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小説 | 島の記憶  第25話 -相談者達-

前回のお話

その日の午後、私たちは神殿の巫女の居間で、昨日見たもう一人の巫女と会って挨拶をした。

「ティアです、初めまして」

その人も、やはり私が古語で挨拶をしたのに驚いていたが、インデプが説明をしてくれたので、その人も古語で返してくれた。

「プアイティです。始めまして」


居間に座り、昼食の果物を食べながら巫女達が普段どのように働いているかを説明してくれた。

午前中は、街のためのお告げを毎月交代でやっていること。懸る霊との交流がスムーズであれば、そのまま次の月も続けることがあること。他の二人は、街の人々の相談事に乗ることが主な仕事だった。悩み事を聞いて、それに必要があれば相談者の近くにいる霊に聞いて助言をすることもある。相談事のある人は事前に神殿に連絡をしてきて、巫女が忙しすぎるときは、他の日に来てもらうようにしているという。

その他、街の大きな集まりがあり、儀式などで歌う事も大事な仕事のうちの一つだという。

「唄はおいおい教えよう。ティアは、今日は私たちの仕事を見て学んでほしい。本当に色々な人が来るから」プアイティとライナは笑顔で言った。


インデプも相槌を打つ。「本当にね・・・色々な人が来るよね。さっきライナの交霊をみた所だから、次はプアイティの仕事を見てもらって、その次はライナのを、最後に私の仕事を見てもらおう。」そうして午後の予定が決まった。


昼食が終わって一休みすると、私とインデプはプアイティの仕事場に付いて行った。石の床では杖の音がカツーンと鳴って歩くたびに少しうるさい。今日が終わったら、いらない布を貰って、杖の先に巻かなくては。

プアイティの仕事場はライナの仕事場の隣の部屋で、ゆったりした部屋だった。中では最庭の男性が待っていた。ロトゥイという名前の男性だった。ライナの時と同じように、二人で座る場所を準備し、その間私は部屋の隅の目立たないところへ腰を下ろした。杖がどうしても邪魔になってしまうので、私は壁と自分の背中の間に杖を寝かせた。


部屋に入ってきたのは、50歳ほどの女性だった。プアイティとロトゥイが入ってきた女性と座って話し始めると、先ほどと同じようにインデプが説明をしてくれる。

「あの人は、長く病気だった父親を幾日か前に亡くしている。葬儀も済んでだいぶ経つが、病で苦しんだ父が夢に出てきて、心配しているという。今も苦しんでいないか、どうしているか知りたいそうだ」


プアイティが姿勢を正して座り、ロトゥイがそばで膝をついて待機する。

やはりプアイティの喉がグルグルといびきをかいているようになり始めた。部屋の明るさの加減だろうか、私には白い人の影の様なものがはっきり見えた。その白い影はプアイティの中に、右側から入っていく。

午前中に見たライナの時と同じように、プアイティの顔も変わっていった。まず、プアイティの豊かな黒髪が縮れた白髪になり、顔にだんだん皴が寄り、顔の輪郭も目鼻立ちも変わっていく。ほどなくしてプアイティの顔は老人の男性になっていた。あまりの驚きを隠せない女性が口を開く前に、プアイティが話し始めた。しわがれた男性の老人の声だ。審神者のロトゥイが何かをしきりに話している。プアイティも話を続ける。神殿にやってきた女性から涙があふれ、嗚咽する声が部屋に響いた。インデプが説明してくれた

「あの老人は亡くなってから、すっかり若返り、病気もなければ体の痛みもすっかりなくなっているとのことだ。今の姿は、本当は若い頃と同じだけれど、娘さんが分からないだろうから、と死ぬ前の自分の顔になってみたという。今は先きに亡くなった友人達やお父さん、お母さんと一緒に楽しく暮らしている。でもやはり娘さんが気になるので、来れるときには地上にやってきているそうだよ」

「霊はいつもどこにいるんですか?」私は尋ねた。

「いろいろなところにいるけれど、地上にずっといるのはあまり良くないとされているね。神様の世界に行くのが一番だとされている。あちらに行くと、どんなに高齢でなくなったとしても若返えるのだそうだよ。」

交霊が終わり、女性は涙を拭き、安心した様子で部屋から出ていった。プアイティとロトゥイが見送る。


次にライナの部屋へもう一度戻った。

今度部屋にやってきたのは、少し酔っぱらっているのかと思しき男性だった。

審神者のマナハウも部屋にいた。ライナとマナハウは少し話し、マナハウは部屋の反対側の壁の所で座った。

反対側の壁のある部屋の隅にいた私は、インデプに何があったのかと尋ねた。

「まあ、見なさい。途中で説明するから」

男性は、千鳥足の脚で床に座ると、涙声で何かを訴えかけ始めた。ライナは穏やかに、でも時々強い口調で男性に語り掛けている。男性も負けじと哀れな声を出すのだが、ライナはきっぱりとした口調を止めない。

途中、ライナは姿勢を正して目を閉じ、何かを語り始めた。

それを聞いた男性は、酔った口調が少し収まり、最終的には黙り込んでしまった。

何が起きているのかよく分からなかった私は、インデプに説明をしてもらった。

「あの男は、ここにもう10年以上来ているんだよ。若いころから、お告げで酒と悪い薬になるハーブには手を出してはいけない、と何度も注意をされ、背後にいる霊にも何度も注意をされていた。

しかし、その後彼はお酒に手を出し、最近は悪い薬に手を出してしまった。あんたの村にもなかったかね?少量なら痛み止めになるんだけど、大量に使うと幻覚がでて、下手すると死んでしまうような危険な薬さ。あの人を治す老人の薬箱に保管されているはずなんだけど、老人の薬の仕入れ先を突き止め、そこから失敬してきている。

今日聞いたのは、またいつもの質問だよ。自分はどうすれば良くなるか、やり直せるか。こればっかり聞いている。そのためにはお酒もやめなければいけないし、薬も絶たなければいけない。毎回それの繰り返しさ。背後についている霊も、最後まで見捨てないでいるつもりのようだが、他にあの男についていた霊たちはかなりいなくなってしまったようだね。」

「病人の世話をするところはないんですか?」

「あれはまだ自分の足であるいているからね・・・これで立ち上がれなくなったりしたら、ちゃんと病人を見る場所があるから、そこへ行くことになるね。

巫女をやっていて一番つらいのがこういう男の様な事案だね。はじめからお酒や薬に手を出してはいけないと言っているのに、それに耳を傾けない。それどころかお酒の量もどんどん増えるし、薬もどんどんやめられなくなる。

こういう仕事は巫女をしていて一番つらいね。私たちができるのは未来に起きることを言うだけだけど、それを聞いた人にこらえ性がなければこちらの言ったことはすべて水の泡さ。私が今見ていた限りでは、あの男はすぐに亡くなるね。ライナは男性が生きるために相談に乗っているので、そんなことは絶対言わないだろうけれど、どこまで続くやら。」


後日聞いたところによると、男性はある朝、無くなったそうだ。お酒の飲みすぎから来た病気と、薬のやりすぎが原因だった。仕事をせず、ずっと自宅に閉じこもったままだった男性には友人もおらず、街が代表して彼を墓地に葬ったという。花はささげられなかった。


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