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ミッション:インポッシブル【カタールW杯:グループE】ドイツvs日本

2-1。当然、日本サポーターは日本の勝利に期待はしていたが、厳しい戦い・結果になることは誰もが思っていたことだろう。しかし、日本代表は下馬評を覆し大きな勝点3を手に入れた。

試合立ち上がりの約8分は日本が勢いよくハイプレスをかけてドイツに圧力をかけた。下の図のようにドイツは自陣深い位置ではノイアーが積極的にボール回しに参加してきたが、日本の4-4-2のプレスの前では返ってプレスがハマる形(4人が横に並ぶ形)になってしまうのであまり効果的では無かった。

ノイアーを含めたドイツのボール保持

不透明な基準

ドイツは日本が4-2-3-1からOM(鎌田)が前に出て4-4-2でプレスをかけてくることはスカウティングでわかっていたはずだ。その結果、ドイツは早くも最終ラインを3バックにしてボール保持する形を取ってきた。2:42ではキミッヒが2CBsの間に下りて後ろを3枚に可変。リュディガーにボールが入ると、大きなサイドチェンジを試みた。

ドイツの可変システム

リュディガーのパスのターゲットはLSBのラウム。ドイツはラウムを高い位置に押し上げて残りの3人で3バックを作ることが多くなっていった。

10分を過ぎた辺りから日本にトラブルが発生する。日本の右サイドではムシアラがハーフレーンに立ち位置を取り、ラウムが大外で高い位置を取る。そしてLCBのシュロッターベッグが日本の2トップの横からボールを運び始めた。そして11:24のように伊東が「LSBとLCBのどちらにプレスをかければいいのか」混乱が生じ始めた。この場面では伊東が中途半端な対応になったことで酒井も遅れてラウムにプレス、酒井の背後にムシアラが飛び出してきて危ない場面を迎えたが遠藤がカバーして切り抜けた。

11:24のドイツの攻撃

その2分後の13:10にも似たような攻撃でピンチを迎えた。伊東がシュロッターベッグに遅れてプレイをかけ、酒井がラウムへとスライド、ムシアラが内側から外側への斜めの動きで背後を取り、カバーに入った遠藤との1vs1となった。

13:10の似たようなドイツの左サイドの攻撃

日本としてはムシアラがドリブルでPA内に侵入してくるとPKを与えないために対応が緩くなる。あまりこういった場面は作らせたく無かったが、右サイドのプレスの設定が曖昧だった。「ドイツが3バックに可変してLSBを高い位置に上げた際に伊東がどこまで付いていくのか」をもう少し明確にしておきたかった。

トラブル発生

20分過ぎた辺りからドイツは日本の左サイドから攻撃を展開するようになる。これまではズーレがボールを持った時には久保がプレスをかけて押し戻すことができていた。久保がプレスをかけた時には長友がニャブリをマーク、田中がキミッヒまで飛び出し、鎌田がギュンドアンをマークすることでパスコースをロックしていた。

しかし、22:37の場面のようにOMのミュラーが田中の斜め左に流れてズーレからのパスを引き出そうと試みた。この位置まで流れると、吉田は穴を空けるリスクがあるので付いていけない。そして田中はミュラーのケアでキミッヒまで飛び出していけなくなった。この場面では鎌田がプレスバックでキミッヒをケアしたのだが、ズーレはフリーになったギュンドアンへパスを通し日本のプレスを回避した。

22:37のミュラーの動きと日本の守備

そして、日本がPKを与えてしまった場面に繋がる。この場面も日本の左サイドでミュラーが外側に流れてズーレからのパスコースを作る。この瞬間にハヴァーツが下りてきてドイツは右サイドで菱形を作り、縦パスを入れて落とすレイオフの形を作った。

PKに繋がったドイツの攻撃

ミュラーにボールが渡ると久保がプレスバックして後手に回った守備を立て直そうとするが、日本の守備陣形がやや後ろに下がったことでキミッヒがフリーに。フリーのキミッヒが中央でボールを受けた時にハーフスペースにいたムシアラに伊東と酒井の2人が食い付いてしまったため、ラウムに背後を取られてしまった。そして権田がファールを犯してしまいPKを献上してしまった。

PKに繋がったドイツの攻撃

この一連の流れの中に日本の「左サイドでの後手を踏んだミュラーへの対応」と「右サイドの不透明な守備設定」が発生しており、PKに繋がってしまったのは必然と言える。

ドイツの歪み

前半を何とか1失点に抑えた日本は後半から久保に代えて冨安を投入。システムを4-2-3-1から5-4-1(3-4-2-1、5-2-3)に変更して後半に臨んだ。

日本が後半立ち上がりから息を吹き返したかのように猛然とハイプレスをかけた。下の図のように4:15では伊東がLCBのシュロッターベッグまで飛び出し、それと連動する形で酒井がラウムまで出ていく。ドイツも狭いスペースながらムシアラまで繋いだが、ムシアラに対して酒井と板倉で挟み込むように2vs1の局面を作った。

4:15の日本のハイプレス

狭いスペースにドイツを追い込んで密集を作りボールを奪いとるといった場面は前半にはほとんどなく、早くもシステム変更の効果が表れた場面だった。

前半はほとんどボールを持てなかった日本だが後半は意欲的にボール保持を試み、ドイツのプレスを上手くかわす場面も増えてきた。9:00の場面では3-2-5の日本のビルドアップに対してドイツは4-2-4でプレス。この構造だと日本の3バック+2ボランチvsドイツの前線4枚になるので上手くプレスをかけられない限りはハマることはない。しかし、ドイツは積極的に飛び出して来てくれたので左サイドでフリーの長友を経由して裏に抜け出した鎌田までボールを届けることができた。

9:00の日本のビルドアップとドイツのプレス

なぜこのシステムだとハマらないかというと、日本の3バックに対してドイツの3人がプレスに出た時に、ダブルボランチをケアできる選手は1人になる。なので闇雲にボランチへのパスコースを切らずにプレスに出ると簡単にボランチを経由して前進されてしまう。一方でボランチを背中で消しながらプレスをかけると、ボールホルダーへのアプローチが遅くなるので強い圧力をかけることは出来なくなる。だからこの5vs4の場面ではハメることが難しい。

基本的にこのプレスでドイツが日本をハメることが難しいのだが、「ドイツは日本よりも格上なので試合を支配しなければいけない」、「日本を圧倒して強豪国の戦い方で勝たなければいけない」というようなバックグラウンドも影響してハイプレスをかけてきてくれた。

話が逸れたが、先程の図を見れば分かるように日本はシステム変更によってWBの位置まではボールを運べるようになった。そして、11分に満を辞して日本の切り札である三苫を投入、そして疲れの見えた前田に代えて浅野を投入した。

日本の同点ゴールが生まれたのも日本が狙いとしていた形を作ることができた。田中が最終ラインに戻して吉田がLCBの冨安に展開した時に、途中出場のRWGのホフマンがプレスをかけてきてくれた。そして、冨安はすかさずLWBに入った三苫へと展開。この局面で三苫+南野vsズーレの2vs1となり、ゴレツカが慌ててカバーに入った。しかし、ドイツは三苫にボールが入った時点で後手を踏んでおり、南野を捕まえきることができなかった。三苫からPA内のポケットに抜け出した南野へスルーパスが通り、南野が折り返し、ノイアーが弾いたボールを最後は堂安が詰めて同点に追いついた。

29:40の日本の同点ゴール

南野にボールが渡った際に日本は三苫、鎌田、浅野、堂安の4選手がPA内にいた。これだけ人数を集めることができていればこぼれ球が日本に渡る確率も高くなる。この試合を通して日本はチャンスの場面でPA内の人数を確保することができていて、再現性の高い攻撃を繰り出すことができていた。

また、この得点の約2分前の27:37の場面でも伊東がCB-SBで遠藤からの浮き球のパスを引き出してボレーシュートを放った場面があった。三苫が入ってからドイツは明らかに三苫を警戒していて、RSBのズーレも三苫に引っ張られるような立ち位置が増えた。その結果RSBのズーレとRCBのリュディガーの間にギャップが生まれ始めていて、得点の場面でも南野がそのギャップを上手く利用した。

壮大なギャンブル

この試合を振り返るにあたって冷静に考えなければいけない点がいくつかある。

・耐えた前半
まずは日本の戦い方だ。前半は4-2-3-1で耐えて、後半から5-4-1というプランだったと思うが、前半のうちに2失点以上を喫していたらゲームは終わっていた。PKの1失点のみで抑えることができたからゲームオーバーにはならなかったが、1失点後の前半残り15分はいつ失点してもおかしくない状況だった。ただ、そこで5-4-1に変更してしまうと後半から日本が仕掛ける手の内を晒してしまい、ドイツがHTに修正する時間を与えることになる。その結果、日本は伊東を守備時に最終ラインまで下げて応急処置でギリギリ凌いだ。決して高くない勝算を信じて、ギリギリまで耐えて、後半の作戦に移行することができたことはプロフェッショナルな仕事だった。

・ハイリスクハイリターンの5-4-1
日本は後半から5-4-1に変更して、ハイプレスを実行。結果的に2点を奪い逆転勝利に漕ぎつけた。しかし、日本のハイプレスは1人ひとりが人を捕まえて圧力をかけるマンツーマン気味のプレスで、1人が簡単に剥がされたり入れ替わってしまえば一気にピンチを迎える。実際にドイツの選手たちの個の能力は非常に高く、1人が剥がされてピンチを迎えた場面がいくつもあった。後半開始直後の1:22では田中がミュラーと入れ替わる形でプレスを剥がされて、最後はニャブリのバー直撃のシュート。14:12では遠藤が50:50のボールを日本ボールにすることができずに最後はギュンドアンのポスト直撃のシュート。25分には日本がプレスをかけてドイツにロングボールを蹴らせたがこれをハヴァーツに収められてしまい、ニャブリの4連続シュートを食らう形となった。5-4-1にしたことで日本が得点する可能性も生まれたと同時に、失点するリスクも増えたことは頭に入れておきたい。権田や守備陣のギリギリの対応もあって、奇跡的といってもいいくらい後半を0に抑えることができた。「勝てば官軍」という言葉があるが、これで負けていれば森保監督は散々叩かれていただろう。ただ、弱者の戦い方とは常にリスクが付きもので、森保監督が最後まで選手たちを信じて前半を耐え凌ぎ、後半のギャンブルに打って出た90分のゲームマネジメントとそのプロフェッショナルな仕事を賞賛したい。

・ドイツのパニック
一方でドイツは日本の奇策にまんまとハメられた形となった。事前のスカウティングで日本の4-4-2のプレスやミドルブロックの攻略法、そさて前田、三苫、伊東といった前線の選手の特長などの対策はしっかりとしてきていた。ドイツのボール保持時にリュディガーを中央に置くことで背後や左右CBのカバーを可能にしたことや、左肩上がりにすることによる3バックへの可変、またミュラーとムシアラをボランチ脇に立たせてボランチをピン止めさせる工夫が伺えた。日本人であれば日本が5バック(3バック)にする可能性もあることは知っていたと思うが、どうやらその情報はドイツにはあまり入っていなかったように見受けられる。ドイツも後半のホフマンとゴレツカを投入してからはラウムを前半よりも低い位置にして4バック気味で組み立て、ニャブリを左のワイドに配置することで板倉をピン止め、ハーフスペースにムシアラやハヴァーツが顔を出すようなやり方で日本の5-4-1に対応してきたが、そこまで効果的ではなかった。最終的にはフュルクルクを入れてパワープレー気味に攻撃を組み立てたが、ドイツが日本に逆転されてからのパニック感は明らかだった。

・日本の改善点
まずはサイドでの守備の基準を明確にしておきたい。SHとSBがいつどのタイミングでマークを受け渡すのか、どのくらいまで相手なSBが高い位置を奪ったらマークを受け渡すのかという基準は次の試合までに修正しておきたい。また、この試合ではアンカー気味にプレイする選手のケアはこれまでに比べると上手く対応することができていた。しかし、この試合のミュラーのようにボランチ脇に下りてくる選手をどう捕まえるかは対策を練っておきたい。

攻撃面で言えば、この試合で日本は何回かカウンターから良い場面を作ることができた。特に後半はカウンターから2回ほど3vs3の局面を作ったが、決定的な場面は作れなかった。日本が3vs3の局面を作った時にボールホルダーが相手DFを引きつける前にボールを味方にパスしてしまうことと、ゴール方向へのプレーを選択してないことで決定機に繋がらなかった。3戦目のスペイン戦でも押し込まれる展開が続くと予想されるので、カウンターからの再現性のある攻撃はぜひ装備しておきたい。

個人的にはセットプレーも工夫が必要だと思う。日本が一回CKからショートで田中に繋いでファーサイドに吉田、板倉、酒井を集めてヘディングした場面があったが、シンプルなCKよりも1つ手の込んだセットプレーは効果的だ。後半開始のキックオフや前半の右サイド深い位置でのスローインなど、セットプレーでの工夫が見られるだけにもう少しバリエーションを増やしておきたいことが正直なところだ。

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