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「辰年は・・・」驚きの元旦。

元旦早々の揺れ、驚きましたね。
被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。
又、皆様の安全を心よりお祈り申し上げます。

今年は辰年。
辰の上に雨冠を乗せると、「震」になります。
このことから、占術易占の世界では、辰年には世を震わせる出来事や、
地震に関する事が多いと言われています。(単に自身が多いと言う事ではなく、対処する方法が発見されたりする関係事が多いと言う事らしいです)

そんな話を昨年していたら、いきなり元旦からですから驚きました。
本当に、早く平穏な日々が来ることを祈っております。

と言う訳で、今回は、危機にあってもちょっとほっこりするお話を。


「いつかの為に」・・・麻田君、地下鉄で力強い優しさに出会う。

『いつかの為に』

昼前の地下鉄は、数時間前に詰め込んでいた人間たちを吐き出し、
ほっと一息ついた様な空虚な雰囲気がある。

座席はまばらに空いていたが、
麻田君は吊革につかまって列車の揺れに体を預けていた。
すぐ降りるから立っていた方が楽だ、と考える方なのだ。

ところが、この日はそういかなかった。
快適に走っていた列車が急停車し、
その勢いで体が回って、麻田君はそのまま空いていた座席に
すとんと座り込むことになった。

向かい側の座席からその一部始終を見ていた白髪の老婦人と
制服姿の女子高生二人が、声を出さずに微笑んでいた。

麻田君は照れ隠しに車窓から外を眺めたが
車内の明かりに照らされた壁の他には何も見えない。
次の停車駅まで、二三百メートルというところだろうか。

二分、三分と時間が過ぎて行ったが、列車が動き出す気配はなかった。
乗客たちが少しざわつき始めた。

『わずかな時間でも遅れが出ると不安になるのは、
日本の鉄道が正確過ぎるからだよな』

麻田君は以前、ヨーロッパで長距離列車に乗った時、
田園地帯のど真ん中で、30分ほど動かなかった時の事を思い出していた。

『あの時は一人旅で、誰も頼れる人がいなくて不安だったけど
周りの乗客は全然動揺していなかった。
皆いつもの事だなって感じで、静かに外の風景を眺めてたな』

麻田君が思い出に浸っているところに、
車掌のアナウンスが流れてきた。

「只今、前方の駅でホームから人が落ちたという連絡があり、
この列車は緊急停車いたしました。
救助が済み、安全が確認され次第、発車いたしますので、
もうしばらくお待ちください」

ざわついていた車内が静かになった。

『状況さえわかれば、日本人だって冷静になれるんだ』

麻田君は見るとはなしに、周りの乗客たちの顔を眺めた。

安心している中に、二つだけ不安を残したままの顔があった。
先ほど麻田君を見て笑っていた女子高生たちだった。

お互いの顔を見つめ、しきりに手を動かしている。
その様子を見ているうちに、事情が読めてきた。

手話だ。 聴覚障碍なんだ。
二人とも補聴器をしていないから見た目では全く分からない。
車掌の放送は全く聞こえなかったのだろう。

麻田君は、スマホをポケットから出し、
先ほどのアナウンスの内容を伝えようと、メモのアイコンをクリックした。

起動する僅かな時間がもどかしかった。

手を動かすスピードが速まっていく。
手話を知らない麻田君にも、二人が焦っているのが伝わってくる。

「早く立ち上がってくれ・・・」

その時、女子高生たちの隣に座っていた老婦人が
女の子の肩をツンツンと叩き、同じように手動かし始めたのだ。

手話通訳者なのか、老婦人は言葉を喋りながら手話をしている。

「この先の駅で、ホームから人が落ちました。
救助が済んだら、列車は発車する。心配しなくて大丈夫よ」

老婦人を見つめていた女子高生の顔がぱっと明るくなり、
その後も手話による会話が続いた。

その後も、女子高生は、老婦人に話しかけるが、
老婦人はそれほど手話が得意ではないらしく、
時々首をかしげながら、一生懸命に手話を続けていた。

その時、ポン、とスマホが鳴って、アプリが立ち上がった。

麻田君は、スマホの画面を出して、
女子高生と老婦人に見せた。

「スマホのメモで話してみてはいかがですか?」

女子高生は喜んだが、老婦人は戸惑った。

「私、スマホ持ってないんです」

「大丈夫、喋ったことを僕がこれに書きますから」

麻田君は、老婦人の言葉を文字にすることを引き受けた。
これで女子高生のスマホと、麻田君と老婦人の三者会談が出来る。

「ありがとうございます」

事故の状況や、車内放送がる度に、その内容をスマホで伝えると、
女子高生たちは落ち着いていき、どんどん会話は続いた。

『手話お上手ですね。通訳の方ですか?』

『いえいえ。趣味で習ってるだけよ。ちょうど半年くらいになるわね』

『でもお上手です。手話通訳になれますよ』

『あら。お世辞でも嬉しいわ』

『「お世辞じゃないです。私たち二人とも全く聞こえないので、
こんな時に放送が聞こえないと不便なんです。
放送の内容を教えていただいて、助かりました。
ありがとうございます』

『どういたしまして。私の方こそ、感謝しているのよ』

『どういうことですか』

『私ね。友達に誘われて手話を習い始めたんだけど、だんだん面白くなってね。
早く使う日が来ないかなって思ってたのよ。
だって、せっかく習ったのに、お墓に持って行くだけじゃ勿体ないでしょう』

老婦人が笑って話すと女子高生たちも笑った。

ようやく地下鉄が動き出し、次の駅に到着した。
老婦人は、最後にこんな文章を伝えて車両を降りて行った。

『今日は、初めて手話を使う機会を貰えてうれしかった。
ありがとうね』

女子高生二人は、
手を胸の前で下げたり、回したり、胸をトントンと叩いた。
そして最後に、
両手の親指と人差し指で二つの絡んだ輪を作り、
胸元から前にすーっと突き出した。

手話を知らない麻田君にも、何となくその意味が分かった。
おそらくは、こんな風に話しているに違いない。

「ありがとうございます。体に気を付けて、そして長生きしてください」

正しいかどうかは分からない。
でも、その手の動きは、とても美しく見えた。

おわり


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