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『ひっくり返す』ことの有効性

4-1
ミッドウィークに行われた浦和対湘南の試合は浦和のゴールラッシュで幕を閉じた。

この試合で率直に感じたことは浦和と湘南の実力差だった。湘南が浦和対策として用意したプランを浦和が対策を上回り、試合全体を見た時にほとんどの時間帯で優位に試合を進めていた。特に湘南のプレスの意図と浦和の湘南のプレスに対する攻略法は興味深かった。

罠を仕掛ける

湘南は5-3-2の守備陣形から片方のサイドへと誘導して、ボールサイドへ圧縮する狙いがあった。IHのプレスをトリガーに罠を仕掛けたのだが、あまり上手くいかなかったと言えるだろう。

湘南が目指していたプレスの形は26:13のような状況だろう。GK西川からRCBのショルツへパスが渡った瞬間にLIHの山田がショルツへとプレス。ショルツは内側が切られているので外へ逃げるしかなく、RSHの大久保へとパスを出した。このパスに対してLWBの杉岡が強く寄せたため大久保はボールロストする格好となった。

26:13の湘南のハイプレス

大久保へのパスが入ると中盤の永木と小野瀬は浦和の中盤を捕まえにいきサイドの狭いエリアに圧縮。IHのプレスをキッカケにサイドの狭いエリアへと誘導してボールを奪い取ることが湘南が設定した『罠』だった。

39分も同様に片方のサイドへと誘導してボールを奪い取ることができた。FWの大橋が左サイドへと誘導する形で西川まで飛び出していき、この時にはRIHの小野瀬はLCBホイブラーテンまでプレス準備。西川は大外の関根へとロングフィードを送るものの、RWBの石原がDFラインから飛び出してこれをカットしてサイド圧縮していた永木がボールを回収。ここからショートカウンターへと移行して最後はFW町野のシュートまで繋げることができた。

39:30の湘南のハイプレス

湘南は上記のような形で罠を仕掛けて、ボールを奪い取り、浦和の守備陣系が整う前に攻め切ることに勝機を見出していたはずだ。しかし、湘南が設定した『罠』に浦和がハマる回数はそれほど多くなかった。

失ったボールハントチャンス

湘南の1失点目。湘南は上手くハメることができていたのだが、ボールを奪いきれなかったために浦和の得点が生まれた。19:27の場面でショルツに対して山田がプレスをかけてプレスのスイッチが入る。ショルツは大外の酒井へのパスで逃げる形となり、酒井の所で湘南はボールを奪えるはずだった。しかし、上手く大久保が酒井のサポートに入ったこともあり、湘南のプレスが失敗に終わる。

19:27の湘南のプレス

湘南は再び5-3-2の守備陣形で立て直しを図るが、ボールホルダーにプレスがかからなくなってしまい、CB間に下りたボランチの岩尾から高精度のロングフィードがLSB大畑へと通った。

浦和の得点シーン

この時に浦和はLSHの関根とLSBの大畑の立ち位置を入れ替えたことで、湘南のマークが曖昧になっていた。そして、岩尾から大畑へのロングフィードに対してRCBの高橋が目測を誤り上手く対応することができずに、大畑の素晴らしい1stタッチで勝負が決まった。興梠の丁寧なフィニッシュワークもあって浦和が先制。

60分の浦和の2点目も同様に湘南が取り所でボールを奪えずに失点に直結してしまった。下の図のようにショルツから酒井へのパスに山田がアプローチをかけたのだが、酒井の1stタッチが大きくなったところでボールを奪いきれず伊藤へとパスが繋がった。ここから伊藤と安居のワンツーが入って左サイドの関根へと展開されて、関根の強烈なシュートがゴールに吸い込まれた。

浦和の2点目

この場面も同様にサイドへ誘導して中盤がスライドしてサイド圧縮をかけていたのだが、ボールハントできず、後手後手の守備になってしまった。湘南としては自分たちが狙っていた『罠』→ボールハントという局面を作れそうだっただけに、もったいない失点となった。

ロングボールとDFラインの高さの相関性

浦和がなぜ湘南の『罠』を回避することができたのか。理由は明白で浦和がロングボールを使って湘南のハイプレスを『ひっくり返す』作業を徹底して行ったからだ。

試合の頭から浦和は湘南のDFラインの背後、特にWBの背後へとボールを送って湘南に『罠』を回避した。1:42のショルツから背後に抜けたRSB酒井へのボールはこの試合の浦和のスタンスを証明するものだった。

浦和がロングボールを送って、湘南にボールを奪うトリガーを作らせなかったことは湘南の守備に問題が起きた要因だ。3:50ではホイブラーテンからショルツへの横パスに対して、本来は山田が飛び出すことでプレスのトリガーが作られるのだが、山田が躊躇したため後ろが連動できずに大久保へのパスが通ってしまった。山田がショルツへ飛び出して、それに連動する形でLWBの杉岡が酒井を捕まえに行くことが湘南のプレスの原則だったのだが、1stDFが決まらなかったために酒井に余裕が生まれ、杉岡が中途半端な守備の位置になった。

3:50の浦和の攻撃

では、なぜ山田はプレスに出ることを躊躇してしまったのか。きっとこれは浦和が試合の頭からロングボールを送り続けたことで、DFラインが下がっていたため、山田からショルツまでの距離が遠く、プレスに出ることを躊躇ったのではないかと推測する。

ロングボールで背後へのボールを送ると、相手のDFラインは下がる。DFはロングボールに対して良い準備をして対応したい心理が働くので体が前向きでロングボールに対応するために予めラインを下げて対応しようとするからだ。後ろ向きでのボールの処理は難しくなるので、ラインを下げて良い状態で対応したくなる心理が働くことは理解できる。そうすると、DFラインが下がったことで全体の守備時の立ち位置も下がることになる。これが『ひっくり返す』作業となる。当然、守備の重心が後ろに下がると前線はなかなかプレスに出づらくなるので、今回のようなプレスに躊躇う状況が生まれた。

後半も浦和はロングボールによって試合の流れを手繰り寄せていった。49:11では西川からDFラインの背後へ動き出していた酒井へロングフィードが配球される。湘南は後ろ向きで難しい処理を強いられ、なんとかボールを跳ね返すが中盤で浦和にセカンドボールを拾われて二次攻撃に繋がり、最後は伊藤が左足でシュートを放った。

49:11の浦和のロングボール攻撃

こういうプレーがあると、心理的にも湘南はなかなかDFラインを高く保って、前線からガンガンプレスに出ていくことが難しくなる。

カバーシャドウの弱点

浦和視点で見てみると、浦和は上手くカバーシャドウの弱点を突いていた。

湘南は5-3-2のIHがカバーシャドウ(自分の背後を消しながら飛び出すプレス)でプレスのスイッチを入れたのだが、IHが飛び出してプレスにいくということは元々IHがいた場所・選手が浮くということになる。浦和はこのカバーシャドウの背後、つまりIHの背後を使うことができていた。

12:50では小野瀬がショルツに対してプレスに飛び出した時に、ショルツから大久保へとパスが渡る。パスを受けた大久保はダイレクトで浮いた伊藤へとパスを出したことで湘南のプレスを回避。伊藤から3人目の動きで背後に抜けた酒井へとパスが出たがこの場面では惜しくも繋がらなかった。

12:50の浦和のプレス回避

15:59も浦和は左サイドで同様のパターンで湘南のプレスを回避した。ホイブラーテンから関根へと縦パスが入り、ホイブラーテンへとプレスに出ていた小野瀬の背後で安居が関根からパスを受け、興梠へとスルーパス。この局面もパスが通らなかったが湘南のプレスを回避する方法は明確に仕込まれていた。

15:59の浦和のビルドアップ

ハーフスペースの攻防

湘南は狙いとする攻撃の形があったものの、湘南の攻撃を浦和が上手く対応したと言えるだろう。

湘南は攻撃時にはWBが幅を取ってピッチを広く使い、浦和のCB-SB間にギャップを作って、そのギャップにIHが飛び出していくという狙いがあった。6:16ではCBの大野から左サイドで幅を取っているLWB杉岡へとロングボールが入る。RSBの酒井が杉岡に対応するために飛び出して生じた酒井の背後のスペースに杉岡が頭でボールを供給。そのスペースに山田が入り込むもこの場面ではショルツがカバーして対応した。

6:16の湘南の攻撃

直後の6:37では左サイドで同様に杉岡が幅を取って酒井を引っ張り出してギャップを作り、山田がそのギャップへと侵入。この場面ではボランチの伊藤がギャップを埋めに行ったが後手の対応となり、山田と杉岡のコンビネーションでサイドを攻略。最終的に町野のシュートまで持って行った。

6:37の湘南の攻撃

しかし、振り返ってみるとこれ以降はなかなかCB-SB間のギャップを使った攻撃が効果を発揮しなかった。浦和の両CBの予測の良さとカバー範囲の広さでギャップが直ぐに埋まってしまうことと、浦和のダブルボランチがハーフスペースをしっかりと埋めて湘南にスペースを与えなかったことが、湘南の攻撃が沈黙した理由だろう。

湘南は何度かサイドチェンジできそうな局面で狭いエリアにボールを運んでしまってボールロストからカウンターを食らう場面があった。50:37ではRCBの高橋がボールを持った際に逆サイドでは山田と杉岡がフリーになっていた。この局面でサイドチェンジできていれば2vs1の状況になったのだが、髙橋は小野瀬へとパスを選択。最終的にボールロストへと繋がり浦和のカウンターを受けた。

50:37の湘南のサイドチェンジチャンス

56:13は湘南がカウンターからサイドを変えてチャンスになりかけた場面だった。ボールを持った山田が逆サイドの石原へとパス。広い方へとボールを運んだことでスピードアップすることができた。岩尾と大久保がプレスバックで石原のクロスボールに対応したため杉岡へはパスが通らなかったがWBからWBへのパスは得点のチャンスを感じさせる攻撃だった。

56:13の湘南の攻撃

湘南は攻撃を完結できずにボールロストからカウンターを受ける場面が多々あった。浦和の3点目も相手陣内までボールを運んだものの、大橋のボールロストからカウンターを受けて失点。両WBが高い位置を取ると後ろに残るのは3CB+永木の4枚で、永木もかなりネガティブトランジション時には前にダイブする意識が強いので、3CBだけでは広大なスペースを対応しきれない場面が多く見られた。浦和も徹底してWBの背後を狙ってきていたので、どこにどのように人数をかけるかは見つめ直す必要がありそうだ。

浦和はこの試合かなり両SBが高い位置を取っていたため、その分両SBが上がって空いたスペースをカウンター時には相手に与えてしまっていた。56分の場面も酒井が上がったまま戻ってこれず、湘南が6vs5の数的優位を作り出していた。両SBの攻撃参加にはカウンターのリスクが伴うため、誰がリスクマネジメントするのか整理する必要がありそうだ。ホイブラーテンとショルツではある程度のカウンターを処理できるかもしれないが、バランスを失った攻撃はいずれ綻びが出ることは間違いない。

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