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小説 | 島の記憶  第29話 -夫婦-

前回のお話


神殿で暮らし始めて何日経っただろう。私は初めての休暇をもらい、マイアおばあさんの家へと向かった。


家の入り口にたどり着くと、ちょうどマイアおばあさんが出てくるところだった。私は思わず大きな声で呼びかけた。

「まあ、お帰り!今日は尋ねてくれるんじゃないかという気がしてたのよ。ちょうどうちの孫も今日帰ってきてるんでね。さあ、入って!」


久しぶりに帰ってきたマイアおばあさんの家は、懐かしく感じられた。ここで私は左足を失った後の痛みに耐えた。そのことも随分昔の事のように感じられる。

食卓には、タネロレの姿があった。椅子に腰かけた彼は、テーブルの上に脚を投げ出していた。私が部屋に入っていくと、タネロレは飛び起きて私に椅子をすすめてくれた。

「さっき祖母ちゃんに聞いたよ。この街に来てからうちにずっといたんだってね。今日が休みだとは知らなかったよ。知ってたら一緒に帰ってこられたのに・・・」

「ありがとう。でも、早く一人で街を歩けるようにもならないと。ここは本当に大きい街ですね。うちの村がすっぽり入ってもまだあるくらい」

私はこの街の言葉で返した。それに気が付いたマイアおばあさんが、嬉しそうに言った。

「まあ、こんなに短い間に随分と言葉を覚えた事。やっぱり巫女の仕事で色々な人と会っているのでしょうね、上達したわ。」

「ありがとうございます。私の村の言葉ともほんの少し似ているし、それに神殿の皆さんが良く教えてくださっています」

「今日のお休みはあなただけ?」

「いえ、インデプも休暇だと聞いています」

「あら、そうなの。そうしたらインデプ達二人を夕食に招こうかしら。なかなか二人に合うこともできないからね。」

「祖母ちゃん、久しぶりの休暇なんだから、二人にさせてあげれば?なかなか家にも戻れないんだろう、あの二人も・・・」

二人とは誰のことだろう?私は尋ねてみた。

「インデプとテマナオだよ。知ってるでしょ?あのご夫妻の事。」

ご夫妻?

「二人は結婚しているんですか?!」私は思わず大きな声を出してしまった。

「そうだよ。あれ、聞いてないの?」タネロレが驚いたように言う。

「全然・・・そんな話になったことがなくて」

「神殿では、審神者と巫女の夫婦が一組になって仕事をしているんだよ。巫女は夜遅くに歩いて帰るのは少し危険だから神殿に部屋を持っているけど、審神者は家から通っているんだよ。なんだ、誰も教えてなかったのか。でも、君の村でもそうじゃなかったの?」

「いえ、うちの村では巫女は結婚しないんです。神様の花嫁という立場なので。」

マイアお婆さんとタネロレは顔を見合わせた。

「場所が違うと巫女の立場も随分と違うのね・・・ここの街では、巫女と審神者は夫婦そろって力を出し合うと聞いたことがあるわ。やっぱり今日の夕食にインデプ達を誘ってみるわ。普段聞けないことも聞けるかもしれないし」


その日の夜、インデプとテマナオ夫妻がマイアおばあさんの家に来て、私たちは一緒に夕食を囲んだ。

私がインデプとテマナオが結婚していることを知らなかったという話題になった時、インデプは不思議そうな顔をして尋ねた。

「これが普通だと思っていたからねえ・・・あなたはまだ若いから結婚という話もまだないだろうけど、村では審神者と巫女は結婚しないの?」

「審神者は結婚していますが、巫女は結婚しないんです。神様の花嫁、という立場なので」

「そうかい・・・まあ、聞けば小さな村だし、巫女のなり手もここに比べれば少ないのかもしれないね。あなたの叔母さんだって、あなたが産まれるまでたった一人で巫女をしていたんでしょ?それじゃ結婚して家族をもつ余裕もなかったかもね・・・それに審神者と必ずしも結ばれるわけでもないだろうし。ご家族や親戚しかいない村の中では、お互い結婚するわけにもいかない事情があったかもしれないね。」

テマナオが続ける。

「お一人で巫女をするとなると、相談者の人生から色々学ぶんだろうな。我々の様に家庭を持ったり、子供をもつという人間関係を体験せずとも、相談に乗れるようになるんだろうね。」

「お二人にはお子さんがいらっしゃるんですか?」

「ああ、いるよ。息子が二人ね。小さい頃から神殿に連れて行って、神殿の下働きの人たちが面倒を見てくれていた。ある程度大きくなってからは、我々の仕事を見たり、舞の稽古を見たりして育ったね。今は二人ともタネロレ達と一緒に踊り手になっている。」

「プアイティの所ももうすぐ結婚するようだし、また神殿に子供がやってくるんだろうね。楽しみでもあるよ」インデプが嬉しそうに言った。


あまりの価値観の違いに、私は言葉が出なかった。インデプやテマナオが言うように、私たちの村の様に小さい所では、審神者と巫女が結ばれることは難しいだろう。アリアナ叔母さんが巫女になったころはまだ10歳。その時ロンゴ叔父さんはすでに家族を持っていたし、あの二人が夫婦になるはずもなかった。アリアナ叔母さんの結婚のためだけに、審神者という村の事を仕切る立場の人を外から呼ぶことも考えられなかっただろう。大叔母さんのミア叔母さんの時も似たような状況だったのかもしれない。神様の花嫁という立場は、誰かが作り出した決まり事なのかもしれない。そう思うとすべてに納得がいった。

どちらの仕組みでも、人の相談に乗ることはできる。どちらか一方が良い方法だとは決めつけられない。アリアナ叔母さんやミア叔母さんの人生を否定するつもりはないが、巫女として別の人生を歩む方法がある知った今、私は目から鱗が落ちたような気がした。


(続く)




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