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【漫画原作】五菱銀行 怪奇事件 専門課「呪いの銃①」(創作大賞 中間選考を通過しました!)



あらすじ

銀行員の東金は、取引先の経理担当・水無瀬から「怪奇事件を解決すれば資金を運用してあげる」と誘われ、森と学園へ向かう。そこでは「銃を三日以内に誰かの下駄箱に入れなければ、自分を打ち抜いて死ぬ」という噂が流行り、自殺者も出ていた。調査を進める中で、学園に出入りしていた悪徳不動産業者の黒岩が死ぬ。それには失踪した森の妹も関わっているらしく、同時にお嬢様学園で横行していた「裏バイト」が明らかになってくる。銃はラオスの出稼ぎ案件で黒岩が手に入れた、呪いのアイテムだった。銃が消え、新たな犠牲者の下駄箱に入る。三日経つ前に、東金と森は事件を解決できるのか? ダークファンタジー、お仕事サスペンス!

登場人物

東金 麗華
五菱銀行員。クールビューティ。孤児で自己肯定感が低い。友人も彼氏もいない。キャリアウーマン。二十七歳。

森 隼人
五菱銀行員。東金の部下。明るく陽気。失踪した妹を探している。二十二歳。

水無瀬 真央
C学園の経理。好青年。どこか陰がある、真面目で落ち着いた性格。三十二歳。

小村 火奈子
C学園の理事長。金髪美人。海外に在住しているらしい。整形を重ねている。六十歳。

黒岩 雄介
悪徳不動産業者。学校に出入りしている。闇ビジネスで金を得ている。三十五歳。

第一話

 金曜日の午後五時に来る電話が、ロクな要件であるはずがない。会議の開始まであと一時間という時、私は取引先から「怪奇事件を解決してくれ」という電話連絡を受けた。

 あの時は銀行の支店のデスクに座り、会議資料を作っていた。といっても手は動かさず、画面を睨んでいただけである。『東金 麗華』という自らの名前が書かれた目標欄の横には、実績の数値がある。それらは哀しいほどに乖離していた。事実は仕方ない。素顔が変えられないのと一緒だ。しかし見込み案件という化粧を施せば、見てくれは良くなる。だから、どの部位に何のメイク道具を使うか(A社に為替デリバティブを売るか? B社に収益物件を案内するか?)考えていたのだった。その矢先の、電話である。私は受話器に言った。

「怪奇事件?  電話する先、違いますよ。うちは銀行。ゴースト・バスターズじゃない」

 向かいに座る新人の森 隼人が、驚いて目を上げた。 おそらく私の乱暴な口ぶりに対してだろう。私は「心配ない」と言うように、彼に目で合図した。相手はC学園で、話者は経理の水無瀬さんだった。経理と言う部署は、会社中の意地悪な連中をかき集めて煮詰めた鍋のような場所である。五年間の銀行員生活で、彼は最も穏やかな担当者だった。

「間違いじゃありません。同じ大学を出た、頼りになる賢い女性に電話をかけています」

 愁いを帯びているが、清涼飲料水を思わせるような透き通る声だった。三十二歳だが、二十代前半のようなフレッシュさが残る。声に劣らず魅力的な外見を思い出し、私は言った。

「大学時代、会ったことないじゃないですか。水無瀬さんが本郷の時、 私は駒場ですよね」

 彼は朗らかに笑い、声のトーンを落とした。

「『これの持ち主は、三日以内に誰かの下駄箱に入れなくてはいけない。さもなければ自分で頭を打って死ぬ』」
「何ですか、それ」
「学園で出回っている手紙です。『これ』が何を差すかは、実際に見に来ていただきたい」

 私の不機嫌は、 受話器越しに彼へ伝わったようだった。

「だから私は法人営業部員で、巫女でもないって……」
「似合いそうですけどね。黒髪ストレートで、色白だし」

 こんな会話に付き合っている暇はない。目標数値を達成するように案件をひねり出し、会議までに資料を完成させなくてはならないのだ。だから私の耳は、受話器を置こうとした直前の言葉を嫌でも聞いてしまった。

「解決したら、 以前ご提案いただいた運用をやるのはどうでしょう?」

 すかさず受話器を耳に当てた。

「元本は?」
「五億でどうでしょう」

  目のくらむような提案だ。小学校から高校まで運営しているこの学園は、 とにかく金がある。ミッション系で宗教法人が母体のため、税制面で優遇されているのだ。 卒業生からの寄付金も手厚い。しかし銀行に残された記録によると、彼を含むほとんどの教師は保守的で現金を寝かせているという。メインバンクは外資系金融機関なので、それも頷ける。彼らは私たち日系のように、金融商品を提案してくることはほぼない。法律や手続きが煩雑だからだ。

「今、 うちには一億円しかお預け頂いておりませんが」

 皮肉たっぷりに言うと、「 他で預けているところから持ってきますよ」と、涼しい声が返ってきた。 やっぱり、と私は思った。彼らは多額の金を外資系金融機関に預けているのだ。そこから金を引っ張ってきて、何とかして運用させたかった。 今期も目標大幅達成すれば、頭取表彰の連続記録が更新される。

「良いでしょう。じゃあ後ほど、現地に伺います」
「今日ですか?」

  彼は驚いて声を上げた。 大きく吸い込まれるような緑色の瞳が見開かれている様子が、 目に浮かぶようだ。

「はい。お客さんの七割は、日を跨ぐと前言を撤回します。よく言うでしょ。欲しいものがあったら、一晩寝てから考え直せ。翌朝にはまるで欲しくなる、って」
「東金さんの出世欲は、一日で無くなりそうにないですけどね」
「努力と根性と言って欲しいな」
「素敵な響きですね」

 ここまで感情の込められない声を聞く機会も珍しい。確かにミッション系学園の教師と相反する精神であることには、間違いがなかった。

「この後会議があるので、十九時に伺います」
「いいんですか? 今日は金曜日ですよ」

 彼はくすぐったそうに言った。 それは私の気分を随分良くさせ、彼の望む通りの答えを言ってやることにした。

「私には金曜日夜に中目黒でワインを一緒に飲む彼氏がいない。渋谷で楽しくはしゃぐ友達もいない。マッチングアプリで待ち合わせをしている男性もいない。二十代女子が持ち合わせているものを、私は何も持っていないんです」
「でも仕事がある」

 私の沈黙は雄弁に、肯定の意を物語っていた。 いまいましい仕事だが、 仕事のおかげで人間らしい生活が送れていることも確かだった。働いていなければ、今頃は隅田川にでも浮かんでいたかもしれない。

「いつもの第一会議室でお待ちしています」

 私は受話器を置いた。いつからそこにいたのか、後ろから森が声をかけてきた。

「会議の後、C 学園に行くんですか?」
「そうだよ。そのまま直行直帰。一週間、お疲れ様」

 彼は何かを考えるふりをした。 あるいは本当に考えていたのかもしれない。 彼は新卒で この店に入ってきた。慶応のサッカーサークルという、いかにも東京の大学生らしい生活を送ってきた男の子だ。 こげ茶色の短髪、きちんとアイロンのかけられたシャツ、 ネイビーのスーツ。クラスで人気ランキングをしたら、中性的で美少年の水無瀬さんは二位、男の子らしいサッカー部の森は一位だっただろう。欠点を挙げるとすれば、背が低いことか。

「僕も行きます」
「は?」
「だって、 東金さんの目標が達成してないの、僕の目標も持っているからでしょう」
「仕方ないよ。私が君の指導担だし。代わりに稟議を書いているでしょう」

 彼はうつむいた。感情がすぐ顔に出るタイプなのだ。事務手続きが徹底的にできない私のサポートを、彼は懸命にやってくれている。その分、彼の目標を私が持っていたのだ。彼の落ち込む様子を見て、私は感心してしまった。顔と性格が良いだけの男の子だと思っていた。 母親ならそれでいいかもしれないが、部下としてはいささか頼りなかった。「もっと優秀な部下に変えてくれ」と課長に頼んだこともある。しかし私の感心は、彼の次の一言で撤回された。

「あの学校、 かわいい子が多いって有名なんですよね。中高は制服も転売されるくらいのお嬢様学校だし。文化祭のチケットも激戦で、全然手に入らないんですよ」

 そう。もうひとつ欠点を挙げるとすれば、彼は致命的に女の子が好きだったのだ。

二 C学園 

 C学園は品川区の住宅街の中に位置している。外を塀で覆われているから一見分かりにくいが、足を踏み入れると広大な敷地が広がっている。そこに小学校の初等部、中学校の中等部、高校の高等部まである。よくドラマや漫画で公立中学校に通うお嬢様の描写があるが、あれは嘘だ。真のお嬢様は幼稚園受験や小学校受験をして、 庶民と離れた世界で生きている。 物価の値上げや円安なんかに左右されない、平和な国で。今回の事件は、 その平和が偽りのものであったと言うことを示していた。

 私たちは応接室に通された。立派な応接室だ。 どこをどう切り取っても上等なものばかりだった。黒くなめらかな革張りのソファ、大理石でできたテーブル、壁にかけられた現代アート。絵の横には、先代の理事長の肖像画が並んでいた。 女性や男性、 年代は五十代から七十代までといったところか。 どの顔も共通して、金持ち特有の余裕を漂わせていた。 絵を見ていると、 森が声をあげた。

「え。 今の理事長、若くないですか?」

 私は最新のものに目を移した。 会議室に飾られた 写真と言うよりは、ハリウッドのポートレートのようだ。美しいブロンドの女性だった。 私は彼に聞いた。

「何歳だと思う?」
「二十代後半、それか三十代ですかね」
「昨年、還暦のお祝いを持って行ったよ」

 言葉を失って立ち尽くす彼を横目に、私は秘書の女性が出してくれたアイスティーをすすった。ふくよかで、濃くも薄くもない。 かすかなベルガモットの香りが、鼻をついた。この受付はいつも、季節に合わせた紅茶を出してくれる。 今は六月なので、初夏をイメージしているのだろう。彼はアイスティーよりもスマホに気を取られているようだった。熱心な様子と、ちらりと見えた画面から判断するに、マッチングアプリだろう。男の子、男の子。

「お待たせしました」

 水無瀬さんが入ってきた。炭酸水のCMに出演してもおかしくないくらい、爽やかな笑顔だった。物腰は柔らかで、瞳は少年のように輝いている。私が洗濯をされすぎてボロボロになったタオルだとすると、彼はまだちっとも人生にくたびれていないようだった。彼をこすると石鹸の香りが漂ってくるかもしれない。だから彼の手に携えられた武器は、まるでアンバランスに思えた。私は言った。

「銃ですか」
「はい」

 彼は正面のソファに座った。

「この銃が、生徒の下駄箱に入っているんですよ」
「時間帯は?」
「規則性はありません。 登校の時に気づいたり、下校の時に見つけたり」

 私はそれを見つめた。黒く、 鈍い光を放っていた。

「没収して職員室の引き出しに置いておいても、 また誰かの下駄箱に入っているんです。大半は、生徒によって」
「生徒によって?」

 彼は やれやれといった様子でため息をついた。その様子はセクシーだった。 そして一枚の紙を私に差し出した。『これの持ち主は、三日以内に誰かの下駄箱に入れなくてはいけない。さもなければ自分で頭を打って死ぬ』と書かれていた。

「もちろん、おもちゃですよ。これを信じた生徒たちが職員室に忍び込んで、引き出しから銃をとって、他の生徒のところへ入れるんです」
「警察に没収してもらえばいいじゃないですか」
「『おもちゃの銃を取りに来てください』と言って?」

 私は彼の真意を理解した。C 学園を担当させてもらって半年が過ぎるが、 彼ほど自分の所属先を愛している人間はいない。 そこの平和が少しでも乱れようものなら、 彼は決して許さないのだ。彼は神妙な顔で、こう続けた。

「しかも今は、時期も悪い」

 今は六月、ちょうど初等部の学校説明会が開催される時期だ。この学園は私立なので、その年の入学者数によって経営状況が左右される。大学まで学費を払ってくれる初等部は、一番の金塊だ。学校で銃が見つかったなどという噂を、小学校受験をさせるような教育ママが聞き逃すはずはない。私は残りのアイスティーを一口で飲み干し、言った。

「で、茶番の犯人を捕まえればいいわけですね」
「いいえ」

 彼は私たちを真っすぐ見据えた。

「騒ぎが収まるまで、銃を預かって欲しいんです」

第二話


第三話




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