオンの時のように公平が肩を叩いてくれるのではないかと、左右をきょろきょろ見回す。

だけど、いない。手が勝手にスマートフォンを取り出している。この興奮を誰かと共有したくて、サークルのグループLINEから公平をクリックし、メッセージを送っていた。

「ドライブマイカーみた?」

返事は来なかった。既読はついたのに、返事は来なかった。

1日待っても、1週間待っても、1ヶ月待っても、後期の授業が始まっても、返事は来なかった。

美柑は5年前に旧劇場版エヴァンゲリオンを観た時よりずっとショックを受けて、あの時以上に食事が喉を通らなくなった。

ほとんどベッドに寝転がったまま、大学のリモート授業を眺めて、働かない頭でレポートを書いた。

サークルの会合にも怖くて参加できなくなり、グループLINEも覗くことができなくなった。なぜ自分が公平にLINEを無視されているのか全く理解できなくて、ただただ苦しかった。

何かが決定的に、公平を傷つけた。あの日。エヴァンゲリオンを観た、帰り道で、美柑が不用意に口にした何かに公平は傷つき、今後一切、この女には関わるまいと決めたのだ。でもそれが何なのかわからなくて、美柑は何もすることができなかった。

秋。
突如、新型コロナウイルスの感染者数が激減した。山を登るばかりだった感染者数のグラフは下り坂になり、地面を這いつくばるように平らになった。大都市を除く地方では、感染者数「0」の日が続いた。

美柑は一階のリビングで、「朝の通勤ラッシュが戻ってきました」というテレビの音声を、ちっとも嬉しくない気持ちで聞く。

ようやくリビングに降りて食事を取れるようになった美柑に、心配して両親が買ってきたドーナッツを食べながら、テーブルに置いた鏡を見ている。5キロ痩せて頬はこけたのに、顔の真ん中に鎮座する鼻の大きさは変わらない。それどころか、かえって目立つようになった気がする。

醜い鼻にシェーディングブラシを叩きつけながら、「街にも人出が戻ってきています」「マスクを外せる日も近いかもしれません」というキャスターの声を、忌々しく聞く。

「ごめんね。明日から、また残業始まるんだ」

母親がキッチンで言う声を、どこか遠くから響いてくるやまびこのように美柑は聞く。

「しばらくご飯作れなくなるかも。ごめんね」

キッチンから甘じょっぱい醤油の匂いがする。

ずっとそうだったじゃん。

幼児みたいに拗ねた気持ちで、美柑は心の中で答えている。当たり前だったから。いないのが、当たり前だったから。家に帰ってきても、誰もいないのが当たり前だったから。暗くて寒い家の鍵を開けて、電気をつけるのもエアコンを入れるのも、私の役目だったから。

シェーディングブラシを鼻に叩きつけながら、美柑はリビングの隅を見る。リモートワーク用に買った簡易デスクでパソコンを叩いていた父親も、「俺も今日から時差なしの朝9時出勤。死んだ」と言い残し、出勤したまま帰ってこない。

しょうがないじゃん。それが当たり前なんだから。コロナが特殊だっただけだから。

美柑は自分に言い聞かせるように、頭の中で言う。あんなふうに、家族で一緒にいられたことの方が、特殊なんだから。父親も母親も仕事で、美柑は学校にいて、家族はバラバラなのが当たり前なんだから。

一緒にいられた1年半の方が、よっぽど奇跡なんだから。

美柑はなぜかツンとして赤くなる鼻に、もっとブラシを叩きつける。マスクをつけて、「ひろゆき」とも「カイジ」とも呼ばれないで、堂々と話せたこの1年半の方が、嘘で、偽物なんだから。本当の私は、こんなふうにグレーの粉を叩きつけたって消せない大きな鼻を持った、ぶすい女でしかないんだから。

美柑は突如、思い至る。公平がなぜ、自分を嫌ったのか。それは、嘘つきだからじゃないか。マスクの下からストローを差し込んで、決して素顔を見せずにタピオカミルクティーを飲んでいた自分が、不誠実だったからじゃないだろうか。

コロナ禍をいいことにマスクに甘え、これが真実の姿だとばかりにマスクに覆われた笑顔を浮かべ、はしゃいでいた自分が目障りだったのではないか。

傍に置いたスマートフォンが光る。大学からの通知が光って見える。「来週から大学構内で行う対面授業についてお知らせします」。

美柑はスマートフォンを手に取る。マスクについてどう書かれているか、添付されたPDFファイルを目を皿にして見る。

その時、テレビのキャスターがことさら深刻な声を出し、言った。「新型コロナウイルスの新種であるオミクロン株。国内で、2人目の感染者が確認されました」。

美柑はすがるように、テレビの画面を見つめた。

大学ってこういう場所だったんだ。大学2年の冬、美柑は初めて大学という場所を肌で感じることができた。食堂には様々な学年の男女が集い、みんなお盆を片手に配膳カウンターに並び、A定食だのB定食だのを選んでいる。

食堂は吹き抜けのせいか暖房がきいておらず、みんなコートを着てマフラーを巻いたまま食事をしている。

学生たちの高低さまざまな声や食器がぶつかる音が混じり合った、不思議な雑音がする。だけどそれはみんながきっと待ち望んでいた、心地よい雑音に違いなかった。

みんな嬉しそうにマスクの下で目を細め、頬を持ち上げて笑っている。どの男も女も、マスクを上下にゴモゴモ動かして、話しても話しても尽きない世間話をし続けている。まるでどこかにずっと1人で閉じ込められていたみたいに。そしてそれはある意味、真実だ。

美柑は学生の大半がマスクをつけていることにホッとしながらも、食事をしている学生は外していることを気にかけている。誰も、マスクをしたまま、顎からスプーンを差し込んでいるような者はいない。どこで昼食を食べようかとうろうろしていた美柑を、掛川絵梨奈が呼び止めた。

「ってか久しぶりー! 元気にしてた?」

3ヶ月ほど会合に参加していなかったにもかかわらず、絵梨奈は屈託なく美柑に話しかけてきた。

「ごめん。レポートたまっちゃって」

詮索されたくなくて、美柑は適当な嘘をつく。

「そうなんだ。公平くんも最近全然出てくれてなくて。どうしたか知ってる?」  

絵梨奈に訊かれて、美柑は驚く。てっきり、公平は美柑だけを嫌い、サークルにはこれまで通り参加しているものだとばかり思っていた。

「次のディベート授業、一緒だからきっと会えるよね。美柑も一緒だよね?」

絵梨奈の言葉に反応もできず、美柑は考えている。自分だけが嫌われていたわけではないことにホッとしながらも、だったら公平はどうしたのだろうと心配になる。

「なんか、マスク外して参加しろとか教授が言ってるらしいよ。全員分のフェイスシールド買ったんだって。顔が見えなきゃディベートにならないとかって」

絵梨奈は満更でもなさそうに言いながら、美柑の反応を伺う。まるで、マスクでずっと隠し続けてきた美柑の鼻の形を知っているかのように。

美柑は突然された死刑宣告に、息を呑む。公平も一緒のディベートの授業で、マスクを外してあの透明なフェイスシールドとかいう代物をつけて、素顔を晒せというのか。

無理。絶対。無理。

美柑は逃げ出すように、「またあとでね」と絵梨奈に手を振る。

行くあてもないまま廊下をひたすら歩き、どうしたものかと考える。万が一のことに備えて、鼻はシェーディングブラシを叩き込みできるだけ存在を消し、ダスティピンクという名のリップをたっぷり塗って、唇に目が行くようにメイクしてきた。

美柑は鏡で確認しようと、トイレを探す。入学して1年半以上、ほぼ通っていないから、トイレがどこにあるかもまだ把握できていない。

うろうろと迷路のような大学構内を行ったり来たりしながら、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。

「栄田さん」

呼び止められて、驚いて立ち止まった。廊下に、公平が立っていた。白いマスクをして薄く笑っていたが、色白な顔は青色に近いくらい血の気がない。初春にエヴァンゲリオンを観た時に感じたたくましさは失せ、腕はまた棒のように細くなっていた。

「公平くん」

LINEを無視されていることなど忘れて、美柑は心配でそばに歩み寄った。歩み寄りながらも、指先でマスクを確認することは忘れない。確かに、鼻の上にそれが乗っていることを確認してから、公平の前に立つ。

「プロフェッショナル、やっと見れた」

公平の第一声がそれだったことに、拍子抜けしながらも、美柑はほっとする。新宿を歩き続けたあの日のままに公平がいてくれることを、心底嬉しく思う。

「よかったね。よかったでしょう」

美柑の言葉に、公平は深く頷く。

公平は学生課に行ったのか、大学名が入った角二サイズの封筒を抱えていた。また奨学金のことで相談でもあったのだろうかと、美柑は密かに胸を痛める。だけど、庵野秀明のプロフェッショナルのことを嬉しそうに語る公平を見て、救われる。

「ご飯ってもう食べた? よかったら一緒に食べない?」

公平に言われて、美柑の心臓が跳ねあがる。食堂で、マスクを外して笑っていた学生たちを思い出す。もう逃げられない、と思う。マスクの下からスプーンを差し入れている人なんて、一人もいなかった。きっとそんなことをしたら、公平に失礼だろう。

「うん」

考えている間に、もう答えていた。断るわけがなかった。使われなくなって寂しげに佇んでいた、リビングのリモートワーク用のデスクを思い出す。項垂れて出勤していった父親の背中。最後の晩餐と言って肉じゃがを出してきた母親。

もう誰にも止められないんだ。コロナは終わるんだ。マスクも終わるんだ。逃げ続けることなんかできない。碇シンジの声で、あの言葉が響く。

一度逃げ出した食堂に戻る。公平も定食を買うのかと思っていたら、公平は何も買わずに席についた。1年生の春の時に使っていたものと同じぺしゃんこにつぶれたリュックサックから、菓子パンを取り出す。

美柑は申し訳なく思いながらも、食事を持参していないので、A定食を買って公平の隣に座る。公平はマスクを顎まで下げて、パンを頬張る。しょっちゅう食べているのか、ちっとも美味しくなさそうにモサモサとかじっている。

美柑は決意を固めて、マスクをおろす。まるで公共の場で下着をおろしてしまったような恐怖を感じる。顔の下半分に触れる外気は、スースーして、ハッカ飴のように冷たい。

大きな鼻に無意識に手を当てる。公平は隣に座った美柑の顔などほとんど見ずに、黙ってパンをかじっていた。そのことにホッとしながら、美柑はコロッケ定食の付け合わせの千切りキャベツをかじった。

「どうでもいいんだよな。いろんなことって」

公平が突然、言った。その口調が、これまでに聞いたことのない、投げやりで強いものに感じられて、美柑は驚いて公平を見た。公平は前を見たまま言う。

「プロフェッショナルを見て、思ったんだ。作品以外は、どうでもいい。どんなに、周りの人をがっかりさせても困らせても傷つけてても、長い付き合いのスタッフに嫌われても、憎まれて恨まれて孤独になっても、それでも作品がより良くなるように、より良くなるようにって、ひたすらそれだけを追求する。だから庵野監督は、あんなすごいのを作れるんだって思った」

「そうだね」

美柑はうなずく。美柑も庵野監督の『プロフェッショナル』を観て確かに感動したのだが、それは春のことで、すでに記憶が薄れてしまっている。必死に内容を思い出そうとする。

「どうだっていいんだ。作品さえ良ければ。あとはどうだっていい。俺もあんなふうになりたい」

突然、公平はそう言った。美柑は言葉につまりながら、なんとか言う。

「公平くんも、何か、作ったりするの」
「しないよ。できない。そんな暇ないもの。バイトしかしてない。今はね」

美柑はうなずく。コロッケの衣が皿の上で湿っぽくなっていくのがわかるが、真剣に話している公平の隣で、箸を動かすことができない。

「できるのはずっと先だと思う。死んでからかもしれない。ソーニャの言う通り」

公平も『ドライブ・マイ・カー』を観たんだと、美柑はうなずく。何かそのことで話したい気がしたが、公平は美柑を見ずに、一人で話し続けている。

「でもそれでもいいんだ。生きていくしかないんだ。この毎日を」

美柑はうなずく。食べることを諦めて、お盆に箸を置く。長い間使われていなかったせいか、プラスチックのお盆はすっかり色褪せている。

公平のことを、わかってあげることはできない。だけど、こんなふうにして話を聞いてあげることはできる。

しかも、共通言語を持って。庵野監督のことも村上春樹のこともわかっていてうなずくのと、知らないでうなずくのでは全く違うはずだ。だから自分は、絵梨奈にはできないことをしているのだと、美柑は密かに胸を熱くする。

美柑はそっと、ポケットにしまっていたマスクを装着する。これからもこうして、やっていけばいいんだ。少しの時間くらいなら、外したって公平は気が付きもしない。だから、騙し騙し、なんとかやっていけばいいんだ。

学食の天井から吊るされたテレビが、ニュースを流している。今にも崩れ落ちそうな山みたいに崩落した感染者数のグラフは、相変わらず今日も地面を這っている。

しかし、キャスターは深刻な表情を崩さずに「オミクロン」という言葉を連呼している。

油断してはなりません。オミクロン株という、大変感染力の強い株がこれから蔓延するかもしれません。年末年始に帰省しようと考えている方もいらっしゃるかもしれませんが、感染対策はこれまで通り行い、マスク、手洗い、ソーシャルディスタンスを守ってください。油断してはなりません、なりませんと繰り返している。

美柑は密かに、テーブルの下で指を組み合わせる。祈ったこともない神様に、祈る。

いけないことだとわかっているのに、止めることができない。どうか。どうか、終わらせないでください。この恋を。コロナを。マスクを。神様仏様、オミクロン様。

どうか私にこれからも、マスクをつけさせてください。誰もいなくなったリビングが目に浮かぶ。誰かがそこにいるだけで、何もしなくても、いるだけで温かかったリビングを思い出す。

いつでも誰かの気配がして、話し声がした、ぽかぽか暖かい春の日々を思い出している。どうかもう一度と、決して願ってはいけないことを、願う。指が痛むくらいに力を込めて、美柑は祈り続ける。

「今日、退学届出してきたんだ」
「え?」

突然の公平の言葉に、美柑の呼吸が止まった。テーブルの下できつく組み合わせた指が、解けていく。

「おばあちゃん、亡くなったんだ。コロナで。大学通えなくなった。働かなきゃ」

公平は自分に言い聞かせるように、まっすぐ前を見たまま、言う。とうに空になった菓子パンの袋を、片手でゆっくりと握りつぶす。

「夏はずっとそのことでバタバタしてて。連絡返せなくてごめん」

公平は言って、立ち上がる。真っ赤になるくらい力を込めていた指が、痺れるように痛む。

神様、どうか。取り消してください。たった今の願いを、取り消してください。美柑は後悔に白んでいく意識の中、フラフラと立ち上がる。よろけて椅子にぶつかり、学食の天井まで大きな音が響く。何人かの男子学生が振り返り、笑う。

「色々話せて楽しかった。元気で」

大学名が入った封筒を振り、公平は美柑に背を向ける。追いかけようとして、止まる。追いかける資格なんかないと、足が勝手に止まる。美柑は学食に立ち尽くしたまま、天井を見上げる。

取り返しのつかない願いを、胸ごと握りしめる。鈍い痛みが走るが、こんなものじゃないはずだった。公平が味わったこの1年半の苦しみは、こんなものじゃないはずだった。

マスクの下で、呼吸が苦しくなる。

美柑は顔の下半分を覆うマスクを、むしり取った。学食に満ちる様々な食事の混ざった匂いを、胸いっぱいに吸い込む。

もしここに、ウイルスがあるのなら。この学食に、目に見えない「新型コロナウイルス」とかいうものが、本当に存在するのなら。

美柑は剥き出しになった鼻から深く息を吸い、口から吐き出す。大きく胸を上下させながら、祈る。

どうか私のところへ、来てください。どうか彼じゃなく、私を苦しめてください。せめてもの償いを、させてください。

決してその姿を見せない、だけど確かに一人の少年の人生を壊したウイルスを、美柑は胸いっぱいに吸い込んだ。

(了・64枚)

2023年3月20日

*文中の『ワーニャ伯父さん』におけるソーニャのセリフは、wikipedhiaからの引用です。実際の映画のものとは異なります。

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