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#小説

なぜ分断されるのか 山内マリコ『あのこは貴族』

なぜ分断されるのか 山内マリコ『あのこは貴族』

 読み終わったあと、「私は」と語り始めたい気持ちでいっぱいになった。「私は」に続くことばは、私はこうだった、私はこう思う。きっと多くの人が、この小説を読み終えたときに自分の経験を言葉にしたいと思うのではないだろうか。

 榛原華子と時岡美紀という、全く違う環境で育った2人の物語だ。華子は、渋谷区松濤で、親が整形外科医をしている裕福な家で育った。結婚を望み婚活をしている。物語は榛原家が帝国ホテルで迎

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「のほほん顔」に惹かれて――太宰治『走れメロス』

「のほほん顔」に惹かれて――太宰治『走れメロス』

 太宰治って人に好かれたんだなあと思った。太宰治好きですか?今でも何かと大人気だと思う。『文豪ストレイドッグス』の魅力的なキャラ始め、「太宰」「太宰」とみんな話している。

 今回読んだ新潮文庫の『走れメロス』にはメロスほか8編の短編が収録されていた。なかでも彼の人気ぶりを示すのは「帰去来」だ。「人の世話にばかりなって来ました」という一文から始まる。私生活の諸々や度重なる留年で兄とかなり仲が悪くな

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帰りたい、帰らせろ――『とにかくうちに帰ります』

帰りたい、帰らせろ――『とにかくうちに帰ります』

 この間、映画『アシスタント』のレビューを書いた。そのあとすぐに読み始めたのが津村記久子の短編集『とにかくうちに帰ります』。『アシスタント』のパンフレットには津村記久子が寄稿していて、やっぱり!と思った。それでなんとなく本書を手に取ったのだった。この短編集はまさに『アシスタント』で描かれていたような仕事の話で、なんというタイミングだと思った。

 本書には「職場の作法」「バリローチェのフアン・カル

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2022年7月#1『そしてミランダを殺す』

2022年7月#1『そしてミランダを殺す』

『そしてミランダを殺す』ピーター・スワンソン 訳:務台夏子 創元推理文庫

 タイトルは別にネタバレではない。でもこのnoteはネタバレかもしれないので、読んでいない人は読まない方がいいかも。

 誰がミランダを殺したか、というのはそんなに重要ではないのだと思う。最初の語り手、ミランダの夫のテッドがリリーという女性と出会ったところから、ミランダが死ぬことは決まっている。テッドはヒースロー空港でリ

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