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「二度と戻れない世界」・・・怪談。鬼の供養塔と刀の伝説。


「じゃあ。続きを聞かせてもらおうか。殺した妻と二人で
山の中の墓地に行ったんだっけ?」

「墓地じゃありません。供養塔です、鬼の。」

妻を殴り殺した、と言って出頭してきた陣野博は、
力のない声で供述を続けた。

「そこには昔、鬼が住んでいて、
夜な夜な麓の村の娘たちを襲っていた、という伝説が残る場所だったんです」

「そんな気味の悪い所へなんで行くかね」

調書を取っていた正村刑事は呆れ気味に聞いた。

「私は骨董品のバイヤーをやっているんで、そんな話は良く聞くんで慣れてます。それに、いわくつきの品は高く売れるんで、伝説や言い伝えは大事なんです。
でもそんな真偽の分からない品はすぐには売りに出せませんから
裏を取るまでいったんウチのマンションに置いておきます。
たくさんありますよ。変なもの・・・」

陣野は少し口角を上げて笑ったように見えた。

「その日も、たまたま仕入れた刀・・・勿論模造品ですけど。
そいつを持ち込んだ男の言うには、この町の北側にある山の中の神社で
荒ぶる鬼を鎮める儀式に使われていた三本のうちの一つで
神主が金に困ってこっそり一本だけ売りに出したんだそうです。
しかもその鎮められた鬼の供養塔が、
住んでるマンションのすぐ近くにあるって言うんですよ。

もうこんなこと言われたら行くしかないじゃないですか、
妻と二人で肝試しだ、なんて言いながら
その刀を持って夜中に供養塔に行ったんです。
きっと夕方から飲んでいた酒が恐怖心を麻痺させていたんだと思います。
いや。今から思うと、その時すでに呼ばれていたのかもしれません」

「呼ばれてねぇ・・・」

罪の意識に耐えきれず出頭してきた容疑者の供述は、支離滅裂な事が多い。
それでも、いちいち訂正していては、話をしなくなってしまうので
どんな話でも一応は全て書き留め、後で話の筋が通った調書にしていく。
正村は『これは面倒そうだな』と気が滅入るのを感じた。

「ということは、その『呼ばれた』のはいつだ?」

「先週の日曜日です」

「日曜日? じゃあ7日前と今朝の二回、その供養塔に行って
二回目に妻の麻優さんを殺したという事なんだな」

「二回? いや。二回どころじゃない。妻が行ったのは三回か四回。
もっと行ってたかもしれない。俺の知らないところで!
刑事さん。あいつこそ呼ばれてたんですよ!」

陣野は、立ち上がらんばかりに声を張り上げた。
正村は冷静になるように制して、話を聞き続けた。

「じゃあ順に聞こう。まず最初に供養塔に行った時には何をしたんだ?」

「はい。刀を供養塔の前に置いて写真を撮ったりしました。
それらしい写真が伝説の真実味を高めるんで、そんな仕事の他には
大したことはしていません。そのうち妻が『体が火照ったみたいに熱い』
って体を寄せて、甘えるみたいに言ってきたんです。

それで、もう肝試しは止めてマンションに戻りました。

二人でシャワーを浴びようと風呂場にいくと、
妻の右肩から腰に掛けて、真っ赤な痣が出来てたんです。
まるで刀で袈裟斬りされたみたいに。

『何だそれ・・・』って私は驚いたんですけど、
妻は妙に落ち着いてて、
『変ね。いつ付いたのかしら』とかって
平然と答えるんです。まるで気にしてないみたいに。

でもその後、あんなに甘えていたのに
『もう眠いから』と言って体にも触らせてくれなくなったんです。

仕方なくそのまま何もしないで寝てしまいました。

二時間ほどたった頃だと思います。物音がするんで目が覚めると
妻が部屋のドアを開けて出ていくところでした。

妻は結構なヘビースモーカーでタバコが切れると
夜中でも何でもコンビニに買いに行くことがあったので
又それからな、と思ったんですが、さっきの事もあるんで気になって
私も布団を抜け出し後を付けたんです。そしたら・・・」

陣野は俯いて息を飲んだ。体が小刻みに震えている。

「そしたら、どうした・・・」

「その、妻が・・・妻の麻優が、供養塔の前で一人ぼおっと立ってるんです。首を少し左に傾けて、両腕をだらりと伸ばして。
風に吹かれているみたいに、ゆらゆらと揺れていました。

私は音を立てないように近寄ると、顔を覗き込みました。
こう、何と言えばいいのか、妻は目が虚ろで半口を開けて笑っていたんです。恍惚とした感じでした。


                    明日につづく



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