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小説 | 島の記憶  第26話 -生霊-


前回のお話


ライナの部屋を出た後、インデプは私を彼女の仕事部屋へ連れて行った。インデプの部屋はライナの仕事部屋の向かいにある。入り口を入ると、審神者と思しき初老の男性が待っていた。

インデプが話しかけると、その男性は私に若いりやすいように古語で自己紹介をしてくれた。

「テマナオです。この神殿につとめてもう40年ほどになります。」


私は一瞬ロンゴ叔父さんやタンガロアお爺さんを思い出して、目に涙が浮かびそうになった。急に涙目になった私にテマナオは一瞬ひるんだが、インデプが分かる限り私がどのようにしてこの土地に来ることになったかを説明してくれた。

「襲撃か・・・この土地でもずいぶん前にあったはずだが、最近は聞かないな。それにしてもご家族が心配だね。無事でいてくれると良いのだが」


私はテマナオにお礼を言い、インデプにいざなわれるままに部屋に入っていった。

昨日、私が霊視をしてもらったと同じ場所だ。プアイティやライナの部屋にもあったが、ここの石は特別だ。光り輝くように見えるものもあれば、さっきインデプが話していたオーラのある石もある。オーラは石によって違った。ふわりと石を取り巻くように優しく光を放っている物もあれば、まるで自己主張をするかのように強い光を放っている物もある。


私が石を見ていると、インデプが小さな石の入った袋を持ってきた。

「これは水晶という石なんだ。山で土を掘っていくととれる。滅多なことでは手に入らないんだけれど、これは私達巫女が、自分を守るためにそばに置いているんだよ。今日来る相談者の霊視を見る間、あんたも一つ身に着けておいた方が良いね」

そう言って、袋を開けて石を取り出して木の入れ物に入れながら、インデプは言った。

「この中から、一番いいと思う石を選んで」


私は木の箱を見た。浅いその木の箱の中には、黒っぽい石が沢山入っている。中でも明るく白い光を放っている石もいくつか見受けられた。私はその石を箱の中から取り出した。

「そうかい、その石ね。それは悪いものからのお守りだよ。左手に握っていなさい」


そう言うと、インデプはテマナオと一緒に相談者が来る準備を始めた。


入り口に現れたのは、50代くらいの男性と、20代くらいの女性だった。親子の様で、顔立ちが良く似ている。女性は具合が悪そうで、父親に寄りかかるようにして、足元をふらつかせながら部屋に入ってきた。


気が付くとライナが横にいた。

「私はあんまり古語が得意じゃないけどね、インデプとテマナオが何をするか教えてあげる」そう言って、私を部屋の隅に連れて行った。

「多分今日のインデプのお勤めは、厳しいものになるんじゃないかな。あの女性は、あるものに憑かれている。そのせいで具合が悪くなっているんだ。へその下のオーラがおかしなことになっているだろう?そして頭の周りには何が見える?」

「黒い煙の様なものが見えます」

「それさ。今まで何度か通ってきて、憑いている物が何なのかわかり始めた所だよ。今日は恐らく、インデプとテマナオでその憑いている物をなんとか引っ張り出すのではないかな」」


憑いている物を引っ張り出す?そんなことができるんだ。

私の村では、まだ何かに憑かれた人を見たことがなかった。いや、単に私が気が付いていなかっただけで、叔母さんが対処していたのかもしれない。


それにしても、何かに憑かれると周りのオーラがこんなにも変わるのか、と私は驚いた。普段私が見えているのは、人の周りになんとなく雲の様な形の色がふわふわと浮いているように見えるのだが、この女性は頭から黒煙の様なものを出し、お腹周りは濁った朱色になっている。


準備ができたインデプとテマナオは、早速その女性と男性を座らせると、女性から何かを聞き、その父親と思しき人にも何かを訊ねた。

するとインデプは目を閉じて姿勢を正した。しばらくそのままの姿でいると、今度はテマナオが女性の背中に向けて何か大きな声を出している。

しばらくテマナオが声を出し続けていると、女性の背中の、首の後ろ辺りから黒い塊が出てきた。

それはまるで抵抗するかの様に女性の体の中に戻ろうとする。テマナオが引き続き声を上げ、黒い塊はゆっくりと、まるで嫌がる子供の様に少しずつ女性の身体から離れ始めた。黒い塊が女性の身体から出きった瞬間、それはインデプの身体に吸収された。


その瞬間、インデプの顔がどんどん変わり始めた。若い男性の顔に変わっていく。目や鼻、口がだんだん変わってゆき、最後には短い黒髪の30代くらいの男性に変わった。

目のぎらぎらした、不気味な雰囲気の顔だった。インデプに乗り移ったその男性は、大声で笑いながら、女性に向かって何かひどい言葉を浴びせているようだった。

それに対して、テマナオが落ち着いた声で、話しかける。インデプに乗り移った男が何か一言を叫びながら言うたびに、テマナオは話しかける。それが何度も何度も繰り返された。


「ついにやったね。」隣にいたライナがそっと私に語り掛けた。

その男性は、生きている人の魂とのことだった。この土地では生霊と呼ばれている。男性は女性に横恋慕をしていた。女性が断ると今度は女性の後をつけてどこまでも来るようになり、ついには女性の家に侵入するようになったという。

身の危険を感じた家族は、女性を隣村の祖父母や叔父、叔母のいる家へこっそりと預けた。女性がいきなりいなくなったため、男性はふつりと女性の家へ来なくなった。

これで安心かと思いきや、祖父母の家に預けた女性が原因不明の病気にかかり、一時は起き上がることもままならなくなったという。

病気の人を見舞う人があれこれと薬を試したりしたものの一向に改善が見られないため、女性の父親がこの神殿に連れてくるようになったという。

神殿に来て、すぐにこの女性には、男性の生霊が懸っているということは分かったのだが、生霊はしぶとく女性の身体から離れない。今日は、その生霊をインデプに乗り移らせて、なぜこんなことをしたのか問いただしているというのだ。


男性は、女性が自分のものにならない限り女性の元を離れない、と言った。

女性は、小さな声で、お酒と薬におぼれるような男性はごめんだという。男性が大酒飲みで、悪い薬もやっていることは、街では有名な話だった。


テマナオは、その男性に語り続けた。そのうち、男性はふっと姿を消してしまった。

一瞬、空気がピンとして緊張が走った。だが、女性は次第に自分で座っていられるようになり、インデプの顔も元に戻っている。


「あれは、もしかしてあの男が亡くなったのかもしれないね。これは良くない印だね・・・生霊を飛ばすような人間は、こんどは霊になって帰ってくることもある。

今度はあの娘しだいだね。霊に憑かれるということは、それなりの理由が娘の方にもあるんだから・・・生霊だろうが、霊だろうが、ほんの少しでも優しい心をもって同情などしたら、それこそつけ入るすきを与えてしまう。

あの娘は自分では気が付いていないだろうが、何らかの形で男性の事を考えてしまう時間が多かったんだろう。恐ろしかっただろうが、これできっぱり男性の事は忘れて、思い出すこともないくらい毎日を一生懸命生きないと、また同じことの繰り返しになる。」


こんなに恐ろしい事もあるんだ。私は心底人間の魂が恐ろしくなった。今まで私に懸ってきていたのは、私の村の祖先がほとんどで、愛情にあふれた人たちばかりだった。この土地には、私の村とは比べようもないほど人が多くいる。人がいればいるほど、人間関係も複雑になり、このような事態が起きるのだろうか。それとも、私が自分の村で気が付いていなかっただけなのだろうか。私は自問自答をした。


(続く)


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