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俳句で人生を彩りたい

「せんせい」との出会いは何とも変わったものであった。
せんせいは辺境の村で小さな店を営んでいる老人である。

数年前、私は友人達と旅をしているときに、ふとせんせいに呼ばれてその店に立ち寄ったことがきっかけでささやかな交流が始まった。
せんせいはとても奇抜でロックな人であった。
彼は年をとっても若々しく、人生はハングリー精神で生きるものであると捉えて、常に新しいことに挑戦し続けては新しい世界を作るようなことを繰り返していた。人生経験の豊富ではない私にとって話のすべてが新しく、そして面白いもののように感じられた。
せんせいの魅力に引き込まれ、気が付けば私達はその店に毎年足しげく通い、いろんな経験を聞いて楽しんでいた。

そして今年、私はせんせいが何者であるかを知ることとなった。
ある場所では有名な権力者だったこと、ある場所では富を得たこと、そして今はとある俳句の先生をしているということが分かった。
私はいまいち俳句という言葉にピンとこなかった。なぜ地位も権力もあるような大人が、そんなことに熱心になって興味を持ち続けることができるのか。
学生時代、国語の授業で俳句の授業に触れて作ってみたことはあるものの、とても興味深いとは思えず、それ以降は目にも留めずに生き続けてきた。

そんな私の反応に気が付いたのか、せんせいは俳句の魅力を教えてくれた。
「人を大事にしたい気持ちって俳句でなんて詠えばいいか知っているか?」
「そりゃあ”愛している”でしょう」
「ああ、確かに愛しているが良いだろうね。でもそれを俳句に入れてみて深い俳句って詠めるか?」
「なんか味気ないというか・・・なんというか・・・」
「そうだ、俳句というのは言葉を直接表現すると全く浅いものになる。だが、季語やいろんな言い回しを使ってみると、人を愛する俳句でも無限大の作品を生むことができる。その人の人生観がいかに豊かかを見ることができるんだ」

その言葉をせんせいが言い終えると、私の心に何かすっと納得したような、どういう言い回しが他にもあるのか知りたい気持ちが湧きあがってきた。

俳句とは、自分の人生を映し出す鏡である。言葉や表現を少しでも変えることで、自分の世界を自由に表すことができるんだ。
言葉一つだけでも、相手へ伝わるものは全く別物になってしまう。
学校でも習わなかった俳句の導入のような話だった。

だが私はもう一つ疑問に思ったことがあり、せんせいに質問をしてみた。
「あなたの人生を聞いていると、どうして俳句の世界に入り込んだのか気になります。いろんな仕事を成功させて十分富も名声もあるじゃないですか。それで俳句に触れる機会はなかなか無いと思うんですけど・・・」

するとせんせいは少し考えているようで静かになってしまった。年を重ねて刻み込まれたしわがさらに深くなる。そしてせんせいはこう答えた。

「お前さんと同じである日どこかの出来事で知ったんだ。よく覚えていないけれどもね」

「それに俳句は生きている証を残せるんだ。昔の人間は歌合せや辞世の句を詠うなんてこと当たり前だっただろう。俳句はその生きている一瞬の時にしか残せない。どんなに強い権力を持っていたとしても、責任が伴うからこそ自分らしい表現なんて到底できない。だけど、俳句は自分の言葉で自由に表現することができるんだ」

私はせんせいの俳句を愛する気持ちを身体全体にたたきつけられた。
俳句は私の知らないものをもっと見せてくれるのかもしれない。
せんせいは、俳句を知りたければここに連絡をするようにと俳句を渡してくれた。
その後私達はせんせいと別れ、友人と車を走らせて地元に向かった。その間私はせんせいの言葉がずっと頭の中をよぎっていた。

家に帰ってから、俳句の季語や表現について調べられる限り調べてみた。
国語の授業や音楽で聴いたことのあるような言葉もあれば、未知の美しい言葉を見つけることができた。
これらの言葉と日々の生活の一部を言葉として切り取れば、いくらでも俳句で物語を紡ぐことができる。
全ての季語を見終えた後に、私は感嘆の意味のこもったため息を漏らしてしまった。
私の知らない、美しいものがここに詰められる。

私はふとせんせいからもらった名刺を静かに見つめていた。ほのかな檜の香りが漂い、そこには連絡先が書かれていた。
気が付けば、私はペンを片手にせんせいに手紙を書き始めていた。
人に手紙を書くのは一体何年ぶりだろう。手紙は上手く書けないかもしれないけれども、この気持ちだけは先生にしっかり伝えたい。私は一字一句間違えないように、丁寧に言葉を書いた。


―私に、あなたの俳句のすべてを教えてください。


手紙を送った1週間後にせんせいから1枚のはがきが届いた。
「俳句を5句作ってみてください。それを添削してより深いものにしましょう。」
私の胸の内なる期待が高まった。私の俳句人生はここから始まるんだ。
より多くの俳句を人生の中で生み出して、鮮やかな生き方をできるようになりたい。


早速私はペンを片手に新しい俳句を生み出そうと頭を悩ませるのであった。


#いま始めたいこと

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