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友人の両親が北京から旅行に来ていたので一緒に食事をした。言葉は通じないものの、アイコンタクトやスマイルという、確かなコミュニケーションがそこにはあった。
何処かで生きていたらいい
なんの偶然か、親しい人を急に亡くした経験のある人と話す機会が立て続けにあった。
親しい人を急に亡くすという経験は、多少なりとも共通の心理状態をもたらすのかもしれない。何年もそこにあったものが無くなると違和感を覚えるように。
私自身よくあるのは、自死した親友が実はこの世界のどこかで幸せに生きているのではないか、という想像(妄想?)だ。勿論、骨壷も見たし一周忌でお線香もあげに行ったから亡くなってい
介護施設でのボランティア。一緒にゲームをしながら、100歳越えのおばあちゃんが呟いた「日本は平和だねぇ」を反芻する。
春になるといても立ってもいられなくなる
大人になるにつれてこの感情が確かなものになってくる。
今年の冬は長かったな。
高校生くらいまでは、巡ってくる季節をただやり過ごしているだけだった様に思う。
冬が近づくとなんとなく憂鬱になって、灯油巡回販売車の音楽でなんとなく物悲しくなって。
そうこうしているうちに年が明けるんだけど、やり残したことがたくさんあるような気がしてやるせない気持ちになる。いつからか家族とまともに会話しなくなったわた
思い出すこととこれからのこと
今日からちょうど1年前、親友が亡くなった。報せを受けたのはそこから1ヶ月ほど経ってからだが。命日であることに変わりない。
こうしてnoteに書きたいと思えるくらい、気持ちが整理できてきたので書き残しておこうと思う。そうなったきっかけとなる出来事、というか人との会話の中で感じられたこと等を書いていきたい。
親友との関係はいわゆる幼馴染、それ以上だった。お互いに家庭環境での悩みがあったから、家族よ
ふとした瞬間に出会う暗示めいた言葉
文化人類学を研究してみたい、と考えることがある。自分自身を社会的集団の中の個として見た時、なぜ自分はその行動をとったか、なぜそう思ったか、理由を知ることに価値があるのでは?と。
前提として、私は私を合理主義的な性格だと思っている。
感情論が苦手だ。
考えたところで解決しないような問題を考えてしまう時間が無駄だと、理性ではわかっている。しかし頭に浮かんでは消える感情に支配されることがある。
この
9400km先に思いを馳せる
昨日、友人がヨーロッパ一人旅へ出発した。
そして今日のPM3:00頃ギリシャに到着したとLINEが入る。
日本との時差は-7時間。
直通便は無いので経由しながら15時間程度かかるらしい。
長い移動時間で疲れて到着したら朝8時かーと考えたら、友人の苦労が窺える。
一方で私は会社でPCと向き合っていた。行ったことのないギリシャの朝の風景を想像しながら。羨ましいなと思う。
iPhoneの時計アプリ