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麻田君、サラ金のような書道を知る。



『麻田君、サラ金のような書道を知る』


高校に初登校する日。
麻田君は、揚々とした気分で桜舞い散る校門をくぐった。

すると、見覚えのない先輩が話しかけてきた。

この高校は、クラブ活動が盛んで、野球や陸上では、
全国でも強豪校として知られていた。

だから麻田君も、当然のように「クラブ活動の勧誘かな」と思った。

だが、その予想は違っていた。

「君、芸術の授業は何を選択するつもりだい?」

当時の進学校では、カリキュラムは勉学が中心で、
受験に関係のない芸術系の科目は選択制になっていた。

音楽、書道、美術の内から選ぶ選択制授業である。
途中で選択教科の変更は出来ず、一年の時に選んだものが三年間続く。

麻田君は素直に決めていた教科を答えた。

「美術のつもりですが」

「そうか。しかし美術は評判が良くないぞ」

「え?」

「デッサンばかりで面白くない」

「そうなんですね。音楽はどうです?」

「音楽もダメだ。楽器が古くて音がちゃんと出ない。
音楽をとって音痴になったっ奴もいる」

「じゃあ」

「ああ、そうだ。書道が一番楽だ。
墨一色で簡単だし、特に高い道具もいらない。
教室で椅子に座ってやるから正座で足がしびれる心配もない。
書道を選ばなかった奴らは、みんな後悔している。書道が良い、書道にしておけ」

熱心に勧める先輩の話を聞きながら、
麻田君は、子供の頃通わされていた書道教室の事を思い出していた。

あまり上達しなかった麻田君は、
厳しい先生に毎回のように叱られ、
ひと月ほどで嫌になって、その教室を辞めた。

おかげで、中学校でも一二を争うほどの、字が下手な男子だった。

『いい機会だから、習い直しても良いかな』

という思いが麻田君の心に浮かんでいた。

それと同じように、入学早々先輩の顔を潰すのも悪いなという思いも
感じていた。

「分かりました。書道にします。ありがとうございます。」

麻田君が元気よく答えると、先輩は

「良し」と言って、すぐに次の生徒を捕まえては再び説得を始めた。

熱心だな、と親切な先輩をありがたく思ったが、
その一方で、麻田君は奇妙な感覚に囚われていた。

かつて習っていた書道教室の先生は、確かによく怒った。
だがそれは、書に厳しいと言うより
日頃のストレスを生徒にぶつけているようにも思えた。

なぜか麻田君には、その厳しい先生と親切な先輩の後ろ姿が
重なって見えるのだった。

「変だな・・・」

先輩を見つめれば見つめるほど、奇妙な感覚が大きくなり、
それはやがて、心の中で不安となっていった。

結局麻田君は、朝まで迷った末に、自分の気持ちに正直になることにした。

新学期が始まってしばらくすると、再び先輩が廊下で声を掛けてきた。

「よう!」

「あ。先輩」

「俺はこれから、選択授業で書道なんだ。これ見ろよ」

先輩は鞄に入った大量の半紙を見せた。

「420枚ある。これが今日の俺の課題だ。もちろん出来る訳ないがな」

先輩は半分笑みを浮かべながら説明をしていった。

書道は毎時間10枚の課題が出る。
書きおえた課題を見せて、先生のOKが出れば、それで終わりだが、
OKが出なかった分は、次の芸術の授業まで持ち越しになる。

つまり、10枚の内、1枚もOKが出なければ、次の授業では新しく出されるものと合わせて20枚の課題に取り組むことになる。

そこでもし、20枚ともOKを貰えなかったら、次はまた10枚増えて30枚。その先も同じなら、40枚、50枚、60枚と増えていくのだ。

書けない生徒は次々と課題の数が膨らんで、上級生の中には、500枚以上の課題が溜まっているつわものもいるらしい。

「どうだ。払っても払っても借金が減らないサラ金みたいな書道だろう」

先輩は、

「お前も『サラ金書道』の泥沼にハマるんだ」

と言い残して去って行った。


麻田君は言えなかった。

選択科目の申請書に「美術」と書いたことを。

「先輩に嘘つくことになって悪いけど・・・」

麻田君は胸をなでおろした。

もし書道を選んでいて、後で先輩に騙されていたんだと思ったら、
きっと書道の授業は、素直に受けられなくなっていただろう。

そうすると授業に身が入らず、本当に『サラ金書道』の泥沼にハマっていたかもしれない。

麻田君は幼い頃叱ってくれた書道教室の先生に感謝した。

そして、選択授業に向かう、寂し気な先輩の後ろ姿を見つめていた。

                   おわり


何事も芸術の道は厳しく、果てしないものですが、
特に書道は向いてない人にとっては、苦痛でしかないでしょうね。
字を苦労しないで上手く書ける人は、ひたすら羨ましいです。






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