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小説 | 島の記憶  第12話 -伝言-

前回のお話


数日後、私は叔母さんから従姉のレフラが村に戻ってきたと聞かされた。

「レフラの家族すら、戻ってきたことを知らないの。誰にも言わないでね」と私は釘を刺されていた。


レフラは秋に隣村に嫁いで、幸せな新婚生活を送っていた、と兄から聞かされていた。旦那様も優しく、先方の村も久しぶりにうちの村からお嫁さんが来るということでとても大切にされていたとも。しかし、数日前の嵐で、その旦那様も海で亡くなってしまったと聞く。私はレフラが叔母さん以外には内緒で帰ってきたことが少し不思議だった。なぜレフラは自分の家族にも帰ってきたことを言わないんだろう。


その日、私は叔母さんに村の集会所に連れていかれた。集会所の扉を開け、二階に上がると、病気の人を治療する小部屋が沢山ある。そのうちの一つの部屋を開けると、レフラが横になっていた。ぐっすり眠っているようだった。


「さっき、ようやく眠りにつけたばかりなの。レフラはしばらくここで休まなければいけないから、ティア、あなたもお世話をしてくれる?皆には内緒ね。」

「わかった・・・」


お世話と言っても、食事や飲むものをそっと運んできて、部屋に入れておき、食事が終わったらそれを下げるのが私の役目だった。私は食事の支度ごとにお芋の団子をすこしとりわけ、時々自分の食べる分の干し魚や干し肉をそのままレフラの元へ持って行った。レフラはあまり食欲がなかったようなので、少しでも栄養になるように、と私は誰にも見つからないようにココヤシのミルクを作り、レフラがいつでも飲めるようにしておいた。


食事が終わると、叔母さんが部屋に入っていく。私は食が細いレフラが心配になり、なかなか部屋の外から離れることができなかった。


3日後、私がいつものように食事を運んできたとき、部屋の中からレフラの叫び声が聞こえてきた。

「あの人たちは・・・・!皆何も分かってくれない!これから・・・良いの!?」叔母さんが必死でなだめる声が聞こえる。レフラの泣き声が部屋の外まで響き、私は持っていた食事を床に置き、まずはその場を離れることにした。


レフラに何があったんだろう。気もそぞろで、集会所の中で待っているのも落ち着かない。私はそっと集会所を出ると、山のわき道を通って山の神殿に向かった。


神殿の中には、幸い誰もいなかった。私はいつもお勤めをする場所へ行き、膝まずいて神様に祈りをささげた。自分からこんなことをするのは初めてだったが、大きな秘密を抱えた今は誰か、何かに縋りたかった。


祈りをささげていくと、目の前にぼんやりと老人の姿が見えた。一瞬、誰かが入ってきたのかと思って慌てた私は、その場を離れようとした。しかし、目の前にいる老人の男性は、そこにいる。これまで見た事のない人だった。

白髪の縮れた短い髪の男性で、焼けた肌は浅黒く、体はきゃしゃで骨ばって見える。床に座った老人はにっこりと笑顔を浮かべ、こちらに向かって話し始めた。唄に出てくる古い言葉でしゃべっていた。しゃがれた太い声だった。


「従姉のレフラ・・・大変・・・元気になる・・・村に戻る・・・子供・・・安心。皆で・・・幸せ・・・・ 大切な子供・・・大きくなる・・・」


それだけ言うと、老人はすっと消えていった。


白昼夢を見たのかと思ったが、そうではない。確実に老人は私に向かって話しかけていた。その声は耳を通してではなく、私の身体全体で受け取ったかのように、はっきりと記憶に残った。


私は大急ぎで集会所に戻ると、音をたてないように二階に上がった。レフラのいる部屋からは、すすり泣きと、叔母さんの優しい声が聞こえてくる。何があったのか知りたくなったが、今ここで聞けるものではない。食事はまだ廊下にあった。気が引けたが、私は一旦家に戻ることにした。


家に戻ると、おばあちゃんが待っていた。

「ティア、最近よく外に出歩いてるね。今日もどこに行ってたんだい?」

「ちょっと神殿に用事があって。」

「最近お勤めも忙しくなっているのかね。今日は唄のお稽古はないのかい?」

「多分あとで。機織りを手伝っていい?」


おばあちゃんに嘘をつくのは気が引けたが、今だけは普通を装った。しばらくいつものように機を織っていく。集中しようと思っても、先ほどの老人の言葉が耳に焼き付いて離れない。あの人はレフラの何を知っているんだろう?私はとにかく時間が過ぎて、叔母さんが返ってくるのが待ち遠しくてならなかった。


夕食の後、私はいつものようにそっと集会所へ行き、レフラの所へ食事を持って行った。集会所の二階に干し肉を少し置いておくことにしていた。さすがに何度も食事を運んでいくのは目立ちすぎる。


二階に行って皿に干し肉を盛っていると、叔母さんがレフラの部屋から出てきた。私は叔母さんの所へ駆け寄った。

「レフラは?」

「今寝た所よ。食事は部屋の中に入れておきましょう。いつでも食べられるように・・・」


私は、先ほど神殿で出会った老人の事を叔母に話した。

「古い言葉で言ってたからあまりよく分からなかったけれど、こんなことを言ってたよ。

従姉のレフラ・・・大変・・・元気になる・・・村に戻る・・・子供・・・安心。皆で・・・幸せ・・・・ 大切な子供・・・大きくなる・・・。どういう意味か分からないけど。」


叔母さんはそれを聞いて、夢中で質問をしてきた。

「そのお爺さんはどんな姿をしていた?」

私はお爺さんの姿や声を詳しく説明した。

「おそらくその人はいつもティアに懸ってきている人よ。従姉のレフラ、と言っていたのね?大切な子供、とも。」

私はうなずいた。叔母さんは踵を返すと、レフラの部屋へもう一度入っていった。


その日、遅くなって叔母さんは自分の部屋へ帰ってきた。なんとなく気になって仕方がなかった私は、叔母さんの部屋を訪ね、レフラの様子を聞いてみた。


叔母さんの話では、レフラは赤ちゃんができていた。数日前に旦那さんが海で亡くなってから、レフラの嫁ぎ先の家族は、レフラが出産したら子供を残して村へ帰るように言ったという。旦那さんの子供は村の子供だが、レフラは元居た村へ帰って、再婚するのが一番だと。子供と引き裂かれてしまうことを恐れたレフラは、誰にも見つからないように村へ戻り、叔母さんの所へ助けを求めたという。子供を堕すか、それとも自分も死んでしまった方が良いのか、そこまで思い詰めていたという。私が伝えた老人のメッセージはレフラには伝えたとのことだった。あとは彼女が決めること。


数日後、レフラは身重の身体で村へ戻ってきた。レフラの家族は何も言わないままレフラを受け止め、受け入れた。もうじき、従弟か従妹がもう一人村に増える。私たちはそう思って、新しい命の誕生を待ちわびた。


(続く)


(このお話はフィクションです)



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