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「クウさん」・・・怪談。村の除霊師が行う、成仏させる方法とは。


『クウさん』


昔は「拝み屋」とか「除霊師」と呼ばれる霊媒職の人が、どの町にも一人や二人はいた。

私が子供の頃住んでいた村にも、
「クウさん」と呼ばれる除霊師がいた。

主に、不幸の続いた家の葬儀の席に
小さな壷を持って現れ、
お経とも祝詞とも言えない呪文を唱え、

「お納めいたしました」

と言って帰っていく。

クウさんは、どんな時もお金を受け取ることは無く、
お礼には、酒と塩を受け取るだけ。
日頃から人前にはあまり出ないらしく
買い物姿を見た者などもいないという。

「美衣ちゃん。クウさんはね。
喪の席に彷徨ってくる成仏できない霊を
集めてくれてるのよ」

と、数年前祖母に聞かされた時、
幼い私は素直に信じた。


私が、最後にクウさんに会ったのは
交通事故で亡くなった後輩の女の子の通夜だった。

当時、中学の生徒会長だった私は、
生徒代表として参列するよう言われ、
放課後に先生と一緒に葬祭場に向かった。

一二度生徒会の用事で話をしたことがある程度の
後輩だったが、それでも気持ちは沈んだ。

しかも、朝から体調のすぐれなかったためか、
お焼香の列に並んで途中で、なぜか右肩がだんだんと重くなってきたのだ。

「まさか、何かにとり憑かれてたりして・・・」

当時はオカルトブームの真っ最中、
少なからず影響を受けていた私は、
ひとりで不謹慎なことを考えていた。

あと何人かな、と列の先を見ると、数人先に
真っ黒い外国の民族衣装のような喪服を着た
老女がいるのに気が付いた。

それが、クウさんだった。

クウさんは、小さな壷を抱えたまま
祭壇の遺影に手を合わせると、
呪文を唱えて、右手を回し、
自分の回りの空間をサッとひと掴みした。

そして、喪主の方を向いて一礼し、

「お納めいたしました」

と言った。

親族の方たちは、
うやうやしく頭を下げてクウさんを見送っていた。

出口に向かう途中、クウさんは並んでいる私の横を通り過ぎる時、先ほど祭壇の前でやったように呪文を唱え、目立たぬように右手を小さく回した。

「あれ?」

重かった私の右肩が、急に軽くなった。

通り過ぎたクウさんを見ようと後ろを振り返ると、
列の後方で、また同じように手を動かしていた。
その横にいる人の表情が、さっと明るくなったのがわかった。

「あの人も、楽になったんだな」

そう思った途端、女子中学生の旺盛な好奇心が
むくむくっと湧き上がってきた。

このまま放っておく訳にはいかない。
私は、不思議を探るテレビの探検隊のような気分になっちたのだ。

お焼香を済ませ、送っていくと言ってくださる先生方に礼を述べてお断りし、クウさんの帰っていった方に向かった。


クウさんの家は、村はずれの小さな竹林の中にある
古い茅葺屋根の家だった。

私は、そっと家に近づき、窓の隙間から中を覗いてみることにした。

六畳ほどの和室には、四隅に真っ白な塩が盛られていて、クウさんが一心不乱に呪文を唱えながら、
四方の襖や壁に、透明な液体と筆を使って
見えない文字を書いていた。

覗いている私の鼻が、かすかなお酒の匂いをかぎ取った。

気づかれないように注意して、
部屋の中を覗き続けていると、
クウさんは葬儀の時に持っていた壷を膝に抱えて
部屋の中心に座り、再び何かを唱え始めた。

呪文は徐々に大きくなり、一種異様な雰囲気が部屋に満ちてきた頃、クウさんが、オオッと一言、
渇を入れるような声を上げて壷の蓋を外した。

すると、壷の中から、白いもやのようなものがゆっくりと抜け出てきた。
しばらくするとそのもやの中に、いくつもの顔が浮かび上がってくる。

苦しそうな顔、寂しそうな顔、恨めしそうな顔。

もやは、少しずつ固まっていき、
幽霊のように白く薄く弱い光を放つ、
人の頭の集まりに変わっていった。

クウさんは壷を床に置くと、
その頭の塊をぐっと両手で抱え込んだ。

そして、

「世に未練を残し、徘徊せし魂たちよ。
わが身を通して、天上へ向かいたまえ」

と言うなり、頭を一つ捕まえると、
ガブリ、と、いきなりかぶりついたのだ。

ド! ド! ド! ド!
心臓の鼓動が、信じられないくらい早くなったガ
私は目の前で起こっていることから
目が離せないでいた。


不思議なことに、クウさんに食べられていく
幽霊たちは、初めこそ恐ろしさで悲鳴を上げているのだが、少し食べられてしまうと、
あとはただ恍惚とした表情を浮かべておとなしくなってしまうのだ。

「さあ。最後はあんただ」

そう言ってクウさんが掴んだのは、
先ほど祭壇に飾られていた黒縁の写真そのままの
後輩の頭だった。

「無念だろうね。恋もせずにあの世に行くなんて
さあ。その無念ごと成仏させてあげるよ」

クウさんが頭を持ち直すために向きを変えた時、
私は食べられようとしている後輩と
目が合ってしまった。

後輩の頭は、救いを求めるような顔を浮かべ
クウさんの手をすり抜けて、こちらに向かって
飛んできた。

ところがクウさんは、それよりも早い速さで追いかけてきて、後輩の頭は窓の手前でまた捕まってしまった。

クウさんは覗いている私に気づくと、
皺だらけの顔を歪めて笑い、低い声でこう言った。

「何も心配することはないんだよ。
ずっと昔からやってきたことさ。
あんただって、牛や豚の肉を食うだろう。
アタシはこれを食う。
こうやって食べてあげれば、成仏できない魂も
アタシの体を通じて成仏させてやれるのさ・・・」

クウさんは、私の目の前で、後輩の頭に
かじりついた。

食べられている後輩は、徐々に恍惚とした表情になっていく。

目の前が暗くなっていく私が覚えているのは
耳に聞こえた後輩の声だった。

「センパ~イ・・・」

気が付くと私は自宅の玄関に座り込んでいた。

その日から私は、一週間ほど高熱を出して寝込んでしまった。

少し熱が収まったころ、祖母が心配して説明をしてくれたようだが、全く耳に届かなかった。

「見てはいけない村の習わし」とか「代々受け継がれてきた大事な役目」とか「自然の摂理」という言葉だけが
かすかに心に残っている。

その後私は、遠く離れた都会の進学校に合格し、
高校入学とともに村を出た。

夏休みも冬休みも、友達と旅行をすると言って
実家には帰らなかったが、両親は何も言わなかった。


もう二度と村には戻りたくない。

でも、家族が亡くなった時はどうすれば良いのだろう。

今でも、葬儀の席でクウさんを見ることを想像すると
私の心臓は動悸が止まらなくなり、
苦しくなってくるのだ。

おわり





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