「エコロの願掛け」・・・もしくは、節約家の願いはどのようにかなえられたか。
『エコロの願掛け』
エコロという節約好きな女性の同級生がいた。
本名は別にあったが、誰もそれで呼ばず、
節約屋、という意味でエコロと呼んだ。
苦学生で一人暮らし、彼女の頭の中は常に節約を考えていた。
服は必要最低限。多少くたびれたくらいでは買い換えない。
家でも電気はほとんど点けず、夜になったら寝る。
外食なんてもってのほか。
食事は毎回おじやを自炊する。お米の使用量が少ないらしい。
バイトも賄いのある食堂か、食品廃棄の多い総菜屋であった。
その癖、夢だけは大きい。
「ミュージシャンとして、世界中に羽ばたいてみせる!」
確かにエコロの声は小鳥のように可愛い。
その声に惹かれて、何人かの男子が近寄って来たが、
節約生活に馴染めず、一月と持たない。
「男と付き合う時間がもったいない」
と本人は気にも止めていない。
極めつけは、お賽銭だ。
エコロは、願掛けが好きだ。
ご利益があるという神社にはよく行く。
お賽銭は5円。
ご縁があるように、という意味? に思えるが
実はエコロが賽銭箱に入れる5円玉には、細い紐が付いている。
願掛けが終わった後に、引っ張って回収するためだ。
ある日の学校帰り。
エコロはたまたま、いつもとは違う路地を通って帰った。
板塀の途切れたところに小さな古い祠を発見した。
多少色あせているが、かつては金色に輝いていたらしく、
金箔のかけらが、柱の角や梁の付け根に残っていた。
「これは御利益ありそう」
そう思ったエコロは、いつもの紐付き5円玉をバッグから取り出し、
お賽銭に投げ入れた。
「世界中に羽ばたける天才ミュージシャンになれますように!」
願いに『天才』が増えていたのは、エコロの本気度の現れなのか、
それとも祠の信頼度によるものかは、本人も覚えていないそうだ。
ただ本気であったとしても、
エコロは、この時も5円玉を回収することは忘れなかったそうだ。
その夜、エコロが浴室で、頭をシャンプーしていると
髪の毛の一部が少し変なのに気付いた。
一見、髪の毛同士が重なって張り付いたようにも見えるが、
何度シャワーですすいでも、髪はほぐれなかった。
左右に一つずつ、
何か月も切っていない伸び放題のバサバサの長い髪の中の
数本が一列に重なって張り付いている。
「そろそろ美容院に行かないとダメかな」
とエコロは思ったが、すぐに、勿体ない!と放っておくことにした。
彼女にとって重要なのはオシャレより貯金なのだ。
例えば白髪が一本だけあると抜きたいが、
左右対称に二本あると福白髪(復白髪)だなんて言って何となく愛おしくて
ついつい残してしまう。そんな気分だった。
髪の重なりは、その後どんどん本数を増やし、幅広くなっていった。
箸くらいの幅から、チューインガムの幅、カードくらいの幅へ。
さらに、文庫本くらいの幅になった。
普段は神の一部として大人しくしているから目立たないが、
薄い板のように張り付いているのが分かる。
まるで黒い鳥の羽根のように見えた。
そして、ついに髪の束がB5のノートくらいの大きさになった夜。
エコロが寝ていると突然、それまで大人しくしていた髪の毛が
カラスの羽根のように羽ばたき始めた。
一瞬羽ばたきが大きくなったかと思うと、
エコロの体から、首だけが抜けて飛び出した。
髪の毛から羽根の生えた首が、部屋の中をふわふわと飛びまわった。
ふわふわした感覚に、エコロは目を覚まし、
首のない自分の体を見下ろした。
ベッドに首から下の胴体が横たわっていた。
そして思った。
「あんなに残して、勿体ない。」
途端に首が落ちて胴体と繋がったところで、目が覚めた。
エコロは慌てて首筋に手を回し、首と胴が繋がっていることを確かめた。
「もう。世界中に羽ばたきたい。なんて願いは捨てるよ」
夢の話の最後に、エコロはそう付け加えた。
そんな事があってもエコロの生活は、さほど変わらなかった。
あいかわらず、五円玉には紐が付いている。
だが、一つ変わったのは
願いが「世界に羽ばたきたい」ではなく、
「のんびりと、世界を横断してみたい」になった事くらいだ。
だけど私は気づいてしまった。
にこにこ笑うエコロの髪の毛の中に、
蟹の足のようなものが生えていることを。
おわり
#朗読 #エコロ #ケチ #羽根 #黒髪 #髪の毛 #異変 #夢 #眠り #海 #空 #謎 #蟹 #記憶 #スキしてみて #発見
この記事が参加している募集
ありがとうございます。はげみになります。そしてサポートして頂いたお金は、新作の取材のサポートなどに使わせていただきます。新作をお楽しみにしていてください。よろしくお願いします。