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小説 | 島の記憶  第14話 -道-

前回のお話


朝ご飯のあと、片付けをしながらマカイア、ティアレ、マナイアの三人が、こちらをちらちら見ながら、何かくすくすと笑っている。「もう、何?さっきから笑ったりして・・・」私は思わず声をあげた。

「だってね・・・寝坊したかと思ったら、カイと一緒に浜の方から走ってくるんだもん。一緒に何してたのかな、って」マカイアは必至で笑いをこらえようとしていた。

「ちょっと話してただけだよ。朝早く目がさめちゃって、浜にいったらカイがいてさ、漁のこととか将来何になりたいか色々話したよ。」

「将来ね・・・うちの弟ったら漁のことで頭いっぱいだもんね。誰かさんの事も・・・」そう言って、マカイアはまた小さく笑った。」

「誰かさん?」私は尋ねた。

「ティア、あなた、自覚ないの?」マカイアが続ける。

マカイアが言っていることが全く分からなかった。誰かさんの事って、私の事?

「ま、自覚がないならしょうがないよね。」ティアレがあきれた、とばかりに言う。


「ねえ、マカイア、ティアレ、今のお仕事をどうして選んだの?」

私は先ほどのカイの話が気になって、他の人達の話も聞いてみたくなった。

「何、急に?」ティアレが言う。それを遮って、マカイアが話し始めた。

「私は服が好きだからかな。綿がないと糸も作れないし、糸がなければ布も作れないし。糸を染めるのだって面白いのよ。綿摘みは大変だけど一年中できる仕事ではないし、それに摘み終わったらあとは糸に紡いでしまえば、染めができる。ちょうど雨季で水が沢山あるときにできるから、秋のうちに綿と一緒に木の皮や根っこ、木の葉や木の実の殻を集めておいて、糸ができたら色々な色に染めるの。

今はどの木の皮や根っこが染料になるかを教わっているところ。糸紬や綿摘みは小さい頃からやっているけど、どの材料が糸を何色に染めるか教わるのはすごく楽しいよ。どうしても茶色っぽい色が多くなりがちだけど、うまくいくと空色や茜色の糸ができて、誰の服になるんだろうと思いながら仕事しているともっと楽しくなるしね。将来は自分で考えた色の糸に染めてみたい。」マカイアが楽しそうに話した。


「私は畑の仕事が性に合ってるな。」ティアレが続けた。

「子供のころから、泉の水汲みが終わって朝ご飯を食べたら、すぐに畑で叔母さん達や母さん達を手伝ってきたけど、今はいつどのタイミングで種をまいて、いつどのときに野菜を収穫するかを教わっているところ。

今までは種まきの時とか収穫の時くらいにしか手伝えなかったけど、実際にやってみるとどんな土なら野菜が育つか、とか、水が必要な野菜はどれで、どの野菜は早く収穫しないといけない、とか覚えることが沢山あって面白いよ。それになんたって、自分で作った野菜が昼ごはんや晩御飯に出てくると嬉しいもん。大勢の人たちが食べてくれるのを見ると、一日働いたかいがあるよね。」


「マナイアは?」私は尋ねた。

「私はもうずっと小さい頃からお皿や瓶や鍋を土で作っているし、このまま続けたいと思ってる。お皿もお椀も形は決まっているんだけど、時々灰が土に着くと、焼いたときに綺麗な色が出ることがあるのよ。釉、って言ってたけど、何か工夫すると色々な色が出るらしいのね。教えてくれる叔父さんや叔母さん達は、もっと何か知ってるんじゃないかと思うんだけど、習うのはまだこれからかな。15歳まであと2年だもんね。

いずれ大人の仲間入りをしてもっと腕を上げて、自分がこれだと思える形と色の作品を作りたい。それにお皿やお椀って、すぐ割れちゃうことが多いでしょ?やることは本当に沢山あるのよ。毎日が楽しいよ。このまま叔父さんや叔母さんが続けていいよ、って認めてくれるといいなあ」


私は3人が将来を見据えていることに少し羨ましくなった。年齢の違いはあれど、皆着々と前を向いて自分の仕事に精を出している。


翻って、私の仕事は、自分が仕事をした、という感覚が皆無なのだ。いつものように何かが懸かってくると、私の意識は天井近くまで飛び、懸ったものが私の身体を離れたあとで、ロンゴ叔父さん達が話している内容で、ようやく自分が何を話したのかが聞ける程度。それも皆急いで裏を取りにいくので、詳しく聞くチャンスもない。ただ、周囲の皆の話を聞いていると、やはり幼いころから続いているものを仕事に選んだり、もしくは選ぼうとしている。


食事の後片付けが終わると、私は神殿へ向かった。いつものようにロンゴ叔父さん達が待っていてくれた。

「ティア、おはよう。今日も始めようか」

いつもの場所で、私はいつも通りに床に座る。最近は違うものが私に懸ってきているとのことで、現在は女性が懸ってきているそうだ。私は姿勢を正し、深呼吸を繰り返して自分の頭を空っぽにする。すると、体の右の方からだんだん何かが頭と体の中へ入ってくる感覚があったと、途端に自分が山の神殿の高い天井へ浮き上がる感触がある。下ではロンゴお爺さんたちが何かやっているのがちらっと見えるが、それ以外は視界がぼやけ、暗い星空の中にいるような、そんな場面にも出くわすようになった。気が付くと、私は自分の身体の中に戻り、お勤めが終了している。


今日のお告げは、この夏の野菜の収穫が豊作になること。
春の間は魚が沢山獲れるが、山での猟が芳しくないので、無理に獲物を捕らえようとしない事。
肉が食べたければ、干し肉でしのぐこと。
そして村で大きな変化があること。


最後の大きな変化については、誰にもわからなかった。あまりにぼんやりとしたお告げで、ロンゴ叔父さんは何度も尋ねたそうだ。

「大きな変化がある、といってもどのような変化で、何が起きるかまでは言わないんだよ。これでは何に注意していけばいいのかが分からない。」

叔父さん達は、明日もう一度同じ女性が懸ってきたら、再度問い直すと言っていた。

「いい事の変化ならいいんだけどねえ・・・」

「ま、とりあえず春の間は野菜と魚が食べられるようだね。漁師の連中も雨季の間なかなか漁に出られなかったから、このところ毎日漁にでているようだし。食べ物の不自由がなくなるのはありがたいことだ」


山の神殿での仕事が終わると、私はまっすぐにおばあちゃんの所へ帰った。


「お帰り、ティア。今日も少しゆっくりだったね。」

「うん、最近話すことが多くなっているみたい。」

「そんなに色々見えているのかい?」

「違うの。この間までは、私たちの先祖が乗り移ってきて話してて、最近はまた別の人が乗り移って話すようになったの。女の人だって。」

「まあ、それじゃあんたの大叔母さんと同じようなやり方でお告げをするようになったんだねえ。あんたの大叔母さんのミアは私の姉だったんだけど、あの人も能力が高かったからね。病気さえしなければもっと長く生きられて、今ここにいてもおかしくないのに。」

「大叔母さんはどんな人だったの?」

「私と違って、物静かな人だったね。いうなればあなたの父さんと少し似た所があったかな。静かだけれど優しい。姿はアリアナとも似ているね。」

そう言って、おばあちゃんは横糸を縦糸にくぐらせた。

「大叔母さんは、この布の文字を全部暗記して、その文字を書くこともできたんだよ。ティアもこの文字ならもう読めるようになっているでしょ?それを大叔母さんは織るだけじゃなく、文字として書くようになった。噂では神殿のどこかに大叔母さんが書いた手記があるとも聞いているよ。村の歴史がかいてあるそうだ。」

確かに私は織った布に書いてある祖先の名前は読める。しかし、唄の歌詞に出てくるような古語が古い文字で書かれているのは見たことがなかった。それをおばあちゃんに言うと、

「おそらく巫女になった人は、自分で勉強をするんだろうね。あなたの大叔母さんも当時の巫女から沢山教わったと聞いているよ。」


巫女の仕事は、病人や心の問題を抱えた人たちの相談相手だけではなく、文字や書物を掻くこともあるんだ。今は朝の半日お告げをやるだけだが、一日巫女として働くようになれば、今はまだわからないことが沢山出てくるかもしれない。お告げだけではない、まだ知らない何かが。もっと他の唄があるのか、もっと責任のあることを任されるようになるのか私の興味がどんどん動いていく。


その日の夜、私は横になりながら、今まで夢中になれたことを思い出していた。


叔母さんと唄った祖先の唄。

おばあちゃんから教わった布に描かれた祖先の名前。

祖先がどのようにこの浜へやってきたかの話。

脈絡と連なる祖先の名前と、現在の私たちの名前。


小さい頃から夢中になって覚えたのはその3つだった。この3つがこの先の人生で亡くなってしまう。自分がかかわれなくなる。それは想像だにしたことがなかった。この3つが自分の人生からなくなってしまう。それに耐えられるだろうか。将来自分に何が待ち受けているか分からないが、今まで培ってきたことを手放してしまっていいのだろうか。私は長い事自問自答した。



数日後、唄の稽古が終わると、私は叔母さんに頼んで、集会所へ連れて行ってもらった。

集会所について扉を閉めると、私は叔母さんの目をまっすぐ見て言った。


「叔母さん、私巫女になります」


急に言ったせいか、叔母は一瞬だまりこんだが、その次に

「本当に?本当に決めたの?もう迷いはないの?」

「はい。私は多分、巫女の仕事は半分も知らないんだと思う。その残りの半分をもっと知りたい。始めは叔母さんが今やっているようにはできないかもしれないけれど、少しずつでもしっかり覚えていきたい。文字も覚えたいし、唄やお告げ以外の事もやってみたい。」

「本当に?ああ、嬉しい。正直、ティアが午前中のお告げを担当してくれるだけでもとても助かっていたのに、他の仕事も一緒にできるような日がくるなんて。叔母さんも嬉しいわ。」

叔母は満面の笑顔を浮かべてこちらを見た。私も、自分の生末のほんの一部を見聞きしただけだが、幼いころからやってきた道にかけてみよう、その気持ちを忘れないようにしようと心に誓った。


(続く)

(このお話はフィクションです)

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