「緑の髪」・・・ショート怪談。ぞっとしてほっこりして、馬鹿馬鹿しく。
「昔昔のことだ。奥州の国境に、留吉という正直者のお百姓さんが住んでいた。
ある日、留吉は蕨採りの帰り道に迷ってしまった。
どうやっても帰り道が分からず、日も傾いてくる。
歩き疲れてしまった留吉は、杉林の中にある小さなお堂で朝まで過ごす事にした。お堂の中には、古びて形もよく分からなくなり床から生えたツタが絡みついている石像がたった一つ置かれているだけだった。
『これは宿賃という訳ではございませんが、ほんの気持ちでごぜえます』
留吉はそう言って、採ったばかりの蕨を一束、その石像に供え、
そのまま横になって寝てしまった。
どれくらいたった頃だろうか、さらり、さらりと
何かが顔に触れる気配を感じて、留吉は目を覚ました。
真っ暗なお堂の中、自分の体の上に何かが覆いかぶさっている。
『なんだ。これは・・・ぺっぺ』
口の中に入って来た細い糸のようなものが気になったが、
上手く吐き出せなかった。
留吉はそれよりも早く闇に目が慣れるように、何度も目を瞬いた。
やがて闇に目が慣れてくると、
覆いかぶさっているものの正体が見えてきた。
それは、緑色の髪を長く伸ばした目の無い女だった。
口に飛び込んできたのは、女の髪だったのだ。
『うわああ~!』
留吉は大声を上げて女から逃れるように、体をひねった。
途端に闇が晴れて周りが明るくなると、留吉はもう一度声を上げた。
あったはずのお堂は影も形も無く、留吉は切り立った崖に垂れ下がったツタの中にいた。留吉は、自分のいる場所を確かめた。
『崖の岩肌に沿って生えていたツタに体が絡んで、深い谷まで落ちずに済んだんだな』
留吉の体は、絶妙なバランスで細いツタの群生に手足が絡まり、
真っ直ぐに立っているように、ツタに包まれて崖にへばりついていたのだ。
留吉は体が抜け落ちないように、慎重にツタを握って崖を上っていった。
ようやく崖の上まで体を持ち上げた時には、小半時ほど経っていた。
『あ~。助かった』
留吉は、自分の口の中に何か糸のようなものが残っているのに気が付いた。
指を口に入れて、入っているものを取り出すと、それは髪の毛のように細い
ツタだった。
『お堂も石像もみんな夢だったんじゃ。
昨夜、暗い中を歩いているうちに、崖から足を踏み外して
落ちそうになって、たまたまこのツタに絡まったのか。
もしかすると、山の神様がツタを使って、わしを起こして助けてくれたのかもしれん』
留吉は、口に入っていた細いツタを懐に入れて持って帰ったらしい。
な。不思議な話もあるもんだろう・・・」
俺は恐る恐る陽子の顔を見た。
「ふ~ん。それで、あんたの下着に絡んでいたこの長い髪は、
いつになったら、ツタに変わる変わるんだい?」
ショートカットの妻は、茶色く長い髪を指でつまんで、俺の目の前に差し出した。
その目は山の神そのままに、怒りに燃えていた。
「すみません・・・」
俺は観念して、頭を下げた。
当たり前だけど、おとぎ話で誤魔化すことはできなかったな。
今晩はひたすら謝り続けるしかないな・・・。
おわり
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