卒業
私は食べるのが好きだ。
好物を目の前にすると一人前では我慢ができない。できることなら、たっぷり食べたいと思ってしまう。とはいえ、私も四十代。以前より食べる量が少なくなってきた。
しかし残念なことに、私自身はそれをきちんと認識できていないらしい。先日、以前と同じ感覚で料理をしたら、かなりの量を残してしまった。冷凍保存できたからよかったものの、生ものだったら、ゴミ箱行きになってしまっただろう。
食べるのが好きだからこそ、きちんと食べきることを心掛けたい。そう思うのだが、控えめな食事を見れば、物足りないと心が騒ぎ立て、気前よく盛られた食事には、つい顔がほころんでしまうのだ。
こればかりは性分なので仕方がないとは思うものの、そうも言っていられない。余り物を目の前にすると、ほころんだ顔が引きつり、罪悪感に苛まれるからだ。
作り過ぎてフードロスに加担し、余らせてラップを使い、環境破壊の一因になっている。それを思うと、大きなため息がもれてしまう。
その程度のゴミなんて、雀の涙にもならないだろう。
そう思えば気は楽だが、そうやって見て見ぬふりで過ごしていたら、そのうち大きなしっぺ返しを食らいそうで恐ろしい。
生ゴミとして捨てて、収集車で運んでもらえば、一旦は終わりに見えるが、捨てた先で使われるエネルギーは膨大である。そのエネルギーも使って終わりではない。人間と同じように二酸化炭素を吐きだすのだ。
私は暑さが苦手だ。
今住んでいる家は角部屋で、春や秋は快適だが、真夏ともなると猛烈な日差しを受ける。しかもキッチンに至っては温度計が40度近くを指すこともあり、私は毎年、その暑さに悲鳴を上げている。
二酸化炭素が地球温暖化の原因である。
これは、昔からよく言われていることだ。
もし、私が捨てた食材やラップが、夏をあれほどまでに暑くしている一因なのだとしたら、それは雀の涙ではなく、積もり積もって地球の涙となっているのだ。
地球を泣かせるくらいなら、私が泣こう。
そんな大袈裟なことは言わないまでも、気前よく盛られた食事からは卒業し、物足りないくらいの量で満足できるようにしたい。
きっとその方が体にも良いし、減量にも一役買ってくれるだろう。
自分にそう言い聞かせ、作る量を気遣いつつ、今、私はキッチンに立っている。
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