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「麻田くんと無口になった彼女」・・・ギリシャの世界的な絶景で散った恋。

  

 ギリシャのサントリーニ島は、白い建物と青い海のコントラストが美しく、 CMの撮影にも使われる絶景の島。 クルーズ船などの寄港地でもあり、切り立った崖の上に白い街並みが見える島の姿は まるでエーゲ海に降った白い雪のように見えます。 

 20年ほど前でしょうか。当時麻田君は、ギリシャ好きのAちゃんという留学生の女の子と付き合っていました。 

このAちゃん、実は名前を聞けば誰でも知っている企業の社長のお嬢さんで、身に着けるものは一流ブランドで統一し、家には専属のシェフがいて、通学も自家用車で送り迎えしてくれるという絵にかいたようなセレブでした。 

Aちゃんの気を引くために麻田君は、普段からかなり無理をしていたのですが、ギリシャ好きと聞いたことで、2年分のボーナスを全部使ってアテネの高級ホテルを予約。サントリーニ島への旅行を計画したのです。

 エーゲ海を周遊する船に予約を入れ、いくつかの島を巡ってからサントリーニ島に到着。 

船着き場からは、ロバに乗って、崖の上にあるフィラの街に向かいました。 つづら折りに続く長い石段を登る途中、徐々に見通しが良くなってくるエーゲ海の姿に、麻田君もAちゃんも感動しきりだったと言います。

 白い壁が太陽に映えて、麻田君ももセレブ気分でお酒も飲み、 気持ちも大きくなって、お土産物もたくさん買い込みました。 

夕刻になり、 「そろそろ予約した船が出る時間だ。街を降りて船着き場に行こう」 と、港に降りるロープウェイ乗り場に向かいました。

 ところが、ロープウェイ乗り場は長蛇の列。まさかの一時間待ちです。

 ならばと、ロバ乗り場に向かいますが、ロバも馬も人が待っていて、 同じく1時間待ちだと言われました。

 どちらにしても予約した船には、間に合いません。 ロープウェイもダメ。ロバも馬もダメ。車などで降りる方法はもちろんなく。 もはや他に方法はありません。 麻田君は決断しました。 

 「Aちゃん。歩いて降りよう」

 今まで体験したことのない提案に、Aちゃんは顔中に不満を滲ませました。 それでもなんとかAちゃんを説得し、 麻田君は二人分の荷物を背中に背負って、下り始めました。 Aちゃんも渋々付いて行きます。

 石段の数は、なんと600段。 およそ50階建てのビルを階段で降りるのと同じ勘定になります。 100段目までは元気もあり、ロバに乗った観光客に声をかけられても笑顔で返す余裕がありました。

しかし 300段目を越えるころには足がガクガクしはじめ、Aちゃんに時々気づかいをするのがやっと。 400段目では、大量にお土産を買った事を後悔し、声も出せなくなっていました。 

500段、600段と降りて、ようやく港にたどり着いたのは、出港時間ギリギリ。なんとか間に合いました。 

それでも、Aちゃんは、「貴重な体験だったわ」と、汗だくの麻田君に気を遣ってくれたのでした。麻田君は嬉しくて天にも昇る気分だったそうです。

 その夜、予約していた高級ホテルに入って、キングサイズのベッドに倒れ込んだ麻田君は、安心と喜びで油断してしまったのでしょうか。特に何も考えずに言ってしまいました。 

 「Aちゃん。お水頂戴」

 ところがこの一言がAちゃんの逆鱗に触れたのです。 

 「あなたは、優しくない」 と一言だけ発すると、次の瞬間から旅行の間中、全く口を利いてくれなくなったと言います。

 帰国後、Aちゃんは、成田空港から迎えの自家用車で帰宅。麻田君はひとり電車で重い荷物を抱えて帰ったそうです。 

 その後、麻田君から相談を受けた友人たちは、しばらく酒の席で「麻田が悪い派」と「Aちゃんが悪い派」に別れて議論を続けましたが、結局答えは出ず、麻田くんが次の彼女と付き合う頃には、話題にもならなくなりました。

 ただ、麻田くんは今でも、長い階段を見ると足が震えることがあるそうです。

                       おわり

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