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小説 | 島の記憶  第10話 -打ち明け話-

前回のお話


翌朝、私が目を覚ますと、叔母さんが母さん達と朝ご飯の支度をしていた。

昨夜はいつ帰ってきたんだろう。夜遅くまで頑張って起きていたが、眠気には勝てなかった。

「ティア、おはよう!もう支度ができますよ。早く手伝って!」

私は急いで母さんたちの所に行き、ゆであがったお芋をつぶし始めた。従姉のマカイアやティアレはもうずっとお芋の準備に追われている。今日寝坊したのは私と従妹のマナイアだけだったようだ。


お腹を空かせた子供たちが毎朝のようにお芋団子の取り合いを始めている。喧嘩がひどくなる前に早くみんなの分を支度しないと。そう考えて、私は石の台でお芋を一所懸命すりつぶして団子にしていった。


「ねえマカイア、お兄さんの所に来たお嫁さんともう話した?」ティアレが聞く。

「うん、少しずつだけど話してるよ。言葉が結構違うけど、何をやっているかはわかるみたい。ほら、あそこでうちのお母さんを手伝ってるでしょ?食べ物もあちらの村と大体同じみたいだよ。うちのお兄ちゃんが忙しくて全然家に帰ってこないから、ちょっとほったらかしになってるんだよね。可愛そうに。」

「結婚って、なんなんだろうね。新しい家族と一緒に暮らすだけ?従兄ちゃんたち、マカイアたちとは別の部屋をもらったんでしょ?」

「うん。でもなんだかんだ言って、お兄ちゃんがいないからさ、うちらとずっと一緒にいるよ。寝るときだけ自分の部屋に行く、って感じ。でもね、ここだけの話だけど、お兄ちゃんたちの結婚って、境界線争いを収めるためだったらしいよ。」マカイアがこっそり言った。

「え?どういうこと?」ティアレが聞き返す。

「村の境界線争いって、ずっと続いてたっていうじゃない?下手すれば争いごとになってたかもって。いくつかの村の巫女のお告げが、若者が隣村に嫁げば解決するって言ったらしいのよ。まあ、冷静に考えれば、結婚して家族になってしまえば、相手の村を襲撃するとかも考えられなくなるしね。でも、悪く言う人は、結婚した若い人たちが人質になった、だって。」

「そんな・・・」

私はティアレとマカイアの話を聞いていて、少しめまいがしてきた。

自分が聞いたり見たりして、ロンゴ叔父さん達に言ったことは、このようにして現実になるんだ。境界線争いのお告げがあったときは、私自身気を失っていたので、何をどのように話したのかは全く覚えていない。意識があるときに見たものや聞いたものならばまだいいが、こちらが気を失っていた時に言った言葉がこれだけ現実に影響するとは、今まであまり実感がわいていなかった。人質、という言葉には寒気がしてきた。


そのとき、目の前に村の末っ子のマナイアが立って、お芋をすりつぶす石の台につかまり立ちして、こちらをにこにこ笑いながら見ている。マナイアは2歳、一人で少し歩けるようになってきている。

「マナイア、見たいの?膝においで」私はマナイアを抱き上げると、自分の膝に乗せた。弟のカウリや妹のリアも、小さいころはよくこうして膝に乗せたものだ。不思議なことだが、小さい子供はなぜか人が何かをやっているのを見ていると急に大人しくなる。


午後になって、いつも通りに叔母さんとの唄の稽古が始まったとき、私は叔母さんにあとで相談があるから聞いてほしいとお願いをした。叔母さんは、真面目な顔をしてうなずくと、普段通りにお稽古をつけてくれた。声の出し方や抑揚、言葉の発音など、いつもより細かい注意が入る。私はいつもより入念に稽古に集中した。

稽古が終わると、叔母さんは村のはずれにある集会所へ私を連れていった。集会所は、村の大切なことを決めるときに大人が集まって話す場所だ。子供はよほどのことがない限り入ってはいけないことになっている。集会所の戸を閉めると、叔母さんは私を部屋の奥の窓辺へいざなった。

「ここなら誰も来ないからね。さて、どんな相談でしょう?」

私は、昨日から考えていた質問を投げかけてみた。

どうして叔母さんは巫女になることを選んだのか。

自分の子供や結婚相手がいない道を選んだ場合、これから先どういう風に生きていけばいいのか。

後悔はなかったのか。

私は周りから特別扱いをしている、と見られているようだが、それは本当なのか。

巫女になるのは特別扱いされることなのか。

言われのない嫉妬をされるときは、どういう風にして対処していたか。


叔母さんは、ため息をついて少し微笑んだ。

「結婚式がこれほどあなたに影響するとはね・・・色々自分で考えたの?」

「ううん・・・結婚式の日は特に何も考えていなかったの。歌を歌う事ばかり考えていたから。でも結婚式が終わってから、人から言われたり、色々な人が話していることを聞いたりして、それから色々考えてて。叔母さんは、どうして今の人生を選んだのかな、って思って」


「人生ねえ・・・私の場合はね、あなたの大叔母さんが身体の具合を悪くしていて、すぐにでも代わりの巫女が必要だったからよ。何か考える余裕もなかった。叔母さんが巫女になったのはたったの10歳の時だったからね。

若いころは、周りの人が羨ましく思えたこともあるわよ。自分も子供を持てたんじゃないか、とか、だれか一人の人から愛されることを経験したいな、とも思った。

でもね、巫女になるとお告げをするだけではなくなるのよ。村全体の安全を祈ったり、この間の結婚式の祝福みたいに、村の人たちの人生の節目とかかわることもある。あと大事なのは、村の人たちの相談に乗ること。

あなたが朝のお勤めをやっている間、叔母さんは大概村の人たちの相談に乗っているの。皆、楽しく暮らしていることには変わりはないんだけれど、心の中には抑えきれない悩みを抱えている人が沢山いるの。

子供ができなくて悩んでいる人、家族との絆を深められない事、仕事がうまくいかない事、自分の病気の事。家族の死から立ち直れない人。

そういう人たちと話していると、自分の不満がとても小さなものに思えてくることがあるの。叔母さんは長い事村の人たちから沢山話を聞いているから、自分の言葉で助言をすることもあるし、解決が難しそうだったら、神様にお願いして言葉を下ろしてもらうこともある。そうして、村の人たちの心を支える、というのも巫女の大事な役目なのよ。

人から嫉妬を受ける、って言ってたけれど、その人たちは、その人たちなりに心のなかに葛藤があるんだと思うよ。具体的には何を言われたの?」

「特別に唄を教わったり文字を教わったり。生まれつき才能があるから、自分の将来に悩まなくていい、とか。」

「それは、巫女の仕事を分かっていない人だからそんなことを言うんだと思うよ。巫女の仕事をするのはそんなに簡単なことじゃない。今言った、村の人の話を聞くのもある意味大変な作業ね。

それに生まれつきの才能があったとしても、あなたが毎日やっているようにきちんとお勤めを果たすのはそう簡単なことじゃないでしょ?ティアは多分自覚がないかもしれないけれど、ティアのように毎日神様からのお告げを受け取れる人は、そうそういないと聞いているわ。あと、しばらく前に、お告げを受け取るときに気を失った、と聞いたわよ。自分の意識がない時に受け取ったお告げは、純粋に神様があなたの口を借りて話したことだから、これも自信を持っていいと思う。

それに、巫女になっても家族が支えてくれるから、先の事は心配しなくても大丈夫。以前ヒロが、ティアは俺が守ると言っていたわよ。今は小さいカウリやリアも、大きくなれば巫女がどのような仕事をしているか、きっと理解してくれると思う。あなたのお母さんやお父さんがそうだったようにね。

叔母さんの経験は叔母さんのものでしかないけれど、ティアの場合は巫女になるかならないかは自分で考えて決めていいのよ。その分大変かもしれないけれどね・・・」


叔母がやっているお役目は、これまできちんと聞いたことがなかった。村では誰でも相談に乗ってくれるものだと思っていたのだが、今日私が叔母さんに話したような誰にも話せないような悩みは、みんな何かしら抱えているんだ。それを叔母さんは長年受け止めてきている。

お告げをするのがどのように村に役に立っているのかはまだ私は十分に理解をしていなかったが、叔母さんのやっている人の相談に乗ることは、今の私にはとてつもなく大きくて重要な役目だと思えた。

(続く)

(このお話はフィクションです)

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