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小説 | 島の記憶  第9話 -兄妹-

前回のお話


その日の夕方、神殿の仕事で遠くの村へ出かけていた兄が4日ぶりに帰ってきた。


「ヒロ、お帰り。疲れただろうね、ご苦労様でした」母さんとおばあちゃん、私が迎える。

「お兄ちゃん、お帰り!!」弟のカウリと妹のリアが兄に飛びついていった。

「ただいま!みんなにお土産があるよ。はやく開けて!」

兄は重そうな袋を差し出した。カウリが中を開けると、沢山の木の実が入っていた。硬い殻の中に香ばしい実が入っていて、火でいるとおいしいおやつになる。カウリとリアは大喜びだった。


「パイケアが婿入りした村、なかなかよさそうな場所だったよ。向こうでパイケアとも合った。やつのお嫁さんにもね。二人とも、似合いだったよ。お嫁さんも優しそうな人だった。ここでの式には出られなかったけれど、向こうの村での式は出られたよ。とても華やかに迎え入れられていたので、パイケアも幸せ者だよな。言葉がうちの村と少し似ているから、少し頑張れば大丈夫だと思う」兄は嬉しそうに言った。


「こちらでも宴会は華やかだったよ。何しろ4組いっぺんに結婚したからね。支度も大わらわだったけど、いい式になったよ。」母さんも嬉しそうに言う。


「そうそう、ティア、お前、叔母さんの代わりに歌を歌ったんだって?初めてじゃないか、式で歌うのは」兄が私に向かって言った。


「うん。少し緊張したけど、なんとか歌えたよ。音程、外すかと思った。」

「ティアの声は、叔母さんと違って高いからな。あの曲にはぴったりだよ。腹から声が出ていれば何の問題もない。」


兄はそう言って満足そうに笑って見せた。兄が笑うとこちらも安心する。昨日と今日の緊張が解けたように思えた。


「それにしてもパイケアやレフラは、大変な時期に村の外に結婚していったわね。村の境界線争いが激しい時に・・・ヒロの言う通りいい人たちに合えたのならいいんだけど、正直心配だわ。うちの村ももう少し時期を見て結婚の話を進めればよかったのに」気が収まらないと言わんばかりに母さんが言う。

「それがそうでもなさそうだよ。俺が見た限りでは、パイケアの行った村では村長がパイケアや俺たちを気に入ってくれたみたいでね。村同士で家族のつながりができたのだから、境界線争いもきちんと話し合いをして片をつけようという方向になったらしい。多分、綿の花が咲く草原を半々に分けることで決着するんじゃないかな。」

「本当かい?あの草原を独り占めにする村が出てきたら、それこそ争い事になるんじゃないかと皆心配してたんだよ。あそこがなくなると、あっという間に着るものも作れなくなるし。そう・・・パイケア達の結婚の時期も悪くはなかったんだね。」母さんは安心したように言った。

「もうしばらくしたら、ロンゴ叔父さん達が、レフアが嫁いだ村に行ってくるらしいよ。あっちも問題なくやっているといいんだけどね。」

「レフアが行った村なら問題ないでしょう。うちの村と似たような言葉を話しているし、昔うちの村から嫁いで行った人もいるらしいからね。遠いけれど親戚のようなものよ。」


話を聞いているうちに、私は遠くの村へ行き来できる兄が少し羨ましくなってきた。仕事を始めてからあっというまに行動範囲が広くなった兄は、母さんやおばあちゃんと対等に話ができるようになってきている。


「いいなあ。私も遠くの村に行ってみたい。」

ぽそりとつぶやいた私の目の前に、鬼の形相をした兄の顔があった。


「ちょっと来い!」そう怒鳴った兄は、私の腕をつかんで家の裏へ引っ張っていった。

「兄さん、痛いよ!何?」私は必至で抵抗しようとしたが、兄の腕力には勝てない。


「お前は神殿の巫女になるんじゃないのか?遠くの村へなんか本当に行きたいのか?いいか、自覚しろよ、お前には産まれつきの才能があるんだ。そうでなければ誰が小さいころからお前に唄を教えたり、機織りで文字を教えたりする?お前に特別な才能があるから他の子どもとは違って特別な扱いをうけているんだぞ。他の連中と違って、お前は何が自分の才能なのか、迷ったり苦しんだりする必要もない。村の政治の道具に使われて、他の村の連中と結婚する必要もない。


叔母さんや大叔母さんからもらった大事な生まれつきの才能があるのに、なぜおまえは巫女になってこの村に尽くそうとしないんだ?なぜ外の村に行きたい、などと言える?


それに、お前は知らないかもしれないが、他の村の巫女には偽物も多い。派手な動きをして神がかりになったふりをしたり、わざわざ香草を燃やしたりしてそれらしい繕いをして、お告げという名の嘘をつく連中も沢山いるんだ。

お前は毎日神殿で勤めを果たして、結果を出している。俺はその裏付けを取って確かめているから、お前のお告げが正しい事はよく理解している。俺の妹は本物だって。それをお前が迷ってどうするんだ。いいか、二度とそんな口をきくなよ!」


兄の大きな目が光り、怒りに任せて太い眉毛がぎゅっとあがっている。言いたいことを言い切った兄は、そのまま踵を返して家に帰っていった。


私はしばらく口がきけず、動くこともできなかった。兄は私の言ったことを少し勘違いしている、とは思ったが、兄のあまりの剣幕に私はなにも言い返せなかった。こんなに怒られるのは初めての事だ。


こちらにはこちらの悩みがある。兄には兄の考えがある。


叔母さんに早く相談をしたかった。が、その日叔母さんは私たちが寝付くまで家には帰ってこなかった。

(続く)

(このお話はフィクションです)



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