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「百年峠」・・・怪談。峠の頂きで見たものとは。


怪談『百年峠』


明和7年の夏といいますから
維新までまだ100年以上ある時代のお話。

出羽の国境にある峠の麓で、
平助というお百姓が畑を耕していた。

平助の畑は、峠越えの道の入り口にあり、
出羽三山に向かう修行僧たちが良く通りかかる。

この日も、篠懸の法衣に、頭襟(ときん)錫杖(しゃくじょう)という
いで立ちの山伏が通りかかり平助に尋ねた。

「この先の峠を越えて出羽に抜けるには、どれくらいかかるであろうかな」

平生の平助なら、

「低い峠で、半時ほどで越えられます」

と親切に答えるのだが、
この日は、一日中乾いた土に鍬が入らずに苛立っていた。

おまけに朝からひと時も休まぬ暑い日差しも手伝い、
ほんの腹立ちまぎれの小さな戯れが、口を突いて出てしまった。

「ここは百年峠じゃ。この峠を越えるには百年かかるぞ!」

平助の戯言に、山伏は驚きもせず答えた。

「それは大変な峠だ。では百年後にまた会うことにいたそう」

そう言い残すと、峠道を上って行った。

そのまま山伏を顧みることも無く、炎天下の野良仕事を続けていた平助だったが、しばらくすると冷静さを取り戻し無作法を悔やんだ。

「山野に起き伏す修行僧さまに、わしはなんと不躾なことをしてしまったのだ」

太陽はもう半分ほど山陰に差し掛かっていたが、平助はひと言詫びを伝えようと、山伏の後を追って峠に向かった。

しかし、平助がいくら峠道を歩いても、先を行く山伏の姿を捉えることは出来なかった。

「はて? 間違える筈もない一本道のはずじゃが。
それに、いつもなら小半時も歩けば峠の頂上につくはずなのに
もう一時近くも歩いとる」

陽がとっぷりと暮れ、足元が怪しくなってきた頃、
平助は、ようやく頂上らしきところにまでやって来た。

周りの木々の輪郭も分からぬほどの暗闇の中へと、峠の道は下っていた。


ところが、その下り道のはるか先、ぼんやりと広がる真っ暗な平野に
キラキラと星よりも明るい、光の点が無数に輝いていた。

光は集まった離れたり密度を変えて、地面の上に光の筋を描いていた。
その光の筋が又、田んぼの畔道のようにいくつも交差して連なっている。

その四角い光の畔の間を斜めに、
規則正しく並んだ光の列が抜けていった。

その光の列と一緒に煙のようなものが動いて行き、
ポッポーという低い笛のような音が聞こえた。


平助は、目の前にひろがるその光景が、恐ろしくなってきた。

傍らの森の中から、何かの獣が飛び出してきた拍子に平助は駆け出した。

「うわあああああああ」

前後も分からぬ闇の中を大声を上げながら走り抜け、
平助は自分の家に駆けこんで布団を被って眠ってしまった。

翌日、平助は女房と子供たち、それから村の者たちにも
峠で見た光の事を話したが、だれ一人信じる者はいなかった。


やがて、明治維新が起こり文明開化の波がこの村にも押し寄せた時、
電灯の明かりが瞬く隣町を、己の子孫たちが峠の頂上から眺めながら
自分たちの先祖が伝えて来た不思議な話を思い出すという事を
平助は知る由も無かった。

                      おわり

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