見出し画像

サイド攻撃が停滞する理由

1-0

J2の長崎がJ1の浦和を倒し、次のステージへと駒を進めた。

このゲームでは長崎の4-4-2のコンパクトな守備が目立ち、最終的には1人少ないながらも見事にクリーンシートを達成。一方で浦和の攻撃ではチグハグさが露呈して、あまり多くの決定機を作ることができなかった。

今回はそんな長崎の守備の魅力と浦和の攻撃時の混乱についてまとめていく。



サイド攻撃のキーファクター

試合の全体を見た時に浦和がボールを保持して長崎陣内でプレーする時間が多かった。浦和の攻撃はサイドを起点にすることが多かったのだが、この試合ではサイド攻撃からあまり多くのチャンスを作ることができなかった。これにはいくつかのキーファクターが関連している。

"死んでいる"SBの立ち位置

今シーズンからの浦和の課題であるボール保持でのSBのタスクはこの試合でも顕著に課題となっていた。

前半開始直後の0:35では長崎が4-4-2から2トップが縦関係になってCBへとプレス。それに対して浦和は4-1-5のような立ち位置でボールを保持していたが、両SBがCBとほぼ並行かつワイドに開いた立ち位置を取るために、ビルドアップに大きな影響を与えることができない現象が起きていた。

0:35の浦和のボール保持

アンカーの安居は長崎の2トップ(ファンマと名倉)に監視され、両WGに対しては長崎がSBとSHでダブルチームを作り、2vs1で対応することで浦和のサイド攻撃を封鎖。浦和のSBが低い位置で張り出していて彼らにボールを渡っても脅威にはならないため、長崎のSHは彼らを放置して中央に絞ることができた。

浦和のSBはアタッキングサードに入ると積極的にオーバーラップやアンダーラップをするのだが、アタッキングサードに入るまでは相手を困らせるような(中央に入ってきて数的優位を作ったり、高い位置を取ってピン留めする)プレーがほとんどないため、ボール保持に貢献することができていない。従って、WGで起点を作れないと、追い越していく動きを発揮することができず、ボール保持では"死んでいる"状態になってしまうのだが、この試合では長崎が浦和のWGに対して2人で対応したため、浦和のサイド攻撃は消化不良となった。

ローテーションと陣形変更

長崎は4-4-2のミドルブロックをベースに浦和のボール保持に対応。サイドへとボールが出ると下の図のようにボールサイドへと圧縮して陣形をコンパクトに保ち、ボールサイドでボールを奪うことが狙いとしていた。

6:15の長崎の守備

浦和は4-4-2のミドルブロックに対して安居が最終ラインに入って後方を3枚にすることでプレス回避を図った。しかし、特に前半の立ち上がりは安居が降りた時にアンカーの位置に入る選手が居らず、中央からの攻撃はほぼ皆無となった。安居が最終ラインに加わると、LSB大畑が押し上げられて左サイドでローテーションが起こる。主にLSB大畑とLWGパンヤがローテーションするのだが、ゾーンで守る長崎にとってはあまり効果的なポジションチェンジにはなっていなかった。

更には12:20のようにアンカーの安居が最終ラインに降りて、LSB大畑が高い位置を取った際にLWGパンヤがハーフレーンへと絞るのだが、同じスペースに興梠がボールを受けに来たり、LIH渡邊とポジションが被ることがあり、前半はチグハグさが目立った。

12:20のパンヤと興梠のポジション被り

これまで多くの試合を固定して戦ってきた浦和は前線メンバーを入れ替えたために、連携はチグハグ。流動性をもたらしたかった陣形変更がかえってノッキングを起こす原因となっていた。前半はほとんど左サイドからチャンスを作ることはできていなかった。

3人目はタイミングが命

停滞する左サイドとは対照的に右サイドではアタッキングサードに侵入するところからいくつか良い場面を作ることができていた。その要因として3人目の動きがスムーズに使えていたことが考えられる。

19:15ではLCBホイブラーテンからRWG前田への大きなサイドチェンジのタイミングでRSB酒井がアンダーラップしてLSB五月田の背後を取った。前田もダイレクトで酒井に繋いで、再び酒井のサポートにまわることで2vs1の局面で右サイドを打開。残念ながら前田からパンヤへのパスがそのまま流れてゴールラインを割ったが一連の流れはスムーズだった。

19分の酒井の3人目の動き

左サイドでも同様にワイドに張り出した大畑がボールを持った時に渡邊やパンヤが背後への動きを見せていたが、そもそも大畑に対してはRSH澤田が対応することが多く、RSBモヨを釣り出すことができていなかった。従って、4:02のようにモヨの対人能力の高さで渡邊やパンヤを封殺した。

20:08では酒井がやや内側でボールを受けることで、LSH松澤を食いつかせる。酒井がショルツへリターンパスをした後にアンダーラップをすることで、ショルツからサイドに流れてきたRIH伊藤へのパスコースを『解放』。パスを受けた伊藤は前向きな状態でボールを受けてスルーパスを出した。

20分の酒井のパスコースを解放するプレー

この『解放』する動きはサイド攻撃と非常に相性が良く、上の場面のように同じパスコースに出し手、受け手、囮の3人が並んだところから囮の選手が違う場所へ移動することで、受け手へのパスコースを解放することができる。『解放』も3人目の動きの1種類でそこからもう一回囮の選手がボールを受けることで3人目の動きに繋がる。3人目の動きはタイミングが重要で、早く動きすぎると相手のマークに合い、遅く動くと出し手は相手のプレスに捕まってしまう。この場面では酒井の立ち位置やパスしてから抜ける動きと連動して伊藤がタイミングよくサイドへと流れてきたことで一連の流れに繋がった。

要所を閉める

長崎はコンパクトな守備陣形を作りながら上手く浦和にブロックの外側でボールを持たせることができていた。

下の図のように浦和のWGにボールが入るとSHがプレスバックして2vs1を作り質的不利をカバー。

浦和のWGに対してはダブルチームで対応

基本的に2トップがアンカーポジションに入る安居や降りてきた渡邊を監視することで、中央からの侵入を許さなかった。唯一中央からチャンスを作られた場面は26:36でRCBショルツが2トップの脇から運んだ際にハーフスペースにいたRWG前田にボールが入った時くらいだったはずだ。

26分の浦和の攻撃

偶にCBの背後の対応が曖昧になり、パンヤや後半から出場したサンタナに背後を取られた場面があったが、基本的には守備の原則がしっかりと落とし込まれており、チーム内で混乱はなかったように思う。

後半は前半よりも押し込まれる時間が長かったが、際どい場面も冷静に対応。51:45では酒井がアンダーラップからPA内ポケットへと侵入したが、長崎のゴール前の守備の人数は揃っていてRCB白井が上手く蓋をした。

51分の浦和の攻撃と長崎の守備

試合を通じて浦和が押し込んだ状態からPA内に侵入した回数はほんの数回で長崎の守備ブロックは機能していた。

プレッサーの背後

プレッサーの背後を取るプレー

冒頭で話したように浦和のボール保持の時間が長かったのだが、長崎もビルドアップからチャンスを作った場面がいくつかあった。特に長崎は浦和のプレスを利用して、プレッサーの背後のスペースを意図的に狙っていた。

例えば、4:38ではLCB白井がボールを受けた時にはボランチへのパスコースが消されていたために、RCB新井へと横パスを使って角度を変える。新井に対してパンヤがプレスに飛び出したため、その背後のスペースにCM瀬畠がスライドして縦パスを引き出す。

4分の長崎のビルドアップ

瀬畠から山田への横パスに対してRIH伊藤がプレスに飛び出したため、伊藤の背後にはスペースができる。山田はシンプルに前向きの新井へとバックパスを送り、再びパスの角度を変えたことで新井から伊藤の背後のスペースに顔を出した名倉へと縦パスが通った。

プレッサーの背後を取るプレー

フリーで受けた名倉は前を向いて4vs4の数的同数の擬似カウンターの局面を作り出すことに成功。残念ながらスピードアップしてアタッキングサード内で仕掛けに入った時にクオリティーが不十分だったためにシュートまで持っていくことはできなかったが、後ろからボールを繋ぎながら、上手く浦和のプレッサーの背後を取って前進した場面だった。

後半1:00ではGK若原はサンタナからプレッシャーを受けていたが、冷静にLSB五月田への浮き玉のパスでサイドへと展開。その浮き玉のパスに対して伊藤が飛び出してプレスをかけたために、伊藤の背後にスペースが生まれて、再び名倉が伊藤の背後でボールを引き出してプレスを回避した。

後半1分の長崎のビルドアップ

試合を通じて長崎は浦和のWGの外切りプレス(SBを切りながらCBへとプレス)の傾向からSBを起点にビルドアップ。SBにボールが渡った時に浦和のIHが飛び出してくるためそれを利用してIHの背後のスペースを上手く活用していた。

人を捕まえる守備

しかし、後半は浦和もプレスを修正。パンヤとサンタナで長崎のアンカーの立ち位置を取る選手を監視。ハーススペースの選手には安居と伊藤がマークして中盤で浮く選手を消したことで、前半は曖昧だった長崎の中盤へのマークを明確にした。また、ライン間へと降りてくる長崎の2トップに対してはCBが厳しくチェックにいくことで長崎のビルドアップを封じた。

47:11では長崎は中盤の3枚がマークされているため、ファンマがライン間に降りてきて中盤で数的優位を作ろうとしたが、後半から投入されたRCB佐藤が厳しくプレスしてボールを奪ったところから浦和のショートカウンターに繋がった。

長崎にビルドアップに対する浦和の守備

特に後半は長崎は後ろからプレスを剥がして前進することに苦労。後半は数回危険な失い方をして浦和のショートカウンターになった場面があった。

後半は特に浦和がしっかりと人を捕まえ出したことから前半のようにプレッサーの背後を取るプレーが有効ではなくなってしまった。50:24がその具体例で、伊藤がLSB五月田まで飛び出したことで空いた伊藤の背後のスペースに名倉が降りてきたが、佐藤がぴったりとマークにつき、ファンマのボールサイドに流れる動きに対してもショルツが付いて自由を与えなかった。

50分の浦和の人を捕まえる守備

このように人を捕まえる守備では瞬間的にマンツーマンのようになるため、釣り出して背後を取るというプレーが難しくなる。どこかで質的優位を出せるポイントがあると簡単に前進できるのだが、個の質では浦和の方がアドバンテージが大きかったため、長崎はボール保持からの前進が難しくなっていった。

長崎の守備CK

1人少ないながらも数少ないチャンスを決めて、最後までゴールを守り続けた長崎の守備や献身性は非常に素晴らしかったのだが、長崎の守備CKは個人的に特筆しておきたいポイントだ。

この試合で長崎は8回の守備CKがあったが、危険な場面は前半11分のクリアしたボールを安居がボレーシュートを放った時のみだったように思う。長崎のゾーンでのCKの守備は穴が少なく浦和にとっては攻略するのが難しかったはずだ。

例えば、52:25の浦和の右サイドからのCK。長崎の配置は下の図のようになっていた。

長崎の守備CK陣形

まずGKが守るエリアが確保されていることやゾーンディフェンスで守る時に危険なエリアとなるニアゾーンと中央ゾーンが十分な人数で埋められていることがわかる。また、それぞれの選手の立ち位置が微妙に高さがズレていることでギャップを埋めているため、よくゾーンディフェンスで起こる「配置した選手と選手のギャップから相手にフリーで合わせられる」ということが起こりづらい陣形になっていることがわかる。

浦和サイドとしては何回かショートコーナーで角度を変えたり、ディフェンダーを釣り出すことで相手のゾーンディフェンスを攻略するような試みを見せたが、いずれもクロスの質が低くあまり効果的なCKをすることができなかった。一発勝負の大会ではセットプレーが非常に重要で、セットプレーという点でも長崎は高いクオリティーを見せた。

この記事が参加している募集

もし宜しければサポートをよろしくお願いします! サポートしていただいたお金はサッカーの知識の向上及び、今後の指導者活動を行うために使わせていただきます。