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「消えたウエストン碑」・・・人には、命に代えても守るべきものがある。旅で見つけた物語。


「消えたウエストン碑」

第二次大戦の戦火が激しさを増してきた頃、
日本中の鉄・銅・青銅が戦争の道具を作るため、
街中にある金属類が徴集されていった。

穂高を望む上高地の渓流にも、憲兵のガラガラ声が響いた。

「全ての鉄、銅、青銅の類を供出するように。
これらはすべて、鬼畜米英どもを打ち負かす弾丸となり、
最前線に送られるのだ。特に敵性の記念碑などは忘れるな。良いな!」

上高地。猿橋のたもとで
男は穂高連峰を眺めながらため息をついた。

「あなた。どうなさったんですか」

「ああ。ついに上高地にまで、戦争の影響が及んできたよ。
鉄や銅を供出しろとさ」

「鉄や銅って、まさかあのウエストン先生のレリーフまで
軍に渡せって言うんですか?」

「そのまさかさ。敵性の記念碑だと、名指しで要求された」

「あら。いけ好かない。
ウエストン先生の功績を知らないのかしら」

ウォルター・ ウエストンは、
マッターホルンなどにも登頂したイギリス人登山家である。
明治21年に宣教師として来日して以来、飛騨、穂高、立山などに上り、
日本のみならず、世界中に日本の山の魅力を紹介した日本山岳登山の父である。ウエストンの碑は、彼の功績を讃えて上高地に設置されていた。

「ウエストン先生がいなければ、我々日本山岳会も無い、
何としても上高地にある青銅のウエストン碑は守らなければならない。

「そうだ、良い方法があるわ」

妻はそっと男に耳打ちした。

数日後、山岳会の仲間たちと一緒に
大正池から上流に向かいながら、男は呟いた。

「こんなものまで鉄砲の弾にするようでは
戦争に勝てるはずがないじゃないか」

悪路をものともしない足どりで、
山を愛する男達は、 ウエストン碑を軍の手に渡してはならないと思った。
これは、心の拠り所、平和の証なのだ。

男達は、悪天候の中、密かに上高地に登り、ウエストン碑の青銅製のレリーフを外して持ち帰り、平和な時代が訪れるまで隠し続けた。

時代の荒波にもまれながらも、男達を突き動かしたものは、
ただ、ちっぽけな人としての誇りであった。

時は移り、上高地に返されたウエストンの碑は
人々が、再び道に迷わぬように優しい眼差しで見守っている。

おわり

ウォルター・ウェストンは、イギリス人宣教師であり、日本に3度長期滞在した登山家である。日本各地の山に登り『日本アルプスの登山と探検』などを著した。



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