【めりけんじゃっぷ】第6話 good boy & good bye
←第1話「別れの儀式と菓子箱の匂い」
←前話「ロックな砂煙と涙のマッシュポテト」
サマーキャンプに出掛けたトムとは、出発前に別れの挨拶を済ませていた。
『空気のような男』エドはその名の通り見当たらない。
この2人の共通した行動は
「あっさり別れた方がいい」という事。
一聴しただけだとドライな感じがするが、男同士ってやつはそんなもので、照れるというか、気まずいというか、
「わかってるよな?」
という世界観がある。
一方、そんな格好つけた世界観なんてなんのその、
メアリーは朝から僕の傍を離れようとはしない。
これから数時間かけて新たな場所へ向かう僕を車で送る役目は、本来は現地コーディネーターが担うのだが、
「私が連れていく」
なんとメアリーは、コーディネーターを1人で先に現地に向かわせ、僕達が到着するまで待たせるという荒業を繰り出したのだ。
恐らく全世界共通であろう
「母、強し。」
見慣れた街並みを抜けハイウェイに乗ると、ひたすら真っ直ぐに伸びる一本道。都会に住んでいるのであればこの風景は新鮮に映るだろうが、
これまで毎日のように見てきたそれは、僕にとっては『いつもの風景』であり、
感極まって何も言えずにハンドルを握るメアリーと、これからの予定が書かれた紙を確認する僕との間にある、
『微妙な空気』を一層際立たせてしまう全く気の利かない映像でしかなかった。
実際これからは銀行口座の開設、IDカードの発行等、社会の一員としての作業や学校の準備等が待ち構えており、
道中の風景や賑やかな会話は、全て英語で書かれた予定や説明文を理解しようとする僕には、あまり重要な事ではなかった。
車内の静けさに耐え切れなくなったのか、メアリーはラジオをつけ、学校の説明が書かれた紙を僕から奪うと、ハンドルと一緒の手で持ちながら目を通し始めた。
授業の種類や選択方法、部活等の項目は、ようやく2人が掴んだ会話のきっかけとなったものの、
その時間は長く続く事はなく、陽気に流れるラジオだけが、どうにかその場の雰囲気を維持してくれていた。
持参していた5つのチョコチップマフィンはなくなり、最後のラクダを取り出した時、メアリーが地図をとり出した。
それは何を意味するのかをすぐに理解した僕は、口握りつぶしたパッケージの中に再びラクダをねじ込んだ。
すでに涙目の彼女。
地図を何度か確認した後、ついに車は道路脇で止まった。
僕達の到着を待っていた見覚えのある車から、見覚えのある女性が降りて来た。2人が何か話している間に荷物を降ろす。
荷物を載せ替えトランクのドアを閉める音がすると、会話を中断し駆け寄り、声を上げて泣きながら僕を抱きしめるメアリー。
始めて会った時もいきなり抱きしめられたけれど、あの時とは比べ物にならない彼女のド直球な感情が体中を駆け巡る中、
出会いの挨拶同様、考えていなかった別れの言葉は、ごく自然にそして自分でも驚くほど流暢に溢れ出た。
「Thanks for everything. Well...I'll do my best. take care of yourself and I love u so much mom.」
こなれた英語が言えるようになった僕にメアリーは
「You can talk pretty good English now. Good boy.」
(上手に話せるようになったね。お利口さん)
と言うと、見守るコーディネーターに見えないように、そっと僕に手渡したのは、
残りわずかな『ラクダのパッケージ』だった。
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