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「24分のX」・・・最終回 「泥棒猫の地獄」連続超ショートストーリー


客のないスナック「馬酔木」で、美晴は借りたタオルで頭を乾かしていた。

「美晴ちゃん、大丈夫?」

ちいママが、傷ついてびしょぬれになった美晴の体をタオルで拭いていた。

ママは、コーヒーを沸かせて、カウンターの上に乗せた。

「まったく、出て行ったと思ったら、すぐ帰ってきて、
濡れネズミのお嬢さんを連れて来るんだから、おかしな子ね松野って」

美晴は、黙って頭を拭いている。

「美晴ちゃん。おせっかいだと松野に怒られるけど、面白いから言っちゃう」

トイレの方を見て、松野が出て来ないのを確認すると、
ちいママは話し始めた。

「どうせ松野の事だから、自分の事は、まともに話せてないんでしょ。
でもね、あいつは、人の気持ちを思い計るのは得意だけど、
自分の気持ちを扱うのは大の苦手なの。
だから、美晴ちゃんのことを8年も黙って見守ってたのよ。
思ってるだけなのに、指輪まで買おうとするのよ。
指輪にサイズがある事も知らないのにさ。さすがに引いちゃうでしょう」

辛らつな話になりそうだったので、ママが助け舟を出した。

「でも、アタシはちょっと可愛いと思ったわよ。
やってることは、多少可笑しいけど、なんだかんだ言っても、松野はいい奴よ。だって8年でしょ。
24時間×365日×8年で、7万とんで80時間よ」

「7万とんで128時間ね。うるう年が二回あるでしょ」

「もう、あんたは黙ってなさい。横からめんどくさい事言わないでよ」

ちいママが舌を出した。

美晴が少しだけ笑って、話し出した。

「でも私、めんどくさいんです。会社中が知ってるから、あの事。
だから誰が来ても、松野君だって私を幸せになんか出来ないと思うんです」

「誰も幸せにするなんて言ってねえよ」

いつの間にかトイレから出て来た松野が、話に割り込んだ。

「あんた何、幸せにするんじゃないの?」

ママが突っ込むと、松野は言った。

「誰だって、他人を幸せにするなんて、偉そうな事言えるわけないだろう。
結婚したら君が幸せになれるかどうかなんて責任持てない。
でも俺が一番幸せになれることは確信している。理由は無いけど」

髪を乾かすのを止めて美晴は笑い出した。

松野もママたちも笑いが収まるのをじっと待った。
笑い終わると、美晴は松野を睨んだ。

「分かってるの?この先は針の筵なのよ。
私は、泥棒猫というあだ名がついた女。
そんな女と付き合うなんて、まして結婚なんかしたら
会社中が好奇の目があなたを責めるわよ。
泥棒猫のいる家に帰ってきても安心なんかできないわよ。
課長との関係を隠していた私が、自分だけを愛してるなんて思える?
他所に隠している男がいるかもしれないって思うでしょ。
24時間、あなたは安心できない、乾ききった地獄に居ることになるのよ」

松野は真っ直ぐに見つめて美晴の話を聞いていた。
そして、一度大きく息を吸うと答えた。

「どんなに乾いてたって、俺は種を撒いて、水をやる。
雑草を抜き、栄養をたっぷりやって陽の光を当てる。
どんなに荒れた土地だって、24時間愛し続ければ、きっと幸福という芽が出て来る。
俺の幸福が見えたら、君はただ、その芽に水を上げればいい。
君は、花を咲かせる命の水を心の中に持っているんだ。
俺はそれを知っている。
それが地獄だというなら、地獄に花を咲かしてやる。
覚えてるか? 新人研修で、浜離宮に行ったことがあっただろう」

「ええ。日本の文化を体験するって奴ね。今までやったことも忘れてたわ」

「俺は忘れてない。あの時、各自脱いだ靴を袋に入れて、和室に上がっただろう。美晴は脱いだまま入り口に置き忘れてて、俺が気付いて声を掛けたんだよ。
『靴をお忘れですよシンデレラさん』ってね。
名前も分からなかったからさ。
その時、物凄く可愛い顔をして笑っただろう。
研修の間、クスクス笑い続けてて、周りが飽きれてた。
言った俺も、どこがそんなに可笑しいんだろうって思ったけど、
でも、嬉しかった。その時決めたんだ。
あのシンデレラといれば、俺は幸福になれるってね」

「何よそれ。全然分からないわ。それにお生憎様、
シンデレラは大きくなったら、魔女になったのよ。
嫌われ者で、はみ出し者のね」

「そうだな、シンデレラじゃなかった、魔女だったかもしれない。
だって美晴がかけた魔法は、今も解けていないんだから。
それに魔法がつかえるんだ。どんなところにだって花くらい咲かせられるだろう」

美晴はもう一度大きな声で笑い出した。
ひとしきり笑って、松野の方を向き直ると、
微笑みを残した顔で言った。

「9号よ」

「え?」

「指輪のサイズ。薬指は9号なの」

松野は肩を震わせて涙をこらえた。


×  ×  ×          

それを見ていた雲の上の神様たちが言った。

「こんな恋は、今の世の中では、気持ち悪がられるんじゃないのかね」

「その可能性はあるな。だが、たまにはこんな恋もありなのかな」

「そうだな。今回が特別だ。
苦しい恋という刑に処された女は、愛という免罪符を求めて彷徨った。
そこで散々苦しんだのだから、良い男に巡り合うのも良かろう。
こだわりを捨てることが、恋の秘訣じゃからな」

「だが、追いすぎると、ストーカーになる。気を付けなければ」

「相手が拒否すれば、諦めなければならんだろう。
それを分からせてやるのが、わしらの使命でもある。
くっつけるだけではいかんのだ」

「そうか。それだな」

「かなりの難門だな。皆さん。協力してくださいよ」

神様たちは頷いた。

         おわり

*この物語はフィクションです。
実在する人物、会社、神様たちとは関係ありません。


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