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「麻田君の疑惑」・・・噂話は穴二つ、って言うのかな?


*今回の話は、少々お下品な表現も出てきます。お食事中のお方は後程お読みください。


『麻田君の疑惑』

会社の休憩室。
麻田君と同僚の工藤くん、山本くん、そして後輩女子の佐伯さんが
コーヒーカップ片手にお互いの親の話で盛り上がっていました。

親に叱られたという話から、
なぜか父親たちの子供時代の話になっていったのです。

パンツも履かずに野山を走り回り、深い渓流で飛び込み競争をしたらしい。

田植えしたばかりの水田で相撲を取ってお百姓さんに叱られたと聞いた。

などと、父親たちの武勇伝が語られました。

負けず嫌いの麻田君も何かないかと考えていましたが。

「そうだ。あんな話があった! 絶対すごい話」

と、興奮気味に声を上げました。

「まだ父親が小学生の頃の話なんだけどさ」

麻田君は、父親が校外学習,(当時は林間学校と言った)に行った時の話を語り始めました。

「東北地方の民宿に一泊二日で体験学習をしに行くらしいんだ。

それでね。民宿に向かう途中に小さな渓流を挟んで畑があって、
その畑に昔の事だから、古い肥溜めがあるんだって。あ、肥溜め分かる?」

「ウンチ貯めて天然の肥料を作るやつだろ」

『女性がいるのに、生々しい言い方をするなよ』
その話題を出したのが自分であることを忘れて、麻田君は心の中で
山本は無神経な奴だな、と毒づきました。

「え~。まだあるのかよ。そんなもの」

「父親の子供時代だからな。田舎ならあったんじゃないのか」

「ウチ、実家が農家だったから聞いたことあるわよ。でも最近は流石に無いかな」

意外な事に女性の佐伯さんが自然に反応してくれたので、
様子見をしていた麻田君は安心して話を続けました。

「オヤジの時代でも余り使われなくなっていたらしい。
トタン板で覆いがしてあったんだって。
それで、男子の間で勇気試しが始まったらしいんだよ。これが」

「勇気試し?」

「そう。そのトタンの上を速足で駆け抜けるんだ。
山本みたいなやんちゃ自慢の奴がやり始めて、
何となく全員がやることになってしまったのさ」

「俺、やんちゃか?」

山本くんの反論には誰も答えず、麻田君の話を聞き続けました。

「とにかく、何人が挑戦するんだけど、みんな足を乗せる時間を少なくするために、
ささっとトタンの上を走り抜けるんだって。

それを見ていて、俺のオヤジは、女子も見てるからちょっとカッコつけて、
ゆっくり目に歩いて見せた。
男子から「お~」「スゴイ」っと声がかかってちょっと気分が良かったらしい。

その後にやったのがトオル君。
オヤジのさらに上を行こうと考えたのか、トタンの上で立ち止まって、
当時流行っていた歌手の振り真似とかし始めた。

ところが、トオル君が腰をくねくねっと回した途端、
トタンの継ぎ目がずれて、見事に肥溜めの中へドボン!

運の悪いことに数日前に雨が降ったらしくて、
深さ50センチくらいまで肥料が溜まっていたんだよ。

股のすぐ下あたりまでとっぷりと浸かってしまったトオル君は
目を見開いたまま声も出せずに固まってしまった。
その場にいた男子も女子もどうして良いか分からず見守るだけだった。

すぐに異常な雰囲気を察知した担任の先生がやってきて、
「ケガが無いか」って聞くと肥溜めからトオル君を引き上げた。
それから、他の生徒には先に進むように言って、
体を洗うためにトオル君を近くの渓流まで連れてったんだよ。
俺、この先生、偉いなって思うんだ」

「どうして?」

「だってさ。本当なら叱られるところだろ。遠足で遊んでいて
自業自得みたいなもんじゃん。
でも、他の生徒に臭いだの汚いだの言われたらトオル君傷ついちゃうだろう。
彼が恥をかかないように気を遣ったんだよ」

「なるほど」

三人は麻田君の話に納得した。

「とにかく、トオル君は、渓流で体を洗ってから民宿に入り、
体が冷えているから先に、一人でお風呂に入ってくることになった。

他の生徒たちは、大広間で食事の準備待ちしていたけど、
皆トオル君のことでざわついていた。
ここでさっきの先生が、みんなに向かって言ったんだ。

『いいか。みんな。トオルの気持ちを考えて、
絶対に、うんことかクソとかババとか言っちゃダメだぞ。
それに、鼻に手を近づけるのもダメだ。匂いを気にされていると思うからな。
ちょっとした仕草でも、気にするからな。紛らわしい事はせずに普通にしてるんだ。
これは皆の名誉にもかかわるぞ。今回の話は絶対に口にするなよ』

しばらくして、トオル君がお風呂から帰って来た。

分かると思うけど、この状況で、普通にしているのはかなり難しい。
みんな目を合わせないようにしている。
中には笑いを堪えて体を震わせている者もいる。

ちょうどそこに、民宿のお婆さんがご飯を運んできた。

「うんと食べてけな~」

東北訛りのアクセントの言葉は、誰の耳にも普通に聞こえなかった。

「と」が「こ」になって「うんこ食べてけな~」に聞こえたんだ。

生徒たちは一斉に噴き出してしまった。
一度堰が切れるともう止まらない。
大広間は大爆笑に包まれたんだって、ははは可笑しいだろ・・・あれ」

その時麻田君は、予想外の表情で自分を見る三人に気付きました。

『あれ? 面白くなかったかな。俺がオヤジから聞いた時は、腹抱えて笑ったのに』

工藤くんと山本くんはニヤニヤ薄笑い。
佐伯さんは、目線を逸らして、天井を見つめています。

山本くんが、嬉しそうに麻田君を見つめながら言いました。

「麻田。それ、本当にお父さんの友達の話か?」

「そうだよ」

「本当は違うんじゃない?」

「どういう事だよ」

「いやあ。詳しすぎるからさ。
よくあるだろう。自分の身に起こったことを、友達の友達の話だと言って語る奴。
あ、今回は、オヤジの友達の話だけどな」

「違うよ。本当にオヤジが話してくれたんだよ」

「いいから。いいから」

「どんな過去があっても。俺たちは友達だから、な。佐伯ちゃんも」

佐伯さんは答えずに麻田君を見つめた。
その目には憐れみと同情の光があった。

「違うって、誤解だよ」

「そうかそうか。お父さんの友達の話ね。大丈夫、大丈夫。さあ。仕事に戻ろっと」

三人は訳知り顔で、オフィスに戻って行った。

その後ろ姿を見送りながら、麻田君は話に出て来た先生の言葉を思い浮かべていた。

「この話を絶対に口にしてはいけない、というのは、もしかしたら、
こういう事になる、という意味だったのかもしれないな・・・」

                        おわり





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