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エッセイ集

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エッセイ「病室革命の歌」

エッセイ「病室革命の歌」

 クリーム色の薄い布のカーテンは、光を透かす子宮の壁だ。病室の大部屋。テレビの置かれた戸棚には、手術の痛み止めの薬が置いてある。ベッドの白いシーツに、胸の傷口から出るドレーンから落ちた、赤い薄い体液のしみがひとつ。

 そのベッドに腰掛け、私はイヤホンで古いロックを聞いている。軽快なリズムで、音が踊る。人には愛と希望がいるのだと、女性の歌手が歌っている。

 夕方の五時に白いマスクを付けた、五十代

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エッセイ・リトルボーイ

エッセイ・リトルボーイ

 リトルボーイは、第二次世界大戦中に広島へ落とされた原子爆弾のコードネームだ。
 米国にある博物館で、私はリトルボーイの展示を前にたたずんでいた。私は八歳前後で、時代は八十年代の中頃のことだ。米国では日本の真珠湾攻撃が有名で、原子爆弾の投下は必要であり正しいという意見が一般的だった。
 米国のどこの博物館かはっきりと覚えていない。調べたらリトルボーイは1986年までワシントンにあるスミソニアンの国

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エッセイ「また、会えるよ」

エッセイ「また、会えるよ」

 死んだ父の夢を見ることがある。食道がんで五十一歳に亡くなった父は、夢の中では元気なときの姿で、川のほとりに立っている。

 それは私が子供の頃に家族でよく通ったニューヨークのハドソン川であったり、湖のように大きな見知らぬ川だったりした。
 川はゆったりと流れて、淡い青空の下、静かに水面が輝いている。少し霧がかかって、遠くの対岸には近代的なビルなどの現代の街並みが見える。他に人はおらず、私と父の二

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