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包括社会は戦争の前触れ

ニューロダイバーシティの理念は包括的な社会を作っていくこと。
これは拡大していくと移民を受け入れる政策にもなる。
そうなると対諸外国で戦争は起きなくとも、内戦が起こる。価値観をごちゃっとひとまとめにするというのはそういうことだ。





インクルーシブな職場環境とは、社会の多様性を企業文化に反映させ、全ての従業員が自身のアイデンティティを肯定的に感じ、仕事に対して全力を尽くせるような環境を作ることです。これは、障害がある人だけでなく、年齢、性別、民族、宗教、性的指向など、あらゆる面で多様性を持つ人々を含む概念です。インクルーシブな職場は、個人の違いを価値とし、それぞれの背景や経験がチームとしての強みになると考えます。

及川健太

確かに多様な人間がいた方が改革イノベーションは起きやすい。
しかし現状日本において、包括社会というのは利益より害の方が大きいのだ。そして具体的にどういう状態かがそもそも提示されていない。
包括社会を唱える本人たちの理想像が曖昧なので、受け入れる側も当然分からないのである。日本という国に検閲が必要なように、会社にも面接という線引きが必要だ。
面接は、有能な人材を採用するために行うものだが、会社にとって有害なものを弾く側面も持ち合わせている。

予想だが、今の段階で日本国で移民を受け入れると、改革イノベーションではなく、革命クーデターが起きるだろう。

インクルーシブな職場環境を構築することは、従業員の士気を高め、企業の総合的なパフォーマンスを向上させます。障害を持つ従業員が自分の意見が聞かれ、尊重され、価値を認められていると感じた場合、彼らはよりクリエイティブで生産的になる傾向があります。例えば、障害を持つ従業員が提案した新しいアイデアが製品のユーザビリティを向上させたり、新たな顧客層にアピールしたりすることもあります。これは、異なる視点が新しい解決策を生み出し、ビジネスの成長を促進する具体的な例です。

及川健太

インクルーシブ社会の提唱者というのは、いい面しか唱えていないように感じる。
マルクスが社会主義の利点しか考えなかったようにだ。
理屈は分かるし、その方がいいのも分かる。しかしそう上手くはいかない。
なんかうまく行きそうな社会主義で失敗するのだから、理想があやふやなインクルーシブ社会が失敗するのは火を見るより明らかだ。というか前述したが、どの状態がインクルーシブなのかも分からない。今の段階でインクルーシブと言えばインクルーシブと言える。障害者にも同性愛者にも、生存権や人権は保証されている。

チェチェンには同性愛者がいないならしい。
見つけ次第殺しているからだ。
それに比べれば日本は寛容だ。ヒンシュクを買うだけで済むのだから。

インクルーシブな社会が、《多様な人種がいる社会》という意味ならば、アメリカが最もインクルーシブだろう。
確かにアメリカは世界一の経済大国だ。
しかし《みんな仲良く》という意味でのインクルーシブは達成できているだろうか。
できていないように見える。
黒人差別はなくならないし、貧困格差も日本よりずっと酷い。銃や大麻が出回ったせいで治安だって悪い。
多様という意味ではこれ以上ないくらい多様だ。
規制が日本より緩い。まさに自由の国だからだ。
おそらくこの《インクルーシブ》というのもアメリカが発祥だろう。横文字だし。
しかし物事は良い側面ができると悪い側面が必ずセットでついてくる。
それを今一度考えよう。
というかそもそもインクルーシブの定義から決めた方がいい。


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