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再現される繁栄の方程式

現在は40年前と多くの点で似ている

米国でインフレ率が大きく上昇している。22年9月のCPI上昇率は前年比+8.2%と、伸びは徐々に鈍化しているものの歴史的な高水準が続いている。足下のインフレは、およそ40~50年前のオイルショック以来の高さである。1970年代のオイルショックは、中東で起きた二度の戦争をきっかけにOPECが原油供給をしたことが主因となった。現在のインフレは、2020年の新型コロナに対応した財政・金融政策の影響もあるものの、ロシアに関連した戦争の影響が大きい。米国、EU、日本など、世界各国はロシア産原油や天然ガスの輸入を制限し、そのことが資源価格の上昇につながっている。同時に、インフレ率が賃金上昇のスピードを上回る「実質賃金マイナス」の状態も40年前と同じである(下図)。40年前の米国は激しく上昇する物価に賃金の伸びが追い付いていかず、失業率が上昇し個人消費が落ち込むスタグフレーションに陥った。現在の米国も、激しい物価上昇に加えてFRBによる急速な引き締め政策により景気失速懸念が高まっている。スタグフレーションに陥るかははっきりしないものの、景気後退(リセッション)突入は時間の問題との声が多い。

過去をから透かし見る未来


現在は米国がいつ景気後退に陥るのか、その程度はどれくらいかなど依然先が見えない状態が続いている。ただ、今回の高インフレを経て米国の物価水準は以前より一段切り上がることだけは確実である。このことは、特に家計に大きな影響を与えている。米国ではCPI上昇率がPCEデフレータ上昇率を相当程度上回っているが、このことは米家計がプライベート・ブランドなど少しでも値上がりの小さなものを選んでいる、即ち生活防衛的な行動を強めていることを示唆する。「安いものが売れる」という環境は、安い輸入品がシェアを伸ばすチャンスになる。実際、40-50年前のオイルショック期には、米国など先進国のインフレ率は10%~20%という非常に高い伸びになった一方、日本や西ドイツなどはインフレ抑制策が奏功し、米国や英国に比べてインフレ率を低く抑えることに成功した(下図左)。日独では物価が低く、米英では物価が高いという環境は、日本の対米輸出を加速度的に増加させた。米国輸入額に占める日本のシェアは70年代後半は10%台であったところ、87年には20%台にまで、短期間のうちにほぼ2倍に達した(下図右)。日本製品は無人の荒野を行くが如く、米国市場を蹂躙した時代があった。

日本の成功は世界が注目するところとなった。高成長と低インフレを両立する人類史上最も優れた経済、地球の救世主となる高度な省エネ技術、勤勉で優秀な国民、長期的視野からなされる企業経営、全て世界の模範とされ世界が日本に学んだ。追い込まれた米国は日本との貿易摩擦を激化させ、ブラザ合意で急激な円高誘導を実施し貿易赤字を政策的に削減するに至った。日本はその後、バブル景気へと突き進んでいく。

前掲右図で、90年代後半には米国の輸入シェアで日本が低下、中国が上昇という形で入れ替わりが進んだ。やはり米国ではITバブルや住宅バブルを背景にインフレ率が上昇し、2001年にWTOに加盟した中国が安価な輸入品の生産基地として台頭していった。対米輸出の加速度的な増加、高度経済成長、バブル経済の発生、対米貿易摩擦と、日本と中国は今のところ似たような経路を辿っているように思われる。

歴史は再現されると予想する


こうした歴史を踏まえると、今回のインフレ局面でどの国が次の中国(もしくは次の日本)になるか注目される。
前掲図で示した通り、有力候補はベトナムである。
中国の賃金が上昇したことを背景に、韓国などは2010年代からベトナムへの直接投資を増やしてきた。韓国に少し遅れて日本やシンガポールなども同国への投資を増やしている。足下、米国の輸入シェアは中国が低下、ベトナムが上昇傾向であり、「主役交代」の初期段階に差し掛かっているように見える。現時点の中国とベトナムの相対順位は90年代前半の日本と中国の相対位に等しい。1990年に中国が現在のような姿になると想像した人は少ないはずだ。足下で歴史的な高インフレが発生するなか、「いつインフレが終わるか」という議論は盛んであるが、「次に何が起きるか」という議論は少ない。40年前は日本、20年前は中国の成長のきっかけとなった高インフレ環境で、次に何が起きるかを考えることが投資を行う上で重要と考える

収入を決定するのは身分である


それでは、このままベトナムは日本や中国のような経済大国に変成するだろうか。「バリューチェーン」という考え方がある。製品の付加価値(儲け)がどこにどれだけ帰属するかを分析したものであるが、有名な例が当時5万円(500ドル)で販売されていたiPhone3が一台売れる度にアップルに売上の66%、部品生産・物流を担う日韓独に33%、組立をする中国に1%が配分されるという分析である。この3~4割という部品代比率(原価率)は、iPhoneが代を重ねた現在もほとんどかわっていない。iPhoneやiPadの裏に(ライトニングケーブルにさえ)書かれているのは"Designed by apple in California, assembled in China"の文字である。どこでmakeしたか書いていないことが重要である。生産者が利益を総取りする20世紀型の経済観では、現代のエマージング経済の発展を捕捉できない。話を戻すと、アップルは素材、部品、物流、組立といった工程を担う企業を決めるなかで、当該企業がどれだけの分け前を得るかの「身分」も決めている。身分と書いたとおり、過去も現代もそして未来も、立場が収入を決定している。中世の特権階級が贅沢できたのは彼らが勤勉だったからでもイノベイティブだったからでもなく、そういう身分だったからである。下層階級がどんなに努力や工夫や勉学を重ねても富裕層になれないのは、そういう身分ではないからである。

昇格と独立だけが富裕層への道


身分が収入を決めるならば、収入を上げるには身分を上げるしかないはずだ。過去数十年でそれがで顕著に起きた(起こっている)のが、かつての日本と中国であった。話をiPhoneとアップルに戻すと、ここ数年でアップル製品にはディスプレイや電池など、中国製品の採用が増えている。iPhone12の時点で使用される部品のうち4.6%が中国製である模様だ(日本は13.6%)。中国国内で技術習得が進み、頂点に立つアップルから「昇格」を許されたパターンである。同時に、中国内部でBATHといった米GAFAの相似形ともされるハイテク企業群が独自に誕生した。中国製アプリのTikTok中国発ECのSheinは世界の流行を席巻している。誰にも分け前を決められない、自分の収入を自分で決められる「独立」が起きている。こうした昇格や独立が起きたことが、中国一国が受け取る収入を大きく増やすことにつながった。

こうした動きを確認するためにTIVA(付加価値貿易)という統計がある。ある国の輸出を、他国にどれだけ部品代や材料費、ブランド料や特許料を支払ったかを推計しその国の「手取り」を逆算したものである。それによると、コンピュータ・電子機器・光学機器といったハイテク製品に関して、ベトナムは2018年時点で自国の付加価値比率(手取りの割合)は37%しかない。外国に製品を売って得た収入のうち、実に6割が外国に吸い上げられる立場にある。中国は90年代末から2000年代半ばにかけ、同比率が15%ポイントほど低下した。これは中国がアップルをはじめグローバル企業の工程に取り込まれていくなかで、分け前の低い仕事を大量に引き受けたことが背景にある。逆に、2000年代末から2010年代後半にかけて同比率は緩やかに上昇している。中国国内で賃金が上昇したことや、ハイテク製品に用いられる中国製部品の割合が増えたこと、中国発のブランドが世界に浸透していったことなどが背景とみられる。

歴史のバッターボックスに立つ


ベトナムに戻ると、同比率は推計期間を通じほぼ一貫して低下している。現在は世界中の企業がベトナムに進出するなかで、90年代末の中国のように分け前の低い仕事を大量に引き受けているとみられる。今後、おそらく5年から10年といったスパンでは、中国や韓国、台湾のように世界で知られるブランドが出現するかが経済発展の鍵となろう。

現在の世界的なインフレ環境はベトナムにとり追い風となっているが、それは同時にトナムが世界経済の主役に立つバッターボックスに立ったことも意味する。期待の大型新人がゲームチェンジャーに成長するか期待を込めて見守っていくとともに、日本も国・企業のあらゆるレベルでこの国と関わっていく時期が訪れている。

※本投稿は情報提供を目的としており金融取引を勧めるものではありません。

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