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デザインシンキングにみる、リサーチの現在地 / デザイン・リサーチ・プロジェクト 「銭湯で、“これからのヘルシー”を考える」 レポート 連載最終回(全3回)

連載第1回:Z世代のキーワード「ヘルシー」を、デザインシンキングの実践から探る
連載第2回:多様なヘルシー観が交わる中で見えてきた「これからのヘルシー」の条件
連載第3回:デザインシンキングにみる、リサーチの現在地

「銭湯で、“これからのヘルシー”を考える」プロジェクトは、デザインの力によってイノベーティブな「これからのヘルシー」を構想し社会実装することを目的に、博報堂ブランド・イノベーションデザイン/SEEDATA(博報堂グループ)と東京大学生産技術研究所のDLXデザインラボが共同で企画。三菱地所株式会社、日本たばこ産業株式会社(JT)、株式会社Xenomaの参画、東京・高円寺にある「小杉湯」の協力を得て、2月より一連のフィールドワーク、ワークショップとプロトタイピングを実施してきたものです。2020年12月には小杉湯にて、試作品の展示と簡易なヒアリングを通したオープンリサーチを行いました。

本連載第1回・第2回では、プロジェクトの概要と実際のプロセス、その様子をお伝えしました。
今回は、文化人類学をバックグランドに持ち、ビジネスでもエスノグラフィリサーチをリードする、博報堂ブランド・イノベーションデザインの津田啓仁から、プロジェクトに込めた、また、プロジェクトを通して見えてきたポイントを、主に「リサーチ」という観点からまとめ、これからの時代における「リサーチ」の可能性を考え、お伝えしようと思います。

さて、今回のプロジェクトは、①テーマである「ヘルシー」について掘り下げるためのデザインリサーチ、②抽象的なインサイトを明確なコンセプトにするためのアイディエーション、③それを具体的にするプロトタイプ開発、そして、④作品展示を通して仮説検証するためのオープンリサーチという大きく4つのプロセスで構成されていました。

そもそもなぜ最初にリサーチを行うのでしょうか?

リサーチを通して「外」に出る

(デザイン)リサーチの目的は、一言で言えば、「外」に出る、ということにあると私たちは考えています。私たちが従来持っていた視野では捉えられない「外」の出来事や価値観に触れることで、新しい機会や領域を発見することが、イノベーティブなアイデアのために求められています。とりわけ、断片的な情報や最適化された情報が溢れる現代において、「外」に触れることはますます困難になってきています。「ここで何か新しいことが起きている」「きっとここに何かあるはず」という感性を常に働かせながら、自分の知らない世界に入り込み、そこで行われていること、出来事に、身を委ねること。自分があらかじめ持っていた予断や、思考の枠組みの「外」に出ること。こうした態度と具体的な方法を通して、視野を広げることをまず最初に行った上で、アイデアを広げていくことが、これからの時代のアイデア創発のためには必要になってくるでしょう。

では、「外」に出る具体的な方法とは何でしょうか。今回のデザインリサーチでは、「全て書く」というややストイックな方法で、エスノグラフィーに取り組みました。「全て書く」とは、本当に「全て書く」ということです。見聞きしたこと、頭に浮かんだこと、連想したイメージ、記憶、緊張や興奮した気持ち、体の状態などなど、フィールド空間(銭湯)で自分の心身に現れた物事を「全て」ノートに記入していきました。そうして頭の「外」に、文字として、考える素材を出し、時間をおいて改めて眺めると、意外な連鎖が起こり、予想もしなかった発見に繋がることが往々にしてあります。
この不思議な現象は、経験則のような、奥義のようなものと言ってもいいかもしれませんが、実際にトライしてみると、誰でも確かに感じられる部分でもあると思います。

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「全て書く」という方法-思想

さて、ここでも疑問が浮かびます。「全て書く」など可能なのだろうか・・・?そもそも、「銭湯に入る」と言った時のどこからどこまでが「銭湯に入る」体験なのだろうか。服を脱いでから?お金を払ってから?はたまた、行こう!と思い立ってから・・・?そしてその過程で、心身に現れた物事の「全て」をノートに書くことなど可能なのか・・・?

この疑問に正しく答えるならば、「全て書く」ことは不可能かもしれません。ただし、実際に「全て書く」つもりで実践してみると、「もうこれ以上は書けない。ここまで書いたんだからオッケーかも」という、一つの限界ラインが見えてくることも事実です。そして、この限界ラインこそ、発想の源です。

一旦限界ラインまで達することができれば、あとはその境界の内部、つまり書かれた事象に腹を据えて向き合えば、自ずと発見は見えてきます。「この中にきっと発見がある」という信じる気持ちを持つと、一見バラバラな一つ一つの出来事や事実の意味が、手触りを持って立ち現れ、意味のあるものとして、言語化できるようになります。

したがって、「全て書く」とは、言い換えるならば「これ以上は書かなくてもオーケー」という境界線を発明することであり、すなわち、「ここに発見が必ず潜在しているから、ここのみを参照すればよい」という範囲策定の技法なのです。その境界線の設定(範囲策定)と、発見への信仰心のようなものこそ、私たちを取り巻く情報社会のリサーチにおける最も重要な資質となるでしょう。

手触りが支える発見の強度

さて、今、「『ここにきっと発見がある』という信じる気持ちを持つと、一つ一つの出来事や事実の意味が、手触りを持って立ち現れてくることになります。」と述べました。手触りというものの重要性も、このプロジェクトで示されたポイントの一つです。

まずプロジェクトは、フィールドワークという個別具体的な出来事や事象に寄り添うフェーズで始まり、「全て書く」態度によって、身体感覚や実感に結びついたリアリティを伴う記述が溜まっていきました。
その次に、コンセプトを規定するアイディエーションのフェーズに移りました。ここでは、個別具体の場面に結びついた記述から、一般化された傾向や特徴、習慣を指し示した、よりコンパクトな表現(機会領域を言い当てたコンセプト)へと、メンバー間で使用する言葉のレベルも切り替わっていきます。

このコンパクトな表現は、メンバー間の理解をより速く・より強く共有するためには大変効果的ですが、プロジェクトが進むにつれて、しばしばメンバー間の実感を離れ、「何が重要なんだっけ、」と、かえって本来の理解を制限してしまうような、過度な一般化をしてしまう危険があります。

そのため、いかに手触りを保った言葉を選び取っていくか、はプロジェクトの終盤まで重要なテーマになってきます。

手触りを保つ工夫の一つとして、プロトタイピングを捉えることもできるかもしれません。
プロトタイピングとは、コンセプトやアイデアを、見たり、触れることができる具体的な形にしながら、検証していく作業です。完成度のレベル差はあれ、手を使って実際に作ることは、文字通り「手触り」をベースにして考えることでもあります。
「なんとなくしっくりこない」「これだと手に取りたくならない」といった直感的な違和感や、「こんな風に使ってもいいかも」「ここを触ってみたくなる」といった無邪気な感想から、さらに具体的な形を修正していきます。

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この修正の流れの中で、本質的な課題を射抜いた言葉を用いなくとも、手の中で、具体的な形のまま、どんどんとアイデアが豊かになっていくのが、プロトタイピングの面白いところです。また、プロトタイピングによって、議論の段階では曖昧だったメンバー間の理解が一気に促進されることになります。

プロトタイピング以外に、展示も同様の工夫として捉えることができます。今回は、実際に銭湯という場で、作品を体験することを通して、さらに想像が刺激されたり実感を持って想起されたりすることがあります。展示も、一種のプロトタイピングであり、一種のフィールドワークであり、重要なリサーチの一手法です。
このように、手や目や体で体験する機会をもうけながら、メンバー間で交わされる言葉を豊かにしてくことが、よいプロジェクトの条件となるでしょう。

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とりわけ今回は、大学・企業・銭湯という多様な所属のメンバーが関わったオープンイノベーションのプロジェクトでもありました。そうした体制で、共通理解を速く・強く形成しながらも、言葉の手触りを落とさないことは、非常に重要な視点と言えるでしょう。

デザインシンキングという名のポジティブシンキング

さて最後に、上記のようなリサーチを実践する中で生まれる、重要な副産物について述べておきたいと思います。それは、「ポジティブになる」という些か取るに足らないが、とても本質的な効能です。

さきほど、「発見への信仰心」という言葉を使いました。「全て書く」というトライの中で、「これ以上は書かなくてもオーケー」という境界線を作り、その境界線の内部に「発見が必ず潜在しているから、ここのみを参照すればよい」という態度のことです。

いま、急速に進むデジタル化によって膨大なデータが蓄積されていき、SNSなどで断片的な声がひっきりなしにフローする時代に、「なんでもわかる」からこそ「何をわかればいいかわからない」という、逆説的な困難があります。
一方で、ある体験を「全て書く」という実践を通して立ち上がる「これ以上は書かなくてもよい」という境界線は、その内部にある一つ一つのバラバラな出来事に対する眼差しを変えます。
「ここに発見が必ず潜在している」という期待によって、なんでもない出来事や事実の裏に、実はすごく重要な意味が存在していることに気づくことが数多くあります。

そうした気づきを体験し、成功体験を積み重ねることで、世界に対する眼差しは少しずつ変わっていくのではないでしょうか。その変化は、一言で言えば、世界をポジティブに眺めるようになる、ということです。
またそれは、ビジネスという文脈で、個人の発想力の向上に、直接的に関わっていく資質なのではないでしょうか。

今回は、デザインリサーチ、および、デザインシンキングという手法を用いたプロジェクトでした。それは一種のポジティブシンキングでもある、ということで、今回の記事を締めたいと思います。

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津田啓仁
博報堂ブランド・イノベーションデザイン イノベーションプラナー
東京大学教養学部(文化人類学)卒/同大学院総合文化研究科(文化人類学)卒。北極圏グリーンランドや南米チリでの滞在・留学など、文化人類学で培ったリサーチ経験や執筆の手つきを活かしながら、博報堂ブランド・イノベーションデザインにて、リサーチ活動、ブランドビジョン策定や新規商品・サービス開発支援などに従事。現在は、アルスエレクトロニカと協業する博報堂アートシンキング・プロジェクトメンバー、博報堂 若者研究所 研究員、東京大学生産技術研究所 DLXデザインラボとの共同開発プロジェクト等担当。

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