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特許やぶりの女王~弁理士・大鳳未来~

主人公・大鳳未来は、女性弁理士というなかなかにレアな存在だ。
国内に弁理士は1万人余りいるが、女性はそのうちの14%しかいない。

その主人公と組んで2人で特許事務所を立ち上げたのが、同じく女性弁護士姚愁林
女性弁護士も少ないが、4万2千人いる弁護士のうち19%が女性だ。

 

かといって、女性特有の問題を解決するという気風でもなく、下手な恋愛沙汰が物語に絡まないのは好感が持てる。

意外にもハードボイルドな路線であり、特許が絡んだ事件の謎を解き明かし依頼人を救うというリーガルサスペンスとなっている。

 

作者は東工大の修士卒で元エンジニアの企業内弁理士だという。

なるほどなぁ、と思った。
エンフォースメントを含む特許実務に関して異様に詳しい。

特に冒認出願という専門用語は、特許法を熟知してないと分からない言葉だろうな。
冒認出願とは、発明者の同意を得ずに企業側が勝手に特許を出願してしまうケースだ。

 ちなみに特許法の平成23年改正によって、この冒認出願による発明者の不利益を救済する仕組みが明文化され、近年は冒認出願等を理由とする特許無効審判特許権移転請求訴訟が増えているという。

 

一般に工学系修士卒で製造業に従事している人材は、特許絡みの業務を手掛けることが多い。研究開発を行う部署では必須と言っていい。

かくいう私も、すずかけ台で6年ほど勤務したことがある。
作者とどこかですれ違っていたかもしれない。

 

物語の本編は、架空のVTuberである天ノ川トリィがある企業から特許侵害で警告を受けたことが発端となる。
使用している高精度な撮影システムの技術が、自社が取得した特許権を侵害したものであるという主張だった。

 

VTuberに疎い主人公が説明を受けるシーンで、初音ミクキズナアイの名前が出てきてドキリとする。
出てくる企業名も、にじさんじホロライブを彷彿とさせるネーミングだ。

春原の名前が出てきて笑ってしまった。
作者はニコ動のMMD杯なんかもかなり見ていたようだ。
だとしたら、今のVTuberを支える映像技術についても熟知しているだろう。

 

VTuberは、ああ見えて結構な設備投資を必要とするコンテンツである。

VTuberのリアルタイムキャプチャーシステムは、現行でも1千万円ほどはかかる。

https://mocap.jp/vtuber/

もちろんキャラクターCGモデルの制作は別だ。
とてもじゃないが、個人でシステム一式を揃えることができる代物ではない。

 

 

以前にもnoteで書いたが、モーションキャプチャーだけなら個人のPCで可能だ。
フェイシャル表現だけならLive2Dでもできる。

けど、これらを組み合わせて指の動きまで取り込んで、リアルタイムレンダリングを行うのは実に大変なのだ。

 関節ごとにマーカーを貼り付けたアクタースーツを着用し、顔の表情をモニタリングするカメラを前面に突き出したヘルメットを被って、キャラクターを演じなければいけない。
位置情報のキャリブレーションも必要だ。

 

作中ではこれらをレーザートラッキングで、高精度な三次元測量データとして転送し、瞬時に点群データに変換して3DCGモデルを生成する画期的なシステムが登場する。

この技術を5G通信による仮想ネットワーク上で構築したというのが、特許技術として本事件に関わる重要な技術的アイテムとなっている。

 

これ以上書いてしまうとネタバレになってしまうので詳細は省くが、弁理士である主人公はこの特許をなんとか外せないかと模索する。

相手側の主張を飲んでしまうと、天ノ川トリィというキャラクターの存在が抹殺されてしまうと焦る。

タイムリミットは通常の特許訴訟ではありえないスケジュールで迫ってくる。法律で守られた堅牢な時限爆弾を解体するかのようで、なかなかにスリリングだ。

 

もちろん知財に関する専門知識がなくても楽しめるように書かれている。

惜しむらくは、こんな特許技術を搭載した機材を正体不明のメーカーから天ノ川トリィ個人が購入したという設定だ。

金額は書かれていないがそれなりに高い買い物であろうし、そうした機材をメーカー側のサポートが見込めない状況で買うというのは、ちょっと無理があるかな。

 

 

本当は足が付きやすい国内製ではなく、中華製の怪しげなメーカーにしたかったんだろうなぁ。

ただ、そうすると間違いなく特許法ではなく外為法に引っかかる。

外為法違反容疑となると警視庁公安部が動いて、東京地検特捜部が事件の黒幕ごと根こそぎ逮捕という大騒ぎになる。
でもって容疑者は数カ月もの長期拘留を余儀なくされる。

そうなってしまうと、もう物語はぶち壊しだ。

 なので、作者側としてはあくまで特許法による企業間の係争に留めたかった、のであろう。でないと主人公が活躍する場がなくなってしまう。

 

 

それでも、当作品にとって本質的な面白さが損なわれることはない。

事件解決に至る道筋の見せ方が見事だし、結末もこうした特許係争の実情をよく表している。
着地点は刑事事件のように、明確に勝者と敗者が分かれるとは限らない。
実利的な決着が可能なら、法的にグレーゾーンのままでも構わない訳だ。

 

この辺が知財戦略の一筋縄ではいかないところで、技術を独占すればいいという訳にはいかない。

たとえ基本特許を持っていても、その特許を製品化して市場を広げることができなければ、充分なマネタイズができない。
そして、宝の持ち腐れのまま技術が陳腐化して終わってしまうことも多々ある。

 

 

事件解決に導いた仕掛けが、VTuber同士の横のつながりを利用したものだったというのが感慨深い。

そうなのだ。
この界隈は、所属事務所の垣根を越えてコラボしたり、プライベートでも仲良く遊んだりすることが多い。

アイマス、ボカロ、東方といったニコニコ御三家の影響を受けた若い世代が作り上げたコミュニティなのだ。

 

コンテンツを支えるエンジニアに陽が当たることは少ない。
エンジニアの仕事をストーリーに組み込むのは非常に難しいし、ステレオタイプのオタク趣味とレッテル貼られてのモブキャラ扱いが関の山だった。

けど、デジタルネイティブの若い世代からは、エンジニアに対するリスペクトが感じられるようになった。

 

これもニコ動でエンジニアがどういうツールやスキルを使って、コンテンツ制作しているかを分かりやすく公開したことも大きいだろう。

知財を取り巻く環境は、過去10年間で劇的に変わった。
知財関連の法改正も相次いでおり、より実態に即した法運用が求められている。

 本作品も続編が出るならぜひ読みたい。
また、もう一度知財に関して勉強し直そうかと思っている。

 

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