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小説 | 島の記憶  第13話 -行く手に来るもの-

前回のお話


春分が近づいていた。雨季ももう終わりかけ、晴天が続く日が多くなってきた。子供たちはまた泉まで水を汲みに行きはじめ、お手伝いも忙しさを増していた。

ある朝、また早くに目が覚めてしまった私は、いつものように浜まで出かけた。海は穏やかで、朝焼けの空が紅色に染まっている。私は伸びをして潮風を思いっきり吸い込んだ。潮風に身体が清められるような感覚がとても好きだ。山の神殿とはまた違った荘厳さがあり、海と自分は切っても切り離せないように思う。

ふと見ると、カヤックのそばに人影があった。

近づいてみると、カイがカヤックの手入れをしている。私はカイに声をかけた。


「おはよう!こんな時間からもう働いているの?」

カイは一瞬驚いたようにこちらを見上げ、挨拶をかえした。

「おはよう、ティア。ゆうべ手入れを仕切れなかったんでね。浮きに使うココヤシも入れ替えないといけないし。気になって昨日はあまり眠れなかった。」

「ココヤシを浮きに使うの?」私は少し興味が出た。泳ぐのが得意な漁師たちだが、浮きはどんなことに使うんだろう。

「そうだよ。草のつるで作った大きな網があるだろ?それをココヤシに括り付けて魚が来る場所に浮かせておくんだ。そうすると一晩でかなりの数の魚がかかるんだよ。」

「漁ってそうやるんだね。以前は銛を使っていなかった?たしか去年ぐらいまでは銛を使ってたような気がするんだけど」

「銛は大きな魚に使うんだ。大きい魚は夏まではこのあたりには来ないからね。網は小さい魚を捕るときに使う。今は季節柄小さい魚の方が多いからね。最近も食事に出てくるのは小さい魚ばっかりだろ?」

「そういえばそうだね。最近は魚のスープが多いものね。季節ごとに獲れる魚か・・・カイ、ずいぶん詳しくなったんだね。」

「俺は漁が楽しくてやってるからね。季節ごとにどんな魚が捕れるか、どこに行けば魚が多くとれるのか、どんな種類の魚がいるのか。覚えることが次から次へときて、やめられないよ。色々な漁の仕方を工夫するのも面白いし。アピラナ伯父さんも俺やアリキに自由にやらせてくれるようになってきているし、来年になれば漁師の見習いでもっと任されることが多くなると思う。楽しみだよ。」

「カイはもう漁師になるって決めてるの?」

私は思わず聞いてしまった。カイやアリキはこの夏至が来たら15歳になる。仕事を本格的にスタートさせ、大人の仲間入りをする年齢になる。自分の将来に迷いの残る私は、誰かの話を聞いてみたくてたまらなかった。

「俺は小さいころから海が好きだし、魚も好きだね。見るのも、獲るのも、食べるのも。幸いアピラナ伯父さんが良くしてくれるから、子供のころから沢山の事を教わってきている。今まで続いているってことは、漁師は俺に向いてるんじゃないか、ってこと。まずはやってみないと分からないけどね。大人が漁でやっていることは、俺やアリキもまだ手が出せないことが多いし。でもわくわくするんだよ。これから自分たちも目も前の大人達の様に大物を捕まえたり、さばいたり、新しい漁の仕方を考えたりできるようになれるんじゃないかって。」

「そうか・・・小さい頃からやっていることで、続いていることか・・・」

「ティアも将来何をするかは考えているんだろ?おばあちゃんと機織りしたり、叔母さんと歌ったり。山の神殿でも勤めを長くやってるじゃないか。続いてるってことは、きっと向いているってことだと思うよ。」

「そうだね・・・少なくとも小さい頃から続いてるのはその3つ。」

「3つもあるなんてすごいな。俺は漁師の仕事しかしてないから、あまり沢山の事ができるわけじゃないけど」

「ううん、数なんて関係ないよ。やっぱり村の人が生きていくための仕事って、それだけの価値があると思う。山で猟をしている人達が何も捕れなかったら、カイ達の獲物で私達は食べていけるんだもんね。私のやっていることは誰かが生きていくためのものなのかな」

「俺たち、この前命を救われたじゃないか。ティアが止めてくれなかったら、嵐の海で皆おぼれて死んでたかもしれないんだよ?それって十分人の役に立っていると思うけどね」

「そっか・・・」



私はその時まで自分のやっていることが人のためになっていると思ったことはなかった。特に最近は山の神殿でのお告げの仕事の最中は意識がない状態が続いているので、正直自分は神殿に行って、帰ってくることの繰り返しで、自分が何をしているのかすらも分からなくなる時がある。

「それはそうとさ、アリアナ叔母さんって、どうして結婚しなかったんだろうね?村だとほとんどの人が結婚してるけど、叔母さんもレフラみたいに旦那さんをなくしたりしてるのかな」

カイの疑問に、私は一瞬どう答えていいのか分からなくなった。仕事のため、といえばそうなんだが、神殿の巫女は神の花嫁になる。これをどう説明したらいいんだろう。

「ティアもいずれはおばあちゃんの様に機織りか、叔母さんの様に巫女になるんじゃないの?そうしたらずっとこの村で一緒に暮らせるよね?」

カイは話を続けた。

「正直、従姉達がどんどん外に嫁に行って、知っている人が少なくなるのは寂しいもんだと思ってたんだ。ティアが巫女になったら、この村でずっと務めるわけでしょ?そしたらずっと一緒に暮らせるし。」

一瞬、カイが何を言っているのか分からなくなった。確かに巫女になれば外の村に行くことはできなくなる。そもそも、誰かの所に嫁ぐなどできなくなる。

「俺も小さい頃からやってきた漁でがんばるから、お前も機織りか巫女のどっちかでまず働いてみろよ。うちの村は、大人の仲間入りしたらまずは仕事に向いているかどうか試してもらえるだろう?ティアも色々なことを小さい時からやってきてるんだし、どれが向いているか、マラマおばあちゃんやアリアナ叔母さん達に見てもらうと良いよ。せっかく小さい頃から続いていることがあるんだもの、いやでなければ途中で投げ出さないほうがいいと思う。」

カイの励ましに、少し心が動いたような気がした。あの雨季の日、私は確かに大勢が溺れる場面を見て、アピラナ伯父さん達を漁に行かないよう止めた。それを役に立ったと言ってくれる人がいる。私が小さい頃から続けてきたことも、どんな形か分からないけれども、どこかで誰かの役に立っているのではないか。

以前兄さんが怒ったことが思い出された。兄も少し勘違いをしているようだが、あれだけ怒るのは小さい頃から唄や織物を教えてくれた叔母さんやおばあちゃんに感謝がたりない、という事なのかもしれない。私が続けてこられたのも、二人が辛抱強く教えてくれたおかげ。ロンゴ叔父さん達も優しく一緒に仕事をしてくれて、多分これからも一緒にやっていけるのかもしれない。

今日、これから一日が始まる。私は今日の山の神殿でのお勤めと機織りの仕事、唄のお稽古をいつもよりももっと真剣にやってみよう、という気持ちになった。


遠くから母さんの声が聞こえた。

「ティア!そんなところで何しているの!カイもいるのね、二人とも朝ご飯よ!早く来ないとなくなっちゃうから急ぎなさい!!」


そんなに長く話していたのだろうか、朝日はもう昇っている。

私達は大急ぎで村の広場へ走っていった。広場ではマカイアとティアレが真っ先に私を見つけ、「ティア!今日はどこ行ってたのよ!3人でお芋つぶすのは大変なんだから!」と声をかけてきた。同い年のマナイアも必死になって芋団子を作っている。

「ごめんなさい!すぐに手伝う!」私は石の台を持ってきて、いつものようにゆでたてのお芋をつぶし始めた。


(続く)

(このお話はフィクションです)

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