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「24分のX」・・・13 「削除」連続超ショートストーリー


さて、連載再開です。

塚田課長は、聞いたことの無い支店に移動した。しかも、庶務課だ。

「もう帰って来ることは無いね」

周りの言葉に反応することもなく、粛々と荷物をまとめて塚田は出て行った。
一回りも二回りも小さく見える背中を見ながら美晴は、複雑な気持ちになった。

「どうして、私みたいな女と…」

自虐的に考えたが、同僚たちの気持ちも同じだっただろう。

始まりは思い出せない。
もはや塚田のことが好きだったかどうかさえ分からない。
美晴は親友と恋人を失った。
間も無く職も失うだろう。

付き合っている時美晴は、不倫がバレて課長が左遷される展開を想像したこともある。

その想像の結末はいつも、何か幸運な事が起きて救われていた。

「そして、あの胸の温かさに逃げ込んで、『怖い夢を見たの』なんて、言ってたんだから、全くおめでたいよ、アタシは」

全てを失ってみたが、
こんな妄想だけは残っていた。

『きっと幸運がやってくるはず。
他人より幸せにならなければ、今我慢している事が無駄になる。
だって、今我慢して損しているんだから』

決して満たされていない、という気持ちの揺り返しが、
『取り返したい。誰かを不幸にしたら、自分が得をする』
なんてさもしい考えに、
美晴は、すがりついた。

だからと言って、言い訳にも免罪符にもならない。
他人の不幸を求めて、自分の周りに幸福がくるはずがない。

「周りを幸福にしていてこそ、自分の周りに幸福が集まって来る、
コレクションね。

不幸を集めれば不幸のコレクション。
幸福を集めれば幸福のコレクション」

そんな呪文のような言葉を美晴は、呟き、現実の世界に目を向けた。

「次は私だ」

この先の事を予想して、自分のPCのデータを整理した。
メールソフトの『下書き』のホルダーに、迷いながら書いた一文が残っていた。

『かぶたけ会社と書いて、叱られたら、待ち合わせOKのサイン。
こんなやり取りが、もう何か月も続いています。あなたの叱る声が私の喜びだなんて、誰も気づいてないでしょうね・・・』

あの日の事が遠い昔のように感じられた。

「私は一体、何をしたかったんだろう」

美晴は、ユキに送った最後のメールを添付した動画と一緒に削除した。

(つづく)


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