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「香り高き女」・・・怪談。会社で噂の彼女は。

「あの娘ってどんどん香水がきつくなるわね」

給湯室で女子社員が話しているのを聞いて、俺は思い当たることがあった。

総務部の千田タケコだ。
タケコが一階でエレベーターに乗ると、8階層離れた企画部にまで
香りが漂って来るし、その残り香も長く残る。
退社時にタケコと乗り合わせて香りが移ってしまい、ディナーを食べようと待ち合わせていた彼女が怒って帰ってしまった、と嘆く新人社員もいる。

「タケコ、エレベーター使用中・・・」

なんて口の悪い女子に陰口を叩かれているのを聞いたこともあった。

それでも、上司に取り入るのは上手いようで、
先日も取締役の一人と、食事に行ったと噂になっていた。

しかし、その噂は不倫や立ち回りの話ではなく、
食事に行ったすし屋での出来事が中心だった。

すし屋のオヤジが、
「パフューム臭くて料理の味が分からなくなっちまうよ」
と言って、取締役もろとも店を追い出されてしまったらしい。

さすがに取締役も気持ちが落ち込んだんだろうな。
その数日後から、長期休暇に入ったらしい。

そんなタケコと運悪くエレベーターに乗り合わせてしまった。
タケコは、俺を一瞥すると、くるっと振り返って行き先階のボタンを押した。

俺は、少しの間息を止めていたが耐え切れず、
小さく吸ってみた。さらにパフュームが強くなっているような気がした。

いや。それだけではない。
もっと他の嫌な臭いがする、鉄の錆びたような、苦い感じの香りが。

俺はタケコの後ろ姿を見つめた。
赤いスーツの他には何もない。どこかに荷物を持っている様子もない。

だが、一つ目に付いた。スーツの袖から見える白いブラウス袖に、
赤いシミが付いていたのだ。少しどす黒くなっている血液のようなシミ。

俺は、不気味な想像を働かせてしまった。

タケコがパフュームに凝り出したのは、
前の彼氏と別れてからだ。
その彼氏も、行方不明になっている。
今回も取締役が出社してこない。

「まさかな・・・」

と考えていることが思わず口をついて出てしまった。

タケコは首を少しだけ廻して俺の方を見た。
俺は目を合わせないように、天井を見つめた。

ちょうどその時エレベーターが止まった。
降りる予定の階では無かったが、俺は急いでドアに向かった。

タケコの横を通り抜ける時、彼女ははっきり聞こえるように言った。

「ご明察・・・」

その声に驚いて、振り向くと、タケコは口を大きく横に開き
奇妙な笑い声をあげて笑った。

「イチチチチチチチ・・・」

エレベーターのドアが閉まり切るまでタケコは笑い続けていた。

それ以来俺は、エレベーターを使えなくなった。
しかし、エレベーターのドアが開くたびに、フロア中に流れる
きつい香水の香りは、今も続いている。

     おわり



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